世界最強のあっちむいてホイで虚ろな化物を撃ち抜け!
わしわし麺
くっそ長いプロローグ しかもその1
僕が12歳になって少し経った、すごく晴れていて日差しが痛いくらいに突き刺してくるようなある日。
母さんがいつものように朝食のパンとスープを盛り付けてくれている最中、窓から降り注いでくる太陽の光から首の後ろを手で庇いながら僕は母さんに声をかけた。
「ねえ母さん。僕、魔法の練習をしようと思うんだ」
後ろで一本に縛っている茶色の髪をぴょん、と跳ねさせて母さんがおどろいた顔をした。どうでもいいけど、僕は母さんのこんな仕草が子供っぽくてかわいいと思っている(この間本人に言ったら顔を真っ赤にして怒られた!)。
母さんは口元に手をやって考え込んでいるフリをしながら首を傾げ、困ったような笑顔で口を開いた。
「んー……。アルドにはまだ早いんじゃないかな」
そんなわけがないことを僕も母さんも知っている。
魔法に適正がある人は、早くて5歳くらいから力を発揮し始める。
僕もこの前検査を受けた。
結果は、まあお察しの通り。
まるで適正がないから素直に魔法使いの道は諦めたほうがいいってありがたいお言葉を検査官のおじさんから頂戴した。
それでも僕は諦めきれなかった。
「適正がないのはわかってるよ。それでも努力したら少しはマシになるかも知れないでしょ?」
母さんは辛そうな顔をした。ないと言われた才能に息子が諦めがついていないのだから、それは憐れみもするだろう。僕は慌てて弁解する。
「いや、何も城の騎士に取り立てて貰いたいなんて考えてる訳じゃないんだよ。僕は単に、自分の魔力が本当に使い道がないのか確かめたいだけで」
母さんは顔を伏せた。完全に逆効果だったようだ。
それでも僕がスープを飲み終わる頃には「いいよ。向こうの野原でやろうか」と言ってくれた。
「ちゃんとシルフ様にお祈りはした?」
僕の住む名もない村は、精霊シルフ様の治めるイルバート国の外れに存在する。
もっと都会に行けばシルフ様の起こす奇跡を見ることもあるそうだが、あいにくこの辺境で生まれて外に出たことのない僕にはそんな機会はなかった。よって信仰心もそんなにない。
「したした。母さんは?」
「してない。ちゃんとお祈りして偉いね」
僕の適当な返事を咎めもせず、母さんはあっけからんと言い放った。この村ではこんなものだ。
食事を終え、お皿を流し台に置いて片付けた。「動きやすい服に着替えておいで」なんて母さんが飛ばしてくる冗談を照れ笑いで受け流す。
貴族じゃあるまいし、貧乏農村に住む僕らが寝るときとそれ以外で別の着るものを持っている訳がない。
外に出ようと玄関のドアに手をかけると、母さんが後ろから僕の髪をくしゃくしゃと触ってきた。
何? という意味を込めて振り向くと、母さんははにかんだように笑っている。
こんなところが子供っぽいんだよなあと思いながら僕と母さんはドアを抜けた。
途端に日差しが全身に襲いかかってくる。
早くも汗を垂らしている僕を見た母さんが布切れで顔を拭いてくれた。
母さんはあんまり汗をかかない。「暑いねえ」と言って手で顔を扇いでいるものの、しんどそうには見えない。
あまりにも汗をかかないものだから僕は以前、村にいるお薬屋さんに「母さんは木か石で出来た人形なんじゃないですか?」と聞いてみたことがある。
そしたら、白い髭を長く伸ばしたおじいさんは優しそうな顔で大笑いしたものだった。
「あの人は汗の出る線が少ないんだよ。そういう人は体温が上がりやすいから無理をさせちゃいけないよ、アルド」
それを思い出した僕は「ちょっと待ってて!」と母さんに声をかけて家に駆け足で戻り、麦わら帽子を取ってきた。
母さんが倒れては大変と急いで帽子をかぶせてあげる。最近僕の背はちょっとばかし伸びたので母さんの頭なら手が届く。
母さんはびっくりしたように目を丸くすると、僕の手を握って歩き出した。
12歳にもなって母親と手を繋ぐなんて、友達に見られたらバカにされるに決まってるから手を引っ込めようとしたが、母さんが嬉しそうに小さく笑っているから我慢した。
照れくささをごまかそうときょろきょろしていると、草むらの中に滑らかな毛皮のトラ猫を見つけた。
「あっ、トラだ。おいで」
手をさしのべると、トラ猫は素直によってきて僕の指先に鼻をこすり付けた。
「この猫、人なつっこいね」
母さんの言葉に僕は胸を張った。
「トラがなつくのは僕だけにだよ。仔猫の頃から僕の夕飯をちょっと取っておいて食べさせたんだ。おかげでこんなに大きくなれたのさ」
頭をひっぱたかれた。
「この子は……! あんた背が低いんだからいっぱい食べなさいっていつもいってるでしょ!? どうして貴重なご飯を猫にあげちゃうの!」
「だだ、だって! こいつ親猫とはぐれててかわいそうだったんだ!」
僕が手で頭を庇うと、母さんはため息をついた。
「はあ……。弟か妹でもいれば良かったのかな」
「そしたら僕のご飯はもっと減るよ。猫でまだよかったんじゃない?」
減らず口を叩く僕にはもう一発手が飛んできた。
痛い。
のどかな村の中をぶらぶらと歩いていると、畑を耕しているヘンリーおじさんが鍬を肩にかけて手を振ってきた。
僕は母さんと手を繋いでいるのがバレないように首をすくめたが、母さんが僕と繋いでいる手を上に大きく振り返したので無駄に終わった。
ヘンリーおじさんはニコニコと笑っている。
彼には今年13歳になるシーナという娘がいる。長い茶髪を三つ編みにしたとてもかわいい子だ。お願いだからこの事はシーナに黙っていてくれないかな。
という気持ちを込めて頭を下げると、ヘンリーおじさんはうんうんと頷いた。きっと伝わったのだろう。そう思いたい。
畑を抜けるとようやく広い野原に出た。
母さんはゆっくり手を離すと、10歩程離れて僕に向き合った。
「さあ、アルド。やり方はわかってるの?」
「もちろんさ」
僕は右手を母さんに向ける。そして自分の内側に意識を集中した。
自分の内側というのは内臓とかそういったものではなくもっと抽象的な……うまく説明できない。
真っ黒な意識の海の中に、どこかへ続いている小さな通り道があって、そこから魔力が流れ込んでくるような……やっぱりうまく言えない。
とにかく僕の場合、一本の糸を頭の中から引っ張り出すようにして魔力を引き出す。
自分の中にある通り道を、僕はポートと呼んでいる。
他の人に聞いたらそんな難しく考えなくても魔力は出てくるというのだけど、僕にはこのイメージがないとできなかった。恐らく魔力の適正というのはこういうところにも現れるのだろう。
僕がポートから魔力を引き出したのを感じたのか、母さんが声を発した。
「うん、魔力は生み出せたみたいね。それじゃあその無色の魔力をパレットにくぐらせて――」
パレット。魔法を使う人たちが体内に持つと言われる機関だ。
魔力は生み出しただけでは何の役にもたたない。人それぞれ異なるパレットに魔力を浸すことで、魔力にエネルギーの指向性を与える。
それは熱だったり、大気を揺らす力だったり、はたまた人体の筋力や自己治癒能力を増大させたりするエネルギーだ。
そして、どうやら僕にはそのパレットが存在しない、もしくは小さすぎて使い物にならないのだそうだ。
指向性を与えられない魔力は目にも見えなければ、物体に干渉することもない。つまり僕の魔力は僕にしか認識できない幻のようなものだ。
「うーん、やっぱり無理だね。パレットが僕には無いみたい。ポートしかないんだ」
困ったように言う僕に母さんは寂しそうに笑った。
「なら、仕方ないね。その無色の魔力を私に飛ばせる?」
「それならできるよ」
体に充満する魔力を指先から飛ばす。見えないし音がするわけでもないけど、僕には僕の魔力がどこにあるのかわかった。
細長い太陽の光のように一直線に飛んだ無色の魔力は、差し出された母さんの右の手のひらに当たって体の中に入っていく。
「アルド、これがパレットよ」
母さんの中には確かに何かがあった。魔力を通してその感触が分かる。
熱くて冷たくて、硬くて柔らかい。
赤くて白くて青い。緑で灰色。
そんな形容し難い何か。それがパレットだった。
母さんのパレットを通った僕の魔力は方向を曲げられ、母さんの左手から抜けていった。
すると母さんの腕から突風が巻き起こり、原っぱの草を激しくかき乱した。
僕は思わず呟く。
「これが、魔法」
風に帽子を飛ばされないよう押さえる母さんをよそに、僕は飛び上がって喜んだ。
「スゴい! 母さんを通したら魔法が使えた!」
風が止み、母さんはうつむいた。
「アルド、パレットを通した魔力はその人の意識に支配されるの。あなたが自分の意思で魔法を使うことは――」
「だったら、その人にお願いして使ってもらえばいいんだよね!?」
僕の高揚は途切れなかった。その後も渋る母さんに頼み込み、何度も魔法を使ってみた。
「あっ、日が高くなってきちゃった」
魔法に夢中になっていた僕は、空を見て驚いた。かれこれ三時間は魔法の練習をしていたことになる。
母さんが腰に手を当てた。
「もう、早くお手伝いに行きなさい!」
「わわ、わかったよ!」
慌てて走り出す。畑仕事をすっぽかしてしまったらシーナに呆れられてしまう。
練習に付き合わせてしまった母さんにごめんなさいを言おうと振り向いた。
が、母さんはボーッとして空を見上げていたので、なんだか声をかけづらくなってしまい、仕方なくそのまま走っていった。
鍬を振り下ろし、固い土を耕していく。
ざく、ざくと小気味いい音が響くが、僕はもう疲れ果てて気持ちが悪くなってきていた。
「おうい、もういいぞ。そろそろ暗くなるからな」
ヘンリーおじさんの声が天の助けのように聞こえる。僕はへたへたと土の上に座り込んだ。
「ふいーっ。つっかれたー」
「夏場はキツイよなあ。シーナが水を用意してるから家に寄っていくといい」
「ほんと!?」
疲れも忘れて僕は立ち上がり、ヘンリーおじさんの家にすっ飛んでいった。背後でおじさんが苦笑する気配を感じる。
重たい木のドアを引いて開けると、くりっとした丸い目の女の子と目があった。茶色の三つ編みを揺らし、木製のコップを持ってこちらに歩いてくる。それを見た僕の心臓がそわそわしだした。
「お疲れさま、アルド。お水どうぞ」
「あ、あ、ありがとう」
何故かわからないけど僕の舌は急に動きが悪くなり、言葉がつっかえてしまう。
シーナから受け取った木のコップ越しに冷たい感触が手に伝わり、僕は行儀悪くもその場で一気に飲み干してしまった。
きいん、と頭が痛くなるがそれも気持ちいい。
「まあっ、冷たいお水を一度に飲んだらお腹壊すわよ」
「だ、大丈夫だよ。僕のお腹はそんなにヤワじゃないんだ」
心配してくれるシーナについ強がってしまい、内心後悔したが後の祭りだ。彼女はかわいらしく頬を膨らませている。
「やんちゃなんだから、ほんと……。あ、今朝おばさまと出かけてたって聞いたけど、どこに行ってたの?」
ヘンリーおじさん……。手を繋いでいたことは言っていないだろうな?
「魔法の練習さ」
「あ……。そうなの」
シーナも僕に魔法の才能が無かったことは知っている。それでも諦めていない僕を気の毒だと思っているのだろう。
「パレットがないから炎や氷は出せない。でも……もうちょっとでなんかコツみたいなものをつかめそうな気がする」
シーナはスカートをつまんでもじもじしている。言いづらいことを言おうとしているのだろう。
「あの……。魔法なんて無くたっていいじゃない。虚獣との戦いに駆り出されちゃうし」
虚獣。突然人里に現れては人間を襲う異形の化物。
霧のように実体が薄く、剣や槍などでは触れられず、切り裂けない。魔法による攻撃で吹き飛ばすしかない。
そのため魔法の才能がある人は国に召し上げられ、虚獣との戦いを行う軍隊に入るのだ。
「僕も戦いたいわけじゃないよ。確かに軍に入れば母さんに楽をさせてあげられるかなとは思うけど。
魔力を生み出せるんだから、パレットがなくても何かできるんじゃないかって試行錯誤を……」
シーナはジト目でこちらを見ている。
「まあ、何て言うか学術的な好奇心ってヤツだよ。気にしないで」
無理やり話を打ちきると、シーナは感心したように僕を見つめていた。ドキドキする。
「アルドって、たまに難しい言葉を遣うわね」
僕はシーナに尊敬の目で見られているのが嬉しくてつい饒舌になってしまう。
「うん、僕は学者になりたいんだ。あーあ、この村に文字の読める人がいたら習うのになあ」
「おばさまは? 元は貴族のお家に生まれたってお父さんが言ってたよ」
シーナの言葉に僕は肩をすくめた。
「母さんが? そんなわけないだろ。だったら何でこんな寒村で息子と二人暮らししてるのさ」
僕が鼻で笑うと、シーナは難しい顔をして声を潜めた。
「あなたのお父さんと、こう、なにか色々あったとか」
「女の子ってそういうお話が好きだよね。父さんもこの村の生まれだし、流行り病で死んだだけ。君の想像するようなロマンスはなにもありませーん。残念でしたー」
小バカにする僕の頭がひっぱたかれた。よく叩かれる日だ。
「そうやって年上をバカにしてるとバチが当たるんだから! べーっだ、もう遊んであげない!」
シーナはぱたぱたと走っていってしまった。
非常にまずい、調子に乗りすぎた。
何とか機嫌を直してもらわないと。
と考えていると、どしん! と地面が揺れた。
何事だろうと周りを見ている間にもどしんどしんと揺れが続く。
僕は窓から外を見た。
すると、畑のど真ん中に黒い山があった。
目を凝らすと、それは八本の足を持つ蜘蛛だった。ただしバカでかい。大人二人分の身長を優に越えているだろう。
時折八本の足がジジジジ、という音と共に姿を変えた。よくわからない黒い模様が集まって足の形を構成している。
僕はこの特徴を母さんから聞いたことがあった。
実体のない怪物、虚獣だ。
僕は恐怖でカラカラになった口をぱくぱくさせ、窓から後ずさった。
どうしていきなり虚獣が?
いや、そんなことよりシーナが外に飛び出していったばかりだ!
僕は目を皿のようにしてシーナを探す。すると、最悪の光景が目に飛び込んできた。
蜘蛛の化け物が見つめているのは、へたりこんだシーナだった。
「シーナ! 逃げろ!」
大声を上げる僕にシーナが顔を向けた。その顔からは一切の表情が消えている。恐怖で動けないのだろう。
「おい、蜘蛛の化け物! こっちだ、こっちを見ろ!」
僕は窓から身を乗り出して外に出ながら大声を上げた。
頭からつんのめるように窓の縁を越えた。どさっと無様に土に手をつき、慌てて立ち上がる。
蜘蛛は僅かにこちらを見たが、近い獲物の方に気を取られているようだ。
巨大なハサミのような口を開き、それをシーナに近づけていく。
その光景に腹の底を焦がされ、届くわけもない手を伸ばしながら僕は叫び続けた。
「こっちだって言ってんだろ、この蜘蛛野郎ォォォーーーーッ!」
無駄だとわかってはいたが魔力を飛ばす。たとえあの化け物には何も感じられなくとも、届かない腕の代わりに何かを起こしてくれることを期待して。
そして、その願いは通じた。
蜘蛛は突然僕に向き直り、突進してきた。
模様の塊となった足は土を崩したりせず、ジジジジという音だけをさせて動いている。
「どわっ!」
僕は横っ飛びに逃げ、突っ込んでくる蜘蛛をよけた。
蜘蛛はそのまま減速せずにシーナの家の外壁を突き破る。騒音と木片が飛び散った。
虚獣はこちらから触れられないが、向こうからは接触できる。理不尽だ。
僕は土を払いながら立ち上がり、シーナに向かって腕を薙ぎ払う。
「さっさと行け! ぼやぼやするな!」
おたおたとシーナが逃げるのを確認して僕も走り出した。シーナとは別の方向だ。
こちらに行けば、村に常駐している魔法使いの人がいる詰所だ。そこまで行けば助かる!
追ってくる蜘蛛を尻目に僕は全力で走り始めた。
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