第2話 女神の贈り物と好待遇な世界

 目が覚めると、草の上に寝ころんでいた。気持ちの良い風が頬をなでている。

 「久しぶりの緑の臭いだ…」

 小声でつぶやく。

 自宅は東京の杉並、職場は目黒。東京と言うと皆、緑のないビル街を想像しがちだが、緑地は結構ある。家の周りなんか畑もある位だ。

 渋谷や新宿でさえ公園なんかはそこら中に有ったりする。仕事が忙しく、そんな所へ足を踏み入れる時間が無かっただけの話だ。

 このまましばらく寝ころんでいたい欲求を捨てて上半身を起こす。と、遠くに城壁らしき物が見えた。城塞都市か何かだろうか?

 女神の最後の言葉のワンフレーズ「世界の平和を護ってください」が脳裏をよぎる。平和を守る勇者とか、マジで止めて欲しい。

 辺りを見回すと草原の様だった。遠くに熊らしき生き物が歩いているのが見える。ヒグマくらいの大きさはありそうだ。

 と、その熊がこちらを見たような気がする。一瞬、固まった後、凄い勢いでこちらに走り出す。

 「やべ…」

 慌てて立ち上がる。が何か違和感。違和感のあった場所を観ればベルトに刀が刺さっている。

 しかも黒鞘の日本刀らしき物。女神からのプレゼントらしい。信仰しちゃおうかなw

 で、仕方なしに鯉口を切って構える。子供の頃から友人の父親がやっていた道場に通っていたので、杖術、柔術、抜刀は多少心得ている。

 走って來る熊に注意を向けると、かなりの速さ。しかも遠近法と言うかこちらの目測の間違いだったらしく、ヒグマの倍以上、事によったら三倍くらいはありそうな熊みたい。怖えぇ~。

 かなりの速度で走り寄って来た熊が減速しつつ目の前で立ち上がる。マジでシロクマの倍以上ある大きさだ。ちなみにシロクマ(ホッキョクグマ)は地上最大の熊だったりする。

 横なぎ、と言うより袈裟懸けに近い形で前足を振り下ろして來た。多分食らったらひとたまりもないと思う。

 が、躊躇せずに踏み込んで躱しながら、抜刀で胴を薙ぐ。

 一瞬、動作が固まった熊の上半身が下半身とサヨナラして地面に落ちた。

 右手の刀を観れば、明らかに日本刀。血曇りの一つもない。

 「すげぇ切れる…」

 多分、道場に有った「菊一文字」よりも切れる。見る人に見せれば数千万の値が付く業物だろう。菊一文字でさえ一千万以上だ。

 まぁ、女神に貰った物なので「御神刀」なのかも知れない。

 熊は。と見れば紫色の霧になって消えていく所だった。モンスターの類だったらしい。ご丁寧にドロップ品を落としていた。

 改めて、自分の様子を見るとトラドンの前の服装、ジーンズにユニクロのTシャツ、オックスフォードシャツを羽織ったままだった。腰に佩刀とウエストポーチのような物があるが、これは女神の贈り物だろう。

 興味を持ってポーチを開けてみると中には色々と入っていた。100枚前後の金貨、数日分の食べ物、多分防具の類であろう物、ポーションらしい物が数種、そして判別し難いと言うか全然知らない物が色々。女神様ありがとう。本気で感謝した。

 とりあえず、熊のドロップ品を、そんな容積ねぇだろう? と言うポーチにねじ込んで城壁の方へ向かう。



 城壁にたどり着いたは良いが、左右見える範囲に門が無い。城壁自体も石造りの立派な物で昇るのは難しそうだ。

 「良くこんな物作ったな…」

 呟いてから、何となく右手の方に歩き出す。目印も何もないから仕方がない。

 一時間も歩くと、やっと街道筋らしきものが見えてきた。城門らしい影も見えている。正直助かった。元の世界より力なんかの身体能力が大きくなっているみたいなので、そろそろ城壁を飛び越えられるかどうか。試そうと思っていたタイミングである。

 10分程で門にたどり着く。本物の城塞都市と言う物を始めて見た。門の中には街並みが広がっている。

 それにしてもでかい門だ。見上げていると門衛の兵士が声をかけてきた。

 「あの、どうされました?」

 言葉遣いの丁寧さにちょっと驚く。

 「失敬。大きな町と言うのを始めて見たもので、立派な門にちょっと驚いてしまいました」

 門衛がにこやかに笑う。

 「それにしても、草原を歩いて来られたのですか? モンスターとかは…」

 門衛の質問に正直に答える。

 「白い、大きな兎が沢山いましたが別に襲われなかったし、襲ってきた大きな熊は一撃で仕留められたので大丈夫でした」

 門衛の顔に驚きの表情が浮かぶ。

 「ボーパルバニーが戦闘を避けてデッドリーベアを一撃…」

 そして気を取り直したように

 「すみません、ちょっとこちらに」

 門衛の詰め所らしき場所へ案内される。中に案内されると、先ほどの門衛がひときわ偉そうな人に何か耳打ちをしていた。

 責任者らしき御仁はしきりに頷いている。

 報告を終えたらしき門衛氏は一礼の後に「失礼します」と言って出て行ってしまう。

 と、責任者らしき人が立ち上がり「お待たせして申し訳ない。まずはおかけください」と言って椅子を勧めてくれた。

 「ありがとうございます」と言って椅子に掛けると、そそくさと奥の部屋に行ってしまう責任者らしき人。

 程なくして奥の部屋からお盆と、小脇にファイルの類らしき物を携えて戻ってくる。盆をテーブルに置き、ファイルを自分の前に、そしてお茶らしきものの入ったカップを俺の目の前に置いてくれた。しかも茶菓子までついている。えらく待遇が良いのは空気で解る。

 「お時間を取らせてしまって申し訳ない。いくつか質問させてもらいたいのですがよろしいでしょうか?」

 別に否はないので頷きながら「はい」と答える。

 「ではお生まれはどちらですか?」

 「日本と言う国になります。おそらくですが、大陸の東の果てから海路で数日の小さな島国になると思います」

 責任者氏の顔に驚愕の表情が走る。過去にここに来た人間でもいるのだろうか?

 「失礼しました。私はダミドと申します。この街の門衛の責任者をやっております。よろしければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」

 何かどんどん丁寧になって來るぞ、この人。

 「名は和樹、姓は野末と申します」

 「カズキ・ノズエ様ですか」

 様になっちゃったよ。

 以下、この街に来た経緯、彼の持っていたファイルに有ったいくつかの質問等、別に隠す事でもないので全部正直に答えてみた。もっとも女神様の件は当然伏せて置いた。だって頭の弱い子だと思われたら嫌だし。

 ダミド氏はため息を吐いた後「少々お待ちください」と言ってまた奥に引っ込んだ。口を付けるとかなり美味しいお茶だった。茶菓子もカンパンの様な物だったけどすきっ腹に嬉しい味だ。

 程なくして戻って来たダミド氏は三通の書状らしき物を携えていた。それをこちらに向かい一通ずつ差し出しながら説明する。

 「貴方は失われた大陸からの冒険者と認定されました」

 何やらどこかで聞いたような話だ。

 「まずこちら」

 目の前に円筒に丸められた書状が置かれる。ご丁寧に封蝋で封がされて印が押されている。

 「王家への謁見許可状です。出来れば行って下さい」

 二通目が差し出される。どうやら紙ではなく羊皮紙と言う奴らしい。見るのは初めてだ。

 「こちらは冒険者ギルドへの推薦状、登録をお勧めいたします」

 最後の三通目。

 「こちらは心ばかりの品。街の宿屋であれば、どこであれ七日間無料で宿泊できます」

 また、えらい好待遇だ。

 一応話を終えて、数々の礼を言いつつ、辞去しようとして気になった事があったので訊ねてみる。

 「あ、あの、済みません。こちらの貨幣体系について伺いたいのですが…」

 ダミド氏は二つ返事で引き受けてくれた。

 基本は銅貨での取引。自分のポーチから取り出して見せた金貨は大金貨と言う物らしい。

 兌換率は金貨十枚で大金貨、大銀貨十枚で金貨、銀貨十枚で大銀貨、以下銅貨も同様らしい。実はその上にプラチナ貨やミスリル貨と言うのが有るのを知ったのはもう少し後である。

 女神さまがかなり頑張ってくれたらしい。余計好きになったw

 江戸時代みたいな無茶な兌換率だったらどうしようかと考えていたのだ。だって江戸時代は銭6百文で小判一両、びた銭は2枚で1文、銀は4分で1朱、金は4朱で1両、他にも重さを合わせた粒銀や粒金があり両替商の認印があれば流通できたらしい。さらに大型の20文銭やなまこ銀などと言う物も存在し、なまこ銀に至っては、重さ分を切り取って使うと言う大雑把さだ。流通には乗らないらしいが、大判と言う金貨もあってこれは作られた時代によって5両~20両と幅がでかい。

 覚えられるかそんなの! 普通に十進法な世界で助かった。

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