海辺にベルが鳴る_04
「金雀枝さん、ちょっといいかな?」
部室に向かって歩いていたら、演劇部の二年生女子三人組に呼び止められた。
「はい。なんでしょうか?」
三人は辺りを見回し、何かを確認してから声をひそめて言った。
「桜沢さんとあんまり親しくならない方が良いよ」
「はあ?」
最近ちょっと桜沢さんと話すのが楽しくなってきてはいるけど、別に、部活で同じ役を割り振られたから一緒に練習しているだけで、友達になろうとか、親しくなろうとか、まったくそんなつもりは無かったので、きょとんとしてしまった。
白ける私には構わずに、先輩達は勝手に話を始めた。
「あの子、ちょっとあざといって言うか……ね?」
「良い子ぶって綺麗事ばかり言うから、ムカつくって言ってる子、多いんだよ」
「男子にモテるって自慢してるしね」
「そうそう。告白されて困っちゃいましたって、遠回しの自慢だよね」
「それで本人は椿木さま狙いでしょ?」
「王子目当てで演劇部に所属してるから、真面目に稽古してくれないんだよ」
「あっ、金雀枝さんは良い大学狙ってるんでしょ。そういう人が勉強の為に部活に本腰入れられないのはいいんだよ。事情が違うからね」
「でも、桜沢さんはムカつくんだよね。王子狙いで入部して、適当にやられると、真面目に演劇やってるうちらのテンションが下がるっていうか……ね?」
「うんうん。分かりやすく媚びちゃって、よくやるよね」
「一年の女子にも嫌われてて、クラスで浮いてるらしいよ」
「だから、金雀枝さん、気を付けてね」
何をどう気を付けろと言うのかサッパリ理解出来なかったが、波風を立てるのは面倒だったので、適当に返事をして話を打ち切らせて貰う事にした。
「そうなんですか。知りませんでした」
では私は練習があるので、と言おうとした時、部室棟の陰から桜沢さんが現れた。
ちょうど待ち合わせ時間だ。
普段はちっとも構ってこない先輩達が私を取り囲んでいるのを見て、桜沢さんは不思議そうに小首を傾げたが、いつも通りの可愛らしい笑顔でぺこりと挨拶をした。
「こんにちは、お疲れ様です」
「あ、さ、桜沢さんもお疲れ様」
「私達、もう視聴覚室に行かなきゃ。台詞合わせ始まってるかも」
「じゃあね、金雀枝さん。ハンドベルの練習頑張って」
ばたばたと慌ただしく、先輩達は校舎の中に走って行った。
桜沢さんは律儀にお辞儀をして三人を見送る。思わず、さっきの先輩達の悪口が彼女には聞こえていないといいな、と思った。
まったく、女ってこれだから嫌だ。
可愛い子や、成績の良い子、家が金持ちの子なんかがいると嫉妬して、裏でこそこそと悪口を言ったり、意地悪く距離を置いたり、無視したり嫌がらせをしたりする。女のああいうところが嫌だから、私は誰とも仲良くしたくないんだよね。どうせ嫌な思いをさせられるなら、最初から一切関わりたくない。
「つうか、クラスで浮いてるってんなら私もなんですけどね……」
私に対する厭味かよ、とこっそり内心で吐き捨てた。
◆◆◆
「ごめんね」
防波堤でハンドベルを並べながら桜沢さんは沈んだ様子で言った。
「なにが?」
「先輩達に嫌な事言われたでしょ? 私のせいでごめんなさい」
ああ、なんたること……聞こえちゃってたのか……
「別に、先輩達が勝手に言ってきただけで、桜沢さんは何も悪くないじゃん」
「でも……」
「何か悪い事したの?」
「してないっ!」
弾かれるように桜沢さんは顔を上げた。
「してないよ。私、何もしてない……」
桜沢さんの桃のような綺麗な頬に、硝子のように透き通った涙が伝った。
「あ、あの、桜沢さん……」
そして、翌日、桜沢さんは練習に来なかった。
その翌日も、また翌日も、三日続けて――
◆
「椿木先輩のせいですよ?」
事情はまったく分からなかったが、そう言っておいたほうが都合が良さそうだと思ったので、私は椿木先輩のせいにする事にした。練習が始まる前、視聴覚室へ移動する途中の先輩を捕まえて、開口一番、文句を言ってやった。
教会の日曜学校の子供達に舞台を披露するのは明日だ。
「桜沢さんがこのまま来ないなら、ハンドベルの演奏は出来ません。私の責任じゃないんで、割り振られた役を果たせなかったら退部という条件は撤回してください」
「ダメだ」
「はあ? なに言ってんですか?」
「これも協調性を養う修行のうちだ。何があったかは知らないが、相棒が落ち込んで引き籠ってるならおまえがケアしろ。相談に乗ってやるなりなんなりして、なだめて舞台に立てるようにしてやれ。アタシは手助けしない。おまえが自力で桜沢を引っ張って来い。それが出来なきゃ、アタシの割り振った役を果たせなかったと言う事だ。退部して貰う」
「な、な、な、な、な……っ」
わなわなと全身が震え、私の中で何かが、ブチンッ、と盛大に切れた。
あったま来た――っ!!
人間というのは不思議なもので、あまりにも頭ごなしに言われると、そこまで言うならやってやるよ、という不条理な意地が湧き起こってくるものなのだ。
売り言葉に買い言葉。
私は廊下に轟く大声で啖呵を切った。
「この……横暴やろう。やってやるよ。後で吠え面かくなよっ!」
◆◆◆
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