鋭い息子

その日は突然訪れた――


 まだ小鳥のさえずりさえも聞こえない夜と朝とも境目の時間帯。

 間もなく山の背中から顔を出す太陽の光で空が赤焼けしている頃、出しっぱなしのケータイの着信音が狭い茶の間に響き渡った。

 布団の中で丸まったままの俺は、ケータイを手にして表示されている名前を確認する。


 [結城哲平ゆうきてっぺい


「あの野郎……こんな朝から……」

 仕方なく体を無理やり起こして布団から頭と腕だけを出してケータイを握り直す。

 昨晩飲んだビールの缶などが置いたままのテーブルにメモ帳を放り投げる。


 そのまま考え事を始めたのと同時に意識がどんどん薄くなっていく……


 ジリリリリン!!  ジリリリリン!!


 昔懐かしの黒電話の着信音。

 これは同業者に設定しているもの。


「はい……藤堂……」

『やっと出やがったか!!』



 朝から聞きたくもない声をケータイから聞かされた俺はそこからものすごく機嫌が悪くなっていくのを感じた。


「こんな朝からてめぇの声なんざ聴きたくねぇよ……切るぞ!!」

『お、おい!! ちょっと待て!! 情報が入ったんだ!!』

「情報だぁ!? 変なのだったら容赦しねぇぞ」

『それは大丈夫だ!! お前んとこの課長さんの話だからな……』


 それまでの冗談めかした会話から一転。二人とも真面目な声色で語り始める。

 もちろん俺は布団からしっかりと出てしっかりとメモを取り、いつでも出かけられるように準備を始める。


「お父さん……」


 声がした方に振り向くと真司が枕を抱えながらふすまのそばに立っていた。


「真司か……すまん起こしたか?」

「ううん……大丈夫」

「これから出かけなくちゃならなくなったんだけど……大丈夫か?」

「そんなに子供じゃないから平気だよ。それに……」


――まだ見る限り明らかに子共だろ? 

自然に笑顔になる。


「それに?」

「伊織ちゃんのお母さんにれんらくするから……」

「おま!! どうしてそこで伊織ちゃんのお母さんが出てくるんだよ!?」

「?? どうしてって……お母さんになるんじゃないの?」


 しゃがんで笑いながらガクガクと真司を揺さぶっていた手が停まる。


――あれ? 俺ってそんなに分かりやすいやつだったのかな? しかもこんな子供にまでバレちゃうなんて浮かれすぎてたかもしれないなぁ……


 真司の眼をじぃ~っと見つめる。

 やっぱりこの澄んだ眼にはごまかせないのかもしれない。


「お父さん……」

「え!? あ、おう!?」

「そろそろ出なくていいの? 外で待ってるんじゃない?」

「いいんだよ!! アイツは待たせといても文句言わねぇからな」

 それから五分ぐらい真司をぎゅ~っと抱きしめてドアを開ける。


「じゃぁ真司頼むな……」

「うん」

「伊織ちゃんにもよろしく言っておいてくれ」

「伊織ちゃんのお母さんでしょ? 言っておくよ」


――本当に俺の子か? 鋭すぎるだろ? 勘も言葉も……


 アパートのすぐ側でハザードランプをつけた車が停まっていた。


 まだ暗い道路をヘッドライトが照らし車は走り出す。

 いつものように運転席には村上が座っている。結城から電話を受けたとすぐにウチに来るようにと連絡しておいたのだ。

 長年組んでるだけあって、こういう時の緊急性は俺の話と声から察したんだろう。


 車に乗って少し走った時、無言で村上が袋を手渡してきた。


「なんだ?」

「コーヒーと朝メシだ。食っとけ」

「すまんな」

「気にすんな」


 ブブブブ ブブブブ


 ポケットに入れておいたケータイが震える。

 表示は[真司]


「柏木先生か?」

「ばか!! 違う真司だ!! もしもし……」

 茶化してくる村上に軽めの一発をお見舞いしてケータイをハンズフリーに切り替える。

 一応村上にも聞いてもらっておくことで、俺が忘れても相棒が仕切ってくれるはず。


『父さん?』 

「どうした?」

『うん。この前のひとが現れてね「暗いとこにいる。今日何かされるみたいだ。助けてくれ」って言ってるんだよ』

真司の声が怖がって震えているのがわかる。

「暗いとこか……。他には? 何か言ってるか?」

『人が集まってきてるってさ』

「人が!? まずい!! 村上急げ!!」

隣に乗っている村上へ顔を向ける。

「おう!!」

村上はこちらに顔を向けるわけではなく、分かったといった形の小さな頷きを一つした。

「真司ありがとな!!」

『ううん、気を付けてねお父さん』



 向かっている所にはすでに結城達が着いてスタンバイしているはず。俺達が到着次第踏み込んでいく手はずになっているけど、それまで間に合わないかもしれない。

 真司が言うにはそのひとはまだ生きている。ならば人命優先で動かなければならない。


 そして、そこに踏み込むと同時にもう一つの事も動きが開始される。

 それはもう静かに動き出している事――

 失敗は許されない事――


 焦る気持ちと不安感を落ち着かせるために、少しずつ白み始めた空を眺めながら車に揺られていた。




※作者の落書きのような後書き※



この物語はフィクションです。

登場人物・登場団体等は架空の人物であり、架空の存在です。

誤字脱字など報告ございましたら、コメ欄にでもカキコお願いします。


次回は同日二本立てエピローグまで行っちゃいます!!


ただの連れ

お楽しみに!!



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