『日常の謎』短編集

ホリセイ

第1話 『隣の君』

『隣の君』


「きっと無理難題なのだと思う。」

隣の席の君がそう呟くから私はコクリと頷いた。

「だいたい勝手に週4シフト入れられて、大学の課題もやんなきゃなんて体壊れるって、ていうか無理じゃん!」

隣の君はよく愚痴を私にこぼす。聞いてる限り彼女は悪くない。悪いのはだいたい彼女が愚痴る側の相手。毎回彼女が愚痴を私にこぼすたびに私はまたか、と心の中で呟き、うんうんと頷いている。うんざりしてるとかめんどくさいと思ったことはない。ただ同情もしなければきっと彼女も悪いところがあるのだろうなと思いながら彼女を肯定する。

「あなたは何も悪くないわ!その上司訴えられるよ!」

「だよねぇ〜バイトもうバックレようかな」

「バックれだと聞こえ悪いからストライキだね!」

私は彼女の言葉をうまく交わす術を持っている。マイナスなことは一切いわなく、ただ肯定し続ける。そうすることで私は彼女の愚痴を吐き捨てる受け皿のような状態になっていた。

「いいね、ストライキ!でもこの前バイトサボってた人だいぶ店長に叱られてたなぁ、結局それ以来来なくなったし、やめたのかな…」

私はこの時、ようやく気づいた。彼女はきっと冗談のつもりでバックれたいといったのだと。でも私が肯定したことで不毛な会話となってしまった。彼女は「ダメだよ」と否定して欲しかったのかもしれない。否定されたくて言った一言を私は肯定してしまった。私は初めてこの時にめんどくさいと思った。でも初めて彼女としっかり会話することに向き合うきっかけになった。

よくよく話を聞くと彼女はわかりやすいやつだった。私は彼女のいう言葉を分析するようになった。彼女は肯定されたい時「何何じゃん」という語尾を使う。逆に否定されたい時は「何何かな」という語尾になる。私はそういったことを発見していくのが何よりも楽しかった。もっと彼女の話を聞きたい。分析したい。そう思っていたある日、彼女は私にこういった。

「そろそろあなたの名前を教えてよ」

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