東原亜紀、死について苦悩する。

雪霧

第1話東原亜紀、今日のデザートに苦悩する。


 東原亜紀は迷っていた。

(プリンとタルトどっち食べよう…)

 甘いものが好物である亜紀にとってこれは非常に難しい問題であった。だってそうだろう、プリンとタルトがコンビニに並んでいる映像を思い浮かべてほしい、甘党にとっては究極の選択だ。

 「くぅ…、最近いろんなことに使いすぎて金が無い…今日は我慢するか…。」

結局金欠で両方とも諦めたらしく、亜紀はコンビニを後にした。

 コンビニから自宅までのいつもの道のりを歩いていく。季節は春になり、この時間になるときれいな夜桜を見ることができる。亜紀はこの道のりが好きだ。買うものが特になくても、夜にコンビニに行き、夜風にあたりながら物思いにふけりながら、短くも長くもない丁度いい距離を往復する。なんとも素晴らしい時間だ。

 一人暮らしの自宅の鍵を開け、やっぱり買っておけばよかったと思いながら中に入った。

(しかし悩んでしまったら結局我慢することを選んでしまうよなぁ…。今の気分的にはプリンだけど。)

 ドアを閉め、靴を脱いで自分の部屋に入る。亜紀の自宅はワンルームのアパートなので、玄関から入ってトイレ以外の部屋にしきりがない。なので当然玄関から自分の部屋が見える。靴を脱いだ亜紀は、そこからの景色を見て足を止めた。

そこには何かがいた。いや何かと言うよりは亜紀にとっては見知った、それでもやはり驚かざる負えない存在。それは一見普通の人間に見える。しかし、亜紀の知らない人間が亜紀が帰宅した時に部屋にいてはそれは泥棒だ。それに亜紀は感覚的になんとなくわかっていた。


 こいつは幽霊であると。


「あ、おかえり!遅かったねぇ」

 しかも絡み方が軽いタイプの幽霊であると。

亜紀が何も言えず固まっていると、幽霊のほうから説明を始めた。

 「あ~ごめんごめん、いきなりで驚いたよね…、ほら、あなたってわたしたち幽霊を見ることができるでしょう?だからちょっと頼み事をしに来たのよ~。」

(なんだまたか…。)

亜紀は幽霊を見ることができる。

 しかしそれは先天的なものではない。

 亜紀は過去、ある事件に巻き込まれ、家族を失った。その時、亜紀自身も重症を負い、生死の境をさまよい、かろうじて一命をつなぎとめた。その結果、あの世とこの世のリンクがつながってしまい、幽霊が見えるようになったのだ。

 「いいよ、どんな頼みだ?話を聞こう。」

 「話が早いわね。」

 幽霊が意外そうな顔をする。

 「今までも何人かの幽霊があんたと同じように俺を訪ねてきたからな。そういう依頼は断らないようにしてるんだ。」

 亜紀は自分が死にかけたことから、生に未練を残さないようにと考えるようになった。自分が死んで、生前のうちにこうしておけばよかったなんて思うのは辛いものだ。そしてさらに、そうした思いを持って亜紀を訪ねてくる幽霊の生への未練はできるだけ晴らしたいと考えている。

 「なるほどね。あなたにお願いしてよかったわ。」

 そう言うと、幽霊は亜紀へのお願いについて語りだした。

幽霊が言うには、幽霊には、この近くの南条高校に通う一人娘がいるらしい。しかし、母子家庭のなかで育ててきたため、自分が死んでしまったことで、娘が孤独になってしまったことについて心配し、娘に自分がいつも見守っているということを伝えたいというものだった。

「南条高校か、俺の高校と同じだな。」

偶然にも、幽霊の娘は亜紀と同じ高校に通っていた。

 「そうよ、だってあなたが私の娘とクラスメイトだからって理由もあってあなたにお願いしたんだし。」

 その幽霊の発言に、亜紀はまた何も言えず固まってしまった。

 「え…もしかして気づいてなかったの?参観授業の時とかに教室にいたのに。」

 「いや俺、参観授業に来る親の顔とか覚えないから…。」

 何よりもクラスメイトの母親が亡くなっていたという事実に、亜紀は驚いた。

「はあ…、まさかクラスメイトの母親が幽霊になって会いに来るとはね…。」

クラスメイトの母親なのだから葬式の連絡くらいくるものだろうが、亜紀は学校に友人と呼べる存在がいないため、そう言われればそんな通知があったなくらいのものだった。

 「私も死んでから娘のクラスメイトに会いに来るなんて想像もしてなかったわ。」

 (そういえば最近、佐倉沙羅の母親が亡くなったって話を聞いた気がするな。)

 「すまないな…、俺幽霊見えるから周りに気味悪がられてしまってて、クラスのそういった事情に疎かったんだ。謝罪の意味も込めて精一杯力にならせてもらうよ。」

 「幽霊が見えるといろいろ苦労ありそうだしねぇ…。他と違うってだけで…。」

 人はみんなと違うという理由だけで他人から忌避されたり、悪い感情をぶつけられたりする。それが当人による悪意によった行動でなくてもだ。昔は白人は黒人を奴隷とし、人間として認めなかったという。人はどうしようもなく自分が他人と同じであることを大事にするのだ。

 「まあ、俺の話はいいんだ。とりあえず明日、佐倉に話をしてみようと思う。あんたも明日は一緒に学校に来てくれ。」

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