シーン2 ランナウェイ(3)


[荒野]


「ふーんふふん♪ ふふーん♪ ふふん♪」


 レジェンド映画『大脱走』のテーマを口ずさみながら、移動店舗トラックを運転する俺がいた。夜なので見晴らし悪いし、坑道から外れたルートなので走り心地は最悪。もう、揺れるのなんの。


 だけど気分は最高にクレージー!

 映画の中にいるみたいだ! クソ映画のね! ハクサイもラズベリーも総ナメさ! レロレロ!


「ねぇアキラどの、お聞きしてもよろしいか?」


 運転席の後方にある小窓から、遠慮がちな声。


「なんだい、最底辺主演女優賞!」


「アキラどのは、地球から来られたので?」


「あーうん……まぁ出身は確かにそうだね」


 適当にぼかした感じで答えたら、パン! っと手を鳴らす音がして、メイムちゃんの声が弾む。


「やっぱり! お名前をうかがった時から間違いないと思って! 好きです結婚してくだされ!」


「そこまで感動した? いいよ、結婚しよう!」


「嬉しい! 地球出身者はお金持ちだからっ!」


「愛もクソもねーじゃねーか! やっぱ離婚!」


「と、いうのは冗談でして。ぜんぶ冗談でして」


「弄んだなビッチ! 本当に犯せばよかった!」


 脳が腐ってるとしか思えない会話の末、メイムちゃんは深く息を吸い、しみじみと語り始める。


「小生、いつか地球に行くのが夢なのです。母が死ぬ前に教えてくれた、楽園みたいな場所。この世のものとは思えぬ真っ青なサファイアみたいな星で、ドラゴンが住む海っていうのがあって~」


 見なくてもわかる。夢見心地な笑顔でいると。


「わかってくださるか? このうんこ惑星から、小生がどれだけ逃げ出したかったか! キリングタイムのたびに怖くて……矯正中は優しい人でも本性は嘘つきの人殺しばかりで、誰ひとりとして信じられなくて……争いのない地球から王子様が迎えに来てくれると信じて頑張ってきましたぞ」


 何を言ってやがるんだ?

 自分のこと棚にあげやがって。キミだってクソ犯罪者の仲間だろうが。俺が見たキミの本性は、どうみても殺戮を楽しむ悪魔だったぜ。現実から目をそらすために、甘い妄想で逃避してるのか。


「教えてくだされ。地球はどんな楽園ですか?」


「そうだね、まず青くないしドラゴンも王子様もいない。住んでた奴らも、最低で嘘つきの人殺しばっかりっていう、うんこの方が綺麗だと思えるところだったよ。楽園どころか、あそこは……」


「ひっく、うぇええ……」


 う、泣いちゃった。純粋な夢を壊しすぎたか。


「うそ、嘘ですぞ。いじわるしないでくだされ」


 本当の事なんだけどな。

 てか、やっぱクレージーだわこの子。一度でも矯正された死刑囚はイノセントを神様同然に崇拝し、昼間のバビロン住民みたく警務軍にも従順なクソ気持ち悪い無個性イエスマンになると相場は決まってる。だから、『脱獄したい』なんていう危険思想、そもそも抱けなくされて・・・・・・・いるはずだ。


「じゃあ逆に教えてくんね? キミの出身は? メイム、って珍しい名前だから想像つかなくて」


「……ここ、ですぞ。生まれも育ちも」


 ちょっと待てよ。

 いくら自由度が高くても監獄惑星だ。セックスなんかした日にゃ即行処刑だし、まかり間違ってキリングタイム中にできた子供だとしても、即行焼却処分されるはず。イノセントと警備軍に管理されてる時点で死刑囚に人権はなく、家畜以下の労働力として扱われるのが当たり前なんだから。


「ずっと、ここしか知りませぬ。だから出たい。だからロケットを造った。でも、勇気がなくて」


「いや、おかしい。だいたいね、普通は捕まったから入れられるもんじゃないの。どんな理由で」


生まれてきたから・・・・・・・・


 声は淡々としすぎて、感情を全て失っていた。


「生まれたことが、小生の罪」


 ▽    ▽    ▽


[川辺]


「よっし今日はここまでにしときますかっと!」


 行けども行けどもへんぴな荒れ野続きっていうウエスタン御用達ロケーションの中、ようやっと自然らしき風景が見えてきた! と思ってたら、川を流れる水には赤錆浮いててドギツい色だし、周囲に申し訳程度な感じで散在する木々とかは、のきなみ枯れてて緑もクソもありませんっすわ!


「もちょっとマイナスイオンほしいとこだけど、ぜーたく言いますまい! 休憩休憩!」


「それがよろしいかと。こっから先は渓谷続きの採掘場跡だし、険しい道になりますしな~」


 トラックを停めて、メイムちゃんと下車した。ふたりお揃いの動作で、んん~っと伸びをする。


「運転お疲れ様でしたぞアキラどのっ」


「あーうんもう疲れたわスッゴい眠い。おっぱい揉ませてくれたらメチャ回復するかも」


「も~えっち! きゃは、まいっちんぐですぞ」


「なにわろてんねん」


 アホなやり取りのあと、トラックを見る。荷台後部に、ギルティガンナーが左手で掴まってた。


 目立つなコレ。こいつはこの状態で、かかとの拍車型ローラースターターを降ろして、転がらせながらず~っとついてきていたのである。足の裏からも車輪が出てて、地面と接しているらしい。


「あのーちょっとあんた、そこ居られたら部屋に入れないんですけどね? どいてもらえます?」


 ためしに話しかけてみたところ、


『ギャリ?』


 ちんちくりんな四頭身のカウボーイマシンは、三白ギョロ目の極悪面で、こっちを睨む。あっ、きゃ~コトバ通じた、ってちょっと感動したのに二秒でそっぽ向かれた。は? なんなんこいつ?


「えっシカト? ねえ、シカトなの? そういうのってどうかと思うよ。ほら、社会ってさ……」


 先輩のありがたい教えも無視して、スカーフを下げると、歯並び最悪な口からペッてツバ吐く。


「ちょおい、やぁめぇろぉやー!」


 白濁したネバネバのゲルを全力で避けながら、ふと気付く。こいつ背ぇ低くなってね? 街では10メートル弱だった身長が、人工筋肉の収縮と機械骨格の短縮で5メートル程度に変わってる。


 焦ったわ。作画崩壊かと思った。


「う~、うぅ~……」


 可愛い呻き声が真横から聞こえたと思ったら、そこには、人間サイズのバケモンスライムが!?


「ワーオ、VFXクリーチャー?」


 ウエスタンからモンスターパニックに突入……ってわけじゃないみたいね。むしろポルノだな。


「うえ~んアキラどの、たしゅけてくだされ~」


 俺が避けちゃったせいで、ガンナーの白濁液をぶっかけられたメイムちゃんだった。顔どころか全身くまなくねっとり糸引く液体まみれ、ぐちょぐちょのどろんどろんで、涙目になってますね。


「ガンナーどの、のいて? シャワー浴びたい」


『ギャリギャリ』


 カウボーイマシンは素直に頷き、離れていく。このクソメタルジャケット、男女差別すんなや。


 ▽    ▽    ▽


[ジャンク屋メイム移動店舗]


 あぁ~素晴らしかった。

 楽園ってすぐそばにあったんですねジーザス。


 昨日のぞいたメイムちゃんのシャワーシーンを思い出しながら、俺は起ち、いや、起き上がる。


「おらァ!」


 出迎えたのは、少しばっか粗っぽいモーニングコール。具体的にいうと頭突きだ。キラキラ星が脳天に咲き、ふんがと呻いて俺はのけぞる。床に倒れて揉んどり打つ際に気付く、縛られてると。


「ようやくお目覚めかいゲロ虫ィ」


 下まぶたに浮かび上がる濃いめのくまが特徴の、メイムちゃんと似た別人が俺を睨み付けてきた。ツナギの上半身部分を脱いで、腰に巻き、タンクトップの薄布一枚に包まれた胸を遊ばせている。


「イイ夢見れたか?」


「ああ、最高だった」


 軽く答えたら、ぶっといレンチが俺に向かって回転しながら飛んできた。身をよじって、回避。


「よけンなよ。夢ン中まで戻してやろうと思ったのによォ。二度と覚めねェほうの」


「ゆっ、夢って起きて見るもんじゃん。ほらっ、とりあえず話し合おう? ねっ?」


「やだね~! 虫とは喋りたくね~!」


「ふぐうっ」


 股間を踏まれた! そのままグリグリされる。


「テンメェ、俺っちが寝てる間に『小生』のヤツたぶらかしやがったな? ナニ企んでやがる!」


 カッと見開く目の中で、ドス赤い瞳孔ギラギラさせて、メイムさんは明らかにご機嫌ナナメだ。


「企んでない企んでない! ちょっとお近づきになろうとしただけでなんもしてないですから!」


「嘘つき! シャワー覗いたろ! ブッ殺す!」


「覗くでしょフツー! いだだだだっ! てか、なんでキミ出てきてんの? キリングタイム?」


「カンケーねーよ。つか、なンだそれ? きのう久方ぶりに入れ替わったとこだから、最近のコトよくわかンね~! けど、テメェがうさんくせェ野郎だって事だけは、ハッキリわかるぜ~っ!」


 くわっと八重歯むいて顔を近付けてくるので、鼻先にキスしたら、ブン殴られてまた蹴られた。


 うーん、やっぱ他の囚人と違って、別の法則で人格が変わるみたいだなあ。随分とややこしい。


 まァそこんとこは置いとくとしよう。このままじゃ息子ともども殺されちゃうって思った俺は、巻き付けられてたチェーンを外して跳ね起きる。そしたら、メイムさんは、ぽかんとクチ開けた。


「なっ、なに~!?」


「驚いたか。放浪生活の知恵、縄ぬけスキルさ。ていうか、キミ、かた結びできてなかったよ?」


 無学なんだなあ、と微笑ましくなる。


「むがァ~! ムカつくムカつく! テメェまじきらいだ! 死ね死ね! ばかばか、ばーか!」


 真っ赤になって地団駄をふむ姿に、癒された。そんな彼女に歩み寄り、栗色の長い髪を撫でる。


「ンだよゴルアァ! さわンなよォ!」


 第一印象は猛獣だったけど、割と純粋で可愛いじゃないか。俺はふと思い付き、身に付けていたリストバンドを外す。それをヘアゴム代わりに、さりげない手つきで彼女の後ろ髪を束ねてやる。


「うん素敵だ、ポニーテール似合ってる」


「はっ、はァ~っ?」


「いやね、入れ替わった時に何か特徴でもあればわかりやすいじゃん? そのバンドもお近づきの印にプレゼントするよ。そんで五年後とかにさ、忙しくなければサイン書いてあげるからおいで」


「ざけンなよ、おま」


「メインはもちろんデートだけどね!」


 ウインクしたら、戸惑っていたメイムさんは、たださえ赤いほっぺをゆで上がらせて黙り込む。


 うっわ、この子もちょっろ!

 怖くてもやっぱ男慣れしてねー!

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ギルティガンナー 山田遼太郎 @yamadaryoutarou010711

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