緋桜のオペラ

飴風タルト

film1

 なぜ、と何度訊いたかも分からない。

 どうして、と自分に何度問いただしたかも分からない。

 僕は手のひらに収まる黒い銃身を何度も何度も確認する。目で見て、指先一つひとつを滑らせて、温かくなるまで強くつよく――壊れてしまえと握りしめながら。

 もしやこれは夢の中に現れるという日頃の不満やストレスが具現化した物体なのではないか、精巧なオモチャかモデルガンなのではないかと思い込もうとしながらも……やはりその重みは殺人を成すに値するソレであり。

 弾丸ひとつひとつの冷たさ、思いのほかズッシリとした重量感、そして夢想をかき消す鈍い黄金色の照り返しに、僕はその用途から逃れようもなく。これらが使われる緋色の結末を、思い描かずにはいられないのでありました。




 自殺幇助ほうじょを依頼された。

 報酬は一千万。前金二百万で、残りは決行したら渡すとのことだった。

 しかし実際のところ、僕は安楽死の信奉者でも人権の活動家でもなく。ましてやそういった後ろ暗いことを引き受ける職種の者でもない。殺し屋なんて二次元と活字の空想世界の話としか思ったことのない人畜無害の人間のはずだった。

 ことの始まりは半年前、老夫婦が切り盛りする僕の気に入りの喫茶店でのこと。


 ――あなたに話したいことがあるの……。


 うるんだ上目遣いで、軽く指が触れ合って囁かれたその言葉に、僕は少しだけ。いや、だいぶ期待していた。

 彼女はすれ違えば思わず振り返るほどに美しく、話も上手で口下手な僕でさえ少し話しただけで頭の切れる賢い女性だとわかるほど。それにスタイルもお世辞抜きで素晴らしい上に黒檀の髪は美しく、そばにいるだけでふわりと舞い上がる甘い香りにくらくらと酔いつぶれてしまいそうなくらいに魅力的な人だった。

 そんな彼女はいつもいつも何人もの男と付き合い、常に誰かとメッセージをやり取りし、気がつけばころころと変わる知らない新しい恋人と歩いている。

 魔性の女、とはよく聞く言葉だが、しかし。

 地味で眼中にも入らない僕も心の中では畏怖を抱きながらも、いざ彼女に囁かれ、手足が触れあえば簡単にその術中にはまって夢中になり、物言わぬ人形のように虜にされてしまうという予感があった。


 果たして、そのとおりだった。


 僕は一言囁かれると約束を交わし、一日で捨てられても構わないとさえ狂いながら美容院へ行って、知る限りで一番素敵な場所を選んで彼女を案内した。

 注文を済ませると彼女は僕の手に自分の手をするりと重ね、「素敵な場所ね」と囁いた後、


「話というのはね、あなたに私を殺してほしいの」


 ――……淡い捨て身の恋は潰え、残酷な話として僕と彼女の物語は幕を開けた。

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