シーン1 ディスタンス(3)


「すぐにでもお帰りになるとよろしい」


 すっくと立って、メイムちゃんは笑顔を消す。


「なんで?」


「いやいやいやいや」


 その場で三回半ターンして、ツッコミくれた。


「貴殿、さっきは運よく命を拾っただけですぞ。次は死にます断言します。補償とか出ませんぞ」


「あ、大丈夫よ。いい画を撮るまで死なんから」


「え?」


「そ、画。映画撮んのが俺の夢。そのネタ探しに来てみりゃあ、ここ最高! 住みたいくらい!」


 メイムちゃんは急にうなだれてしまい、小声で何やらブツブツとこぼす。


「バカなんだバカなんだバカなんだバカなんだ」


「聞こえてるよ」


「失敬。お名前お教え願えますかな? 今ここでしかと覚えておきたく思いましたので」


「ああ俺? 俺、アキラ! 将来は映画監督!」


 俺もシートから立ち上がり、右手を差し出す。メイムちゃんは、自分の手を見て、やや戸惑う。


「汚いですぞ、小生の手」


 細い指は、油と塗料が染み付いて、真っ黒だ。


「それもそうだね。握手はやめよう!」


「是非ともよろしくお願い申し上げる」


 問答無用で手を握られた。痛い。


「小生はメイムと申しますぞ。アキラどの」


 極細の目がさらに細まり、お口がニャンッ、と猫口作って彼女は笑顔に立ち戻る。

 あ、改めて見たら、薄汚れたダッサいツナギの胸元を派手に盛り上げる立派なものが二つほど。


 ほうほう、着やせするタイプか。


「お嬢さぁん」


 オヤジの声と、後方の戸をノックする音。


「は、はいっどうぞですぞっ」


 メイムちゃんの肩がビクッと跳ねた。俺の手をパッと放して、背を向ける。ん? 照れてんの?


「そろそろ街回りの時間ですがどうし……あっ」


 入ってきたニマニマ顔のオヤジは、両サイドの白髪だけ残して禿げ上がった頭をぺちんと叩く。


「お邪魔でしたか?」


 そういうのいいよ。


「あーいやいや違うのですぞ、エディどの。このお方は酔狂な記者さんでございましてなアハ~」


 キミもなんでニヤケる?

 ははん、男慣れしてないな。


「オヤそれは珍しい。どうぞよろしくお嬢さんの下で整備助手をやってます私、エドウィンです」


「あハイ、雑誌記者のアキラで~す。嘘だけど」


 俺とオヤジが軽い会釈を交わしてたら、メイムちゃんは後ろから袖を引っぱってきた。

 こしょこしょっ、と耳打ちしてくる。


「あの方、罪状は連続殺人および婦女暴行。女に惚れてはその男に嫉妬して、どっちも犯してから殺してます。被害件数は五億超え。矯正の影響で反転して今は紳士ですけど、努々ゆめゆめ油断めさるな」


「ひゅークレージー」


 マジかあのオヤジ。虫も殺せないって面だぞ。


「ちなみに昨日のキリングタイムじゃサリーって女性、今日はマルコスって男性を殺しましたぞ」


「オイそれって」


「ハイまさかですぞ」


 あれ乗ってたのエディなのかよ。

 人の声って拡声器通すとわかんないもんだね。


「小生があんなタイミングで助けに行けたワケ、ご理解いただけましたかな?」


「いただけました。てかさ、あんだけの事をしてニコニコしてんのも、シリアルキラーだから?」


「うんにゃ。タガが外れる前と後ではほぼ別人格みたいなもんで、なーんも記憶にございません。もちろん周りの人もおんなじ。だから、今だけは平和ですぞ。次のキリングタイムまではね~?」


 タチ悪ぅ。

 ん? ちょい待ち。


「キミも死刑囚なんだよね? ナニやったん?」


 極めてフランクに質問したつもりなのに、目の前のメイムちゃんは緊張した面持ちで言い淀む。


「うぐっ、貴殿、言わせるおつもりか……」


「うん気になるもん。取材のためにお願い。あっ待ってて8ミリまわすから……ハイ、オッケー」


 あなたの罪はなんですかっ?

 って、撮影機に彼女の姿を映し込む。


「ヒト、を」


 ぽろり、こぼれる。


「もっと大きな声で」


「ヒトを、殺しました。たくさん、山ほど」


 え? なんだ。唇を噛んで震えてる。そんなに言いにくいかな。エディとおんなじ犯罪じゃん。


「もういっこ気になるんだけどいい?」


「おふたり、お楽しみのところ申し訳ないですがそろそろお仕事のお時間です」


 エディのオヤジが遠慮がちに、横槍を入れた。


「あいあ~い、んじゃま行きますか~」


 メイムちゃんはパッと呑気な顔に戻って駆けてゆく。ちっオヤジ、いいとこで邪魔しやがって。


 飲み込んだ言葉を、脳内で反芻はんすうする。


『キミはどうして、元に戻らなかった・・・・・・・・んだい?』


 ▽    ▽    ▽


[バビロンの住宅街]


 移動店舗トラックをエディが運転して、やって来たのは、破壊の爪痕残る広場だ。集まる人々は誰もが嘆くどころか満面の笑顔で、木材や煉瓦を各々持ち寄り、家々の修繕作業に勤しんでいる。


「ここでもメタルジャケットが暴れたんだねぇ」


「ここでもじゃなく、どこでもですぞ。キリングタイムはほぼ時差もなく、星全体で始まるゆえ」


 広場の真ん中でトラックが停車すると、人々の一部がわらわら集まってくる。こいつらみんな、人畜無害な小市民と見せかけて、犯罪者なのか。ワクワクしてると、メイムちゃんが、進み出た。


「あど~もど~も! ど~もども! 皆々様ぁ、今日もご機嫌麗しゅう! ジャンク屋で~す!」


 のほほん癒し系ビジネススマイル全開にして、拡張機を通しての、間延びした声を張り上げる。


「不要な家具、使えなくなった電化製品はございませんか? お徳な価格で買取りさせていただきま~! 今ならサービス大特価にてマシン販売、整備も受け付けておりま~! 早い者勝ち~!」


 商売文句お上手で。この歳で大したもんだな。


「姉ちゃん、この全自動卵割り機っていくら?」


「あいあ~い♡」


 そろばん弾いて、商品とか箱詰めしたり。


「うちのモービル調子悪くてね。みてくれる?」


「あいあ~い♡」


 小柄な体で、工具抱えてパタパタ走り、半生体作業用重機『メタルモービル』を修理してたり。


「ありがとや~す、ありがとや~す。ジャンク屋メイムをご贔屓ひいきに~! どもどもあど~も~♡」


 アイドルさながらに愛嬌振りまいてらぁ。

 大繁盛だね。いい事だ。

 当然か? おそらくは毎日のようにぶっ壊れるであろう街を回ってりゃ、さぞ儲かってるはず。



 やがて、日も傾いて夕飯時になりましたっと。



「ふぃ~、やれやれですぞ~」


 お仕事も一段落して木箱に座るメイムちゃん。お疲れさん、と労うと、糸目を緩めて微笑んだ。


「汗、ほら」


 俺は、彼女が首にかけてるタオルを奪い取り、優しく頬を拭いてやる。その頬が赤く染まった。


「あ、会ったばかりで馴れ馴れしいです……ぞ」


 奪い返したタオルで顔を覆って下向いちゃう。


 可愛いぜ。よし決めた。


「あのさ俺、キミについてっていいかな?」


「ふぇ」


「ジャンク屋って色んなところ行くんでしょ? 俺この星の事もっと知りたいけど、まだ地理とか全然わかんないしさ。お願いっ、同行させて? もちろん炉銀もあるし、迷惑はかけない。ねっ」


「い、いきなり言われましても……困りますぞ」


 渋るメイムちゃんの顔を、まっすぐ覗き込む。


「それに俺、キミの事も知りたいんだ」


「えっ」


 メイムちゃんは呆気にとられた様子で、さっき以上に赤面して俺を見つめ返す。すかさず、肩を掴んで引き寄せる。あわわと慌てふためき、ヨソ向きかける彼女の視線を追いかけて逃がさない。


「変かな? 出会ったその日にこんなこと思うのって。でも、キミは見ず知らずの俺の命を助けてくれた。ついていく事で、今日のお返しをいつかしたいんだ。俺にできる事だったら……だから」


 あえてもう押さない。むしろ、引く。


「ごめんよ無茶いったよね忘れてくれ」


「こ、心得ました。オッケーですぞアキラどの」


 しゃあっ!

 やっぱこの子、男慣れしてねぇ~!

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