シーン2 ランナウェイ(2)


 ▽    ▽    ▽


[ジャンク屋メイム移動店舗]


「な~ん、にょるあぁん、ふにゃっはぁ~んっ」


 少女は発情期の猫じみて甘ったるい声をあげ、俺の目の前で床に寝そべるなり、よがり始める。


「うっわあ」


 正直、ひいた。

 つか、どうしてこうなった?

 グロッキー状態のメイムちゃんにお願いされるまま、トラック荷台の部屋まで運んであげてさ。そんで、置いてたラジオのヘッドセットを彼女の耳に装着して、再生スイッチ押しただけなのに。


 どうしちゃったのよ? この子!


「あぁん、あひぃ。いいの~、キモチいいの~。入ってくりゅう、イノセント様がわたしのナカに入ってくりゅう。しんじゃうよぅ、こわれちゃうよぅ。もっとハート洗ってぇ、脳ミソかき回してぇ」


 だらしなく舌を出して、びくびく痙攣しながら頬をゆで上がらせて喘いでる。ついにはツナギのチャックを限界までおろして、下着を露出させ、あらぬ部位にまで手を伸ばすもんだから止めた。


「こんなとこですんな! 男が見てんだぞっ!」


「あっ、これはアキラどにょ。貴殿も一発いかがですかな? 一緒にキモチよくなるですぞぉ~」


 顔面がとろけたメイムちゃんは、いつの間にか例の糸目と変な口調に戻って、すり寄ってくる。


「遠慮しとく。てかそれ何よ? ヤバい電波でも出てんの? 明らか普通のラジオじゃないよね」


「ああ、これ? ラジオっていうかそういう端末なんですぞ。イノセント様のプロキシ中継サーバーにアクセスできて、人格矯正プログラムをこうして受けられるわけです。ふぃ~生き返ったぁ~!」


 あれが矯正……? 疑問がつきずに立ち尽くす俺をよそに、メイムちゃんはスッキリ晴れやかとばかりに額の汗を拭い、猫口でニャンッと笑う。だがやがて、自身の着衣の乱れに遅れて気付く。


「いや~ん、小生なんでこんなカッコ? よもやアキラどの、ヒトが前後不覚なのをいいことに、レイプしようとなさったのではありますまいな。サイテー! フケツ! 近寄らないでぇ~っ!」


「ちっげーよキミが勝手に脱いだんじゃんかよ」


「ええっ、そんな……お恥ずかしい。小生、また男性の前で痴態ちたいをさらしてしまったのですなぁ」


 ヒスりかけたわりにすんなり納得するあたり、どうも毎度の事らしい。いやいやおかしいだろ。


「気になったんだけど、この星の死刑囚はみんな脳ミソに受信チップをハメ込まれてるんでしょ。キミもそうなら、こんなふうにわざわざ自主的にプログラム受けなくってもいいんじゃないの?」


「いやあの……こういうのはある種特別なプラスアルファが必要な奴にだけ支給されるんですぞ」


 言いづらそうだ。やっぱなんかあるのか。


「でも……小生の場合、ちょっと効きすぎちゃう体質みたいで、その……ハイになっちゃって~。もうトンじゃうくらいキモチいいから、いったんクセになったらずるずる、やめられなくなって」


 クスリかなんかか!

 ジャンク屋ってか、ジャンキーだろお前それ!


 戸惑いながらも、だんだんと理解できてくる。


 この子は、他の受刑者とは違うんだ。

 まず、キリングタイム中も理性を失わず動けるのがひとつ。

 メタルジャケットのコックピットにて変心へんしんした『俺っちメイムさん』は、本来なら人格矯正が外れた状態。ならば、現在の『小生メイムちゃん』はそれが効いてる時の状態。数分前の『わたしメイム』は、どっちでもない。


 おそらく、最後に出た三人目がなのだろう。


 なるほどね。ちまたでいうところの多重人格者ってのとは事情が別。一定のルールがあるんだ。月並みとかディスったのは、撤回するとしよう。なかなかどうして、個性的な役者じゃあないの。


 ますます惚れたぜ。


 込み上げる歓喜を抑えられない俺が身震いしているうちに、メイムちゃんは名残惜しげにヘッドセットを取り外す。鼻歌混じりにパタパタ歩いて冷蔵庫へと向かい、サイダーの瓶を持ってくる。


「アキラどの、炭酸は苦手じゃないですかな? 小生はこのしゅわしゅわが大好きで……えへへ」


 二つのグラスに並々注いで、片方に口をつけ、ぷはーっとかって幸せそうにヘラヘラしてます。


 へっ、ラリッた後は危機感まで鈍るらしいや。


「あのさメイムちゃん、イノセントは星の環境を一手に引き受けるモンスタースペックのAIだ。ネットワークで各種ラインを四六時中休まず管理してるから、警備軍は寝てても安心って寸法さ」


 脈絡無視で語る俺に、「ふぇ?」と首をかしぐ。


「キミが現実逃避に使ったさっきのマシン、そのイノセントと繋がってるって言ってたじゃん?」


「はいですぞ~」


「もう軍に連絡いってんじゃない? 俺達の事」


 グラスが落ちて派手に割れ、床は濡れる。


「ああ~ヤバイですぞ~っ!」


「今さらかーい」


「どうしよ来る来る軍が来る」


 メイムちゃんは己のしでかした事を一気に思い出してか、頭を抱えて、あっちこっち走り回る。かと思えば不意にピタリと足を止め、あははっと力なく笑って、肩を落とす。おかしくなったか?


「逃げても無駄ですぞ。おとなしく出頭します。即行死刑は確定でしょうが致し方ありますまい。あれだけやって弁解の余地とかあるわけないし、どうせ一生、この星から出られないんだしぃ~」


「諦めいいね。流石は模範囚」


「ご安心めされよ~。アキラどのは無関係だって証言します。公文書偽証と違法入星じゃあ処分は免れぬでしょうが、共謀罪よか絶対マシですぞ。シャバで立派な映画監督になってくだされい~」


「この星の死刑囚って基本的人権の適用外だろ。もちろん証言権もないでしょ? どうすんの?」


 断っとくけど、嫌味じゃなくて軽い悪戯心オチャメだ。


 前傾ぎみに近寄っていき、うつむく彼女の細い顎を指で持ち上げて、ずずいと覗き込んでやる。


「クズ同然の犯罪者が俺をどう弁護するっての」


 目の前の頬が淡く染まる。糸目を構成する長いまつげは、大粒の朝露あさつゆに濡れた綿毛みたく綺麗。


 泣いた顔も、そそるぜ。


「えっと……軍人さんに体を売れば、なんとか」


「だったら今、俺に売っても問題ないわけだ?」


 一度は閉じたツナギのチャックに手をかけて、ゆっくり引き下げてゆけば、豊満な果実が覗く。


「えっ、あっ、あの、アキラどの……」


「どのみち捕まりゃあ俺も人生エンドクレジットなんだぜ。巻き込んだ責任とって楽しませろよ」


 なんてヒールな台詞なんでしょ。

 ヒーローがいたら、フラグだな。


「いや、です。やめ、て……」


 怯えて震え、ろくに抵抗もできない少女の腕を俺は掴み、片方の手を胸の谷間へとねじ込んだ。


「やっ、ひっ、いやぁーっ!」


「ところでこれ何?」


 脱ぎかけた時に首元でチャラチャラ揺れてて、気になっていたそれを、ちょいとつまみ上げる。


 アクセサリ、じゃない。


「スターターキー・・だよね」


「え?」


 チャックを引き戻して、襟元も整えてあげた。ゴメンのハンドサインを送り、ササッと離れる。


「このカギ知ってる。覚え違いじゃなけりゃあ」


 広々としたガレージ様空間を、ぐるり見回す。メインの仕事スペースであろう工具類がずらりと並ぶ隅っこに、いかにもだいじなモノですよって主張する、シートに隠れたドデカい物体がある。


 勢いよくシートをはがす。おう、ビンゴ。


「驚いた。どこでこんなもん手に入れたのさ?」


 ロケットエンジンだった。規格を見るに、ごく小型のシャトルが積むタイプのものだとわかる。


「宇宙に出れるマシンをいち個人が所有するのは星団法違反だし、修理を依頼されたわけでもないよね。ていうか、監獄惑星の死刑囚がこんなもの持ってること自体、有り得ない大問題のはずだ」


「あ、あれぇ? そそそんなマシンは知りませんなぁ~。幻覚でもお見えになっているのでは?」


 そっぽ向くけどメイムちゃん、くちぶえ失敗。


「造ったんだね、キミが」


「だからぁ、知りませんぞ!」


「とんだ模範囚もいたもんだ! だから宇宙港の街に来たのか。脱獄する気マンマンマンじゃん」


 俺はニヤリと笑ってやった。


「でもダメだね。正規のルートはもう選べない。ハチの巣に飛び込むよりも、確実な方法がある」


 背中のリュックを降ろし、紙切れを取り出す。惑星地図だ。もちろん非合法な手段で入手した。


「ここから北北西に向かって、約7300キロ。鉄道なら五日くらいだけど、それは望めないか」


「話が見えませんぞ?」


 とことこ歩み寄ってくる少女に、見せつける。


「旧宇宙港跡があるんだ。マスドライバー発射設備も置き去りで、予算ケチって解体されず放置されてる」


「何が言いたいんですぞ?」


「そこに行くのさ。俺とキミと、ガンナーで!」

 

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