シーン1 ディスタンス(5)


 そして、目覚める。


 地中から、巨大な銃身が生えた。

 少女の前方に現れたそれは、轟音と共に弾丸を吐き出して、エディの乗るイビルトリガーの胸を撃ち抜く。昼間に謎の攻撃を受けて生じた、甲殻装甲の傷を正確に狙っての、美事な射撃である。


 てか、昼間のもコイツ・・・だったんじゃないのか?


『え、お、ご……おじょー……さんん』


 風穴の空いたイビルトリガーは掠れ声を発すると、真っ赤な潤滑油を噴き散らして、倒れ伏す。


「エディ、さん……」


 メイムちゃんは、鮮血みたいなベトベトの雨に濡れながら、へたり込む。

 ここで、俺は思わず8ミリを置き、彼女に駆け寄って肩を掴む。ヤバい事が起きていたからだ。


 巨大銃身が生き物みたいに暴れ狂って、地面の穴を広げて、根本に続く腕と体をあらわにする。


 10メートル弱のそいつは、ずんぐりむっくり四頭身というひどいプロポーションの持ち主だ。


 テンガロンハットを被った人間の頭蓋骨……と言うか帽子と融合したような、妙な形状の頭部。つばの下から覗く、ギョロリと鋭い三白眼の白目部分には毛細血管が浮かび、紅く血走っている。


 口元と首はボロい白スカーフで隠れ、上半身はフリンジがビラビラと垂れ下がってるウェスタンジャケット……に似た鉛色の甲殻装甲に鎧われており、下半身はやたらと短足で、ブーツ型足部のかかとについた拍車の使い道が非常に気になる。主武装が右腕と一体型なのは、イビルトリガーと同様だが、こちらは鈍く黒光りする回転式拳銃リボルバー。格好といい武器といい、カウボーイ気取りかよ。


「なんだ、このメタルジャケット? うわっ!」


 カウボーイマシンは、指が四本しかない左手を伸ばし、俺とメイムちゃんの体をまとめて掴む。


 頭の上まで腕を持ち上げ、俺達ふたりを、充血した目玉でしばらくまじまじと眺める。それから何を思ったか、スカーフに覆われていた歯並びの最悪な口をぐわば・・・と開けて、俺達を呑み込んだ。


 ▽    ▽    ▽


[メタルジャケット・コックピット内]


「いてっ」


「あぐぅ」


 先に落ちたのは俺だ。メイムちゃんは後から、俺の膝上に降ってきた。おしりも胸と一緒で相当大きくムチムチしてて、それによって俺の股間は潰される。ぎゃああ嬉しいけどぎゃああああっ。


 そこは薄暗く、狭苦しい空間だった。

 着地、というか落下したのは、座り心地も何もあったもんじゃないゴツゴツした骨の塊みたいな座席。周囲の壁が、どくどく脈打っており、ひだ・・みたいな構造も確認できて、まるで臓器の中だ。


「なんだここ、キモいし生臭ぇ。おうえっ」


 思わずえずく。


『クズどもめが! やはり隠していたな!』


 クソ軍人の声が空間に反響する。警務軍の最新兵器らしいし、無線周波数も合わせてるんだな。


 正面のメインモニターは、二つの円が横並びに重なったような形で、広場の映像が映っている。ていうか、もう目の前に来てるんですけど、あのクソ軍人のメタルジャケット! うわああああ!


 振動が走り、モニターにぶつかって跳ね返ってきたメイムちゃんの後頭部が俺の下顎にヒット!


「ごめんなさいっ!」


「いいってこと……」


『こいつは虎の子だ! いちど語らってみたくもあったが抵抗するな? 無傷で持ち帰るぅっ!』


 敵メタルジャケット・ヘルダイバーは、見た目通りの力自慢みたいで、このカウボーイマシンの頭部を両手で挟み込み、テンガロンハット装甲をギシギシ軋ませてるのがモニター越しにわかる。


 何する気だ? 壊しゃあしないよな?


 敵の手が、モニター画面から見て、やや下方に滑った。そこでさらなる衝撃! メイムちゃんのおしりが、俺の股間のブツをもんのスゴい勢いでこすっていじめてくる中、必死に思考を働かす。


 え~とえ~と、このモニターが仮にカウボーイマシンの目玉と繋がってるんなら、その下は口。


 こじ開けるつもりだな!

 俺らを引きずり出すために!


「ヤベェよ! ってメイムちゃん何してんの?」


 さっきからほとんど喋らないと思ったら彼女、操縦席の両脇から何本も出てるゴチャゴチャしたレバー類やら、モニター下のコンソールやらを、目にもとまらぬ猛スピードでいじくり回してる!


「動かすのですぞ! やられちゃう!」


「できんのぉぉっ?」


「メタルモービルなら何度も動かした事が……」


 糸目が不安げに揺れている。


「メタルジャケットは初めてじゃん終わった!」


 あー、もうダメだ死ぬ。

 どうしよ、俺まだ童貞だよ!

 ヤらずの二十歳ヤラハタだよ! あそうだ、今からでもメイムちゃんにお願いするか? ちょうど準備はできてるし。でも、こんな臭い化け物の腹の中でとかムード最悪だよ~! ちくしょ~ファック!


『ほぉ~らほぉ~ら、おクチをあけて~!』


 たぶん今、敵の手はコイツの口にかかってる。あとは俺らを取り出して、握り潰すだけか。


 嫌だ。俺はまだヤってない……いやいや、夢を叶えてない。偉大な映画監督になるって夢……!


 この時、ぽーんっ、と音が鳴る。

 メインモニターからだ。

 浮かんだ文字を、電子音声が読み上げる。



『Please install sense of guilt...』



 はあ? 幼稚園児並みにたどたどしい文だな。


「『後ろめたさをインストールしてください』、ってなんだよこれぇ~っ!?」


「『罪の意識・・・・』……」


 ぽつりと呟くメイムちゃん。

 次の瞬間、信じられない事が起きた。


 彼女の糸目が、ぐわり・・・と見開かれたのだ。


 いや、ちゃんと前見えてるわけだし、最初から開いてはいたんだろう。驚くべき事でもないか。でもさ、なんていうか、この子の瞳孔って何気に初めて確認できたけど……真っ赤っかなんだな。



 まるで、血の色じゃないか。



『ハッハ~ハッ! 中でみっともなく足掻く様が見えるようだぞ。だが決して自分を卑下するな。単なる一般人が最新兵器に乗ったからって軍人を簡単に倒せるのは、どっかのアニメだけだっ!』


 調子に乗りくさったクソ軍人の嘲り声に、


「そうかい。だったらよ」


 と、誰かが答える。


「一般人じゃあなくなりゃあいいわけだなァ?」


 メイムちゃんが顔をあげた。

 どう考えても別人だった。下まぶたに、くま取りにも似た模様が刻まれている。

 目尻は愉悦に歪み、口角はナイフじみた形状につり上がっている。血の赤黒さに染まった大きな瞳には、狂喜の光や殺意の闇が煌々こうこう泥々ドロドロと躍り揺らめきうって、視線の力だけで射殺されそう。


 モニターから再び電子音声が流れた。



install completedインストールが完了しました...

 Guilty Gunnerギルティガンナー

 start up起動します



「ぎ、る、てぃ」


「おらテメェ、汚ぇモンおっ立ててねーでどっか掴まるなりしろや。行くぜ?」


 メイムちゃん……メイムさんは両手でレバーを握り、やや前傾姿勢になった。


「デケェのかますぜッ!」


 ギャリギャリギャリギャリ!

 と、チェーンソーか何かを石に当てるみたいな耳障りな音が、外で鳴っているのが聞き取れた。


 そっか想像できる。あれだ、コイツのブーツについてた拍車って、ローラースターターなんだ。とか納得してたら正面からの強烈なGの圧迫感。吹き飛ばされそうだ! 何かないか掴まるもの!


 おっぱいに掴まったら肘鉄もらった。


『ぐあっ!』


 と呻いて、目の前のヘルダイバーがのけぞる。ローラーで加速しての、猛突進を食らったのだ。


『抵抗したな! 俺とお喋りしたいのかぁ~!』


「また来るよメイムさぁん!」


「おクチ永久にチャックしな」


 モニター映像に、向かってくるヘルダイバーとこの機体自身の回転式拳銃型右腕リボルバアームが映っている。


 極大サイズの弾丸が、敵機の胸を貫いた。




 △    △    △


 ここまでの出来事が、あの星を訪れて僅か半日足らずの間に起きてたなんて信じられない。


 とりあえず、シーン1として区切っとこうか。詰め込みすぎは、後々の尺にも響くからね。


 次のシーンは、またの機会に。

 いやぁ映画ってホントに最高だよね。


 バーイサヨナラバーイサヨナラバーイサヨナラ……

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