シーン1 ディスタンス(4)
「そこまでだ貴様ら」
野太い声が低く響いた。
見ると、紺のロングコートを纏う長身の男が、沈む夕日を背負う形でいつの間にか佇んでいた。
オレンジのグラサンに黄金ドレッドヘア、鼻のピアスなど、派手さばかりに着目するならクラブとかにいそうなパリピ的印象だが、それにしちゃコートの下の軍服と屈強な肉体が不釣り合いだ。
「警務軍である。そこのジャンク屋、動くなよ」
男が軍帽を被り、手帳を出して開く。
そこには『十二枚の翼の生えた卵』っていう、ヘンテコなエンブレムが光る。
男の動きを合図に、プロテクターと小銃で武装した複数の兵士が、隊列を組んで集まってくる。
にわかなどよめきが広場に拡散した。
兵士達が小銃を構えるとそれはすぐに収まり、移動店舗の周辺にいた住民達は全員、平伏する。
「あやあや、物騒な……一体どんなご用向きで」
緊張を孕んだ声で、それでもポヤポヤの和み系スマイルを張り付け、メイムちゃんは出迎える。
「とぼけくさるか。我らを誤魔化せると思うな」
ドレッドヘアの男は前進すると彼女の胸ぐらを掴み上げ、グラサンの奥の青い瞳で睨めつけた。
「ちょっとあんた、なんなんよ?」
と俺が詰め寄れば、
「黙れモヤシ。俺様とお喋りしたくば筋肉だけで体重を二倍ほど増やしてこい」
丸太じみた足が俺のどてっ腹に叩き込まれる。痛みの前に嘔吐感が込み上げて膝をつき、
よく気絶しなかったもんだ。
「乱暴しないで! この人は関係ないっ!」
メイムちゃんは例の変な口調も忘れるくらいに焦ったらしく、男の手を振りほどこうともがく。しかし、体の一部以外やせっぽちの女の子が抵抗してもマッチョマンにはそよ風程度でしかない。
「アキラどの! アキラどのぉ! あっ!」
豊満な胸の片方を、男の手が鷲掴みした。
「フン。このような
痛いのは片腹だろ脳筋バカ! どこ大だ!
てかやめろ! 放してやるんだ! せっかくのいいおっぱいがアンバランスになっちまうだろ!
心中で喚いても気持ち悪くて起き上がれない。
「いたいぃっ。どうしてこんな、ひどいことっ」
「いいか聞け。調べはついてるんだよ小娘くん。
はっ? マルコスそんなクレージーだったん?
「貴様の仲間は、重要参考人であるマルコスを、隠れ家だったプレハブごと吹っ飛ばしてしまったのだよ。新兵器も、そこにあったはずなのだ! その証拠に、レーダーは起動シグナルを関知している。貴様が現場で目撃される時刻前まではまだ反応していたからな! これはどういう事だ?」
「し、しっ、しらっ、ないぃ……っ!」
「どこに隠した言え! どっちみち連行ののち、自白剤と精神洗浄機でキッチリ吐かせてやるが、便宜をはかる最後のチャンスである! 我ら特別警備隊には死刑執行権限がある事も忘れるな!」
「ひっ、うぇ、うぇっ、くっ……っ!」
メイムちゃんが、いじめられて泣いてる!
クソ軍人、とんだ言いがかりじゃないか。おっ死んだマルコスに聞けよ!
オイこらエディ、てめぇ当事者だろ! 黙って見てないで雇い主を助けたらどうなんだ……って既に兵隊さんに拘束されてるじゃん。あーもう!
そして俺。
ナニ考えてんだ、いい加減にしろこんな時に。
撮ってんじゃあねーよ。
こっそり8ミリまわしてんじゃあねーよクズ。
だって良いシーンなんだもん仕方ねーじゃん。
「もうやめて。ゆるして。いたいことしないで」
まぶた腫らして顔を真っ赤にしてすすり泣き、許しを乞う少女。いいよいいよっ!
「あくまでシラをきる、その根性や良し! 気に入ったぞ娘くん! ならばこうするとしよう!」
悪徳軍人は少女のもう片方の胸まで掴み、好き放題に弄びながら、顎を振って部下に指図した。
「あれを持て!」
命令通りにラジオそっくりな装置を運んできた部下が、アンテナ伸ばして、スイッチを入れる。何が始まんだよオイオイッ! え、動いたの? ラジオっぽいにしては全く音は聴こえないけど。
とか思ってたら、エディの様子が、おかしい。
「あぁ、ダメ、ダメだ。思い出しちゃいけない」
ハゲオヤジは肩を抱いて怯え始めて、うわごとみたく唱えていたが、恐怖にひきつる口元が次第次第に歪んだ薄笑みへとすげ変わってゆく。涎を垂らして、焦点の定まらない眼球で天を仰いだ。
「ダメダメダメだってばあキモチイイィィィィ」
「特別警備隊の権限において、ここに死刑を執行する! キリングタイム強制突入であ~るっ!」
クソ軍人は高らかに宣言してみせる。
「小娘くんがだんまり決め込んでるのなら、元に戻ったエドウィンさんに聞こうではないかっ!」
「まばらぁぁぁぁ男が触ってんじゃあねぇよ!」
エディは兵士達の拘束を振りほどき、
「『イビルトリガー』ぁぁぁぁ!」
腕をかかげて叫ぶ。
すると奴の真後ろで広場の地面が割れ、土砂と敷石を散らして、
出たぁぁぁぁアイツだ!
俺を襲いやがった奴だ!
そいつは目と同じく人間のそれと似た大口を、
『なんてこったケビンの野郎が何人もいやがる。俺とサリーの邪魔する奴ぁぶちこんでやるぅ!』
ぶっといモノが、火を吹いた。小型ミサイルの爆炎は局所的突風を呼び、着弾点にいた兵士達をバラバラにする。首が、手足が、臓物が舞って、辺りを血の池に変えてゆく。ひゅ~派手だねっ!
「おっととと! ふはは流石は新兵器。しかし、もう一機はどうした。やはり小娘くんかなぁ?」
メイムちゃんを小脇に抱えて走るクソ軍人は、部下のひとりを盾に使い、敷石のつぶてを凌ぐ。
「わたしも『ヘルダイバー』で出る!」
奴がインカムに呼び掛けると、近くに停車していた巨大輸送車のハッチが開いて、新手のメタルジャケットが出てくる。極太のタンクを背負い、口元にボンベをつけた、紺碧色の重装甲タイプ!
クソ軍人が自機の手のひらに飛び乗った直後、
「かぁむ!」
メイムちゃんは奴の腕に噛みついた!
「いっつ!」
力が緩んだ隙に彼女は身をよじり、抜け出す。地面に落ちて転がるも、すぐ跳ね起きて駆ける。
「どこへ行こうと言うのかね!?」
クソ軍人は銃を抜き、逃げる背中に数回発砲。しかし当たらないとわかると、舌打ちして、ヘルダイバーの胸のコックピットに乗り込む。脳筋にお似合いの重機が、くぐもった雄叫びをあげた。
「やめれぇ~!」
叫んで走るメイムちゃんを、安全そうな場所にうずくまった俺は8ミリで追うように撮影する。
「殺しはやめれぇ~! 怖いんだよぉ~!」
必死に腕を振り、涙を飛ばして、息急き切って向かう先は広場の中心。そこで暴れてるのは今やエディの機体だけじゃない。強制キリングタイム突入により、住民達も凶暴化して狂乱していた。
「やめてくれよぉ~みんなぁ~!」
ジャンク屋のマシンを買っていたおっさんが、老人を殴り殺す。モービルの修理を依頼していたおばさんが、そのモービルを操作して、二時間前まで笑い合っていた友達を楽しそうに踏み潰す。
クレージー。明らかに、地獄そのものだった。
「けんかはやだぁ。怖いの嫌いだぁ……」
そんな血生臭さの中でたったひとりの、争いが嫌いな優しい女の子の祈りは、誰にも届かない。
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