恋のぼりのてっぺんには、ふ(きな)がし
世界三大〇〇
第1話前夜
「奇跡は起こるものではない。起こすものなんよ」
渡辺が、何やらドヤ顔でメンバーに講釈をしていた。どうやら、メンバーを集めて郁弥とデートする方法を教授しているらしい。
「おぉっ、さすがはまりえ様」
「言うことが一々神秘的です」
メンバー結成以来、同級生の渡辺に頭の上がらない月島と北條は、ひれ伏すような仕草でそう言った。そこにツッコミを入れたのは、高2の毛利だった。
「でも、一体どうやって奇跡を起こしたの?」
毛利は、これまでに何度も郁弥をデートに誘っているのだが、その都度断られている。郁弥はメンバーと平等に接することをモットーにしている。だから、スケジュールが合うからといって強引に誘っても、乗って来ないのだ。
「毛利さんは直球過ぎるのよ」
「マスターが応じたいと思うような、お得感がないのよ」
ツッコミにツッコミ返すのは年長者の役目である。今回は、高3の藤田と菱川がセリフを分けてその役を買って出た。
「菱川さん、さすがやん。うちもそう思うんよ」
渡辺は余裕の表情で、菱川の言うことに感心してみせた。
「なるほど。お得感が奇跡を起こすってことね」
「でも、忙しい優姫ちゃんとスケジュールが合うなんて、それだけで奇跡だと思うけどなぁ」
太田と望月は考え込んでいた。渡辺は、美少女達が悩む顔を見て悦に浸りながら、更に謎めいたことを言った。
「それだけでは乗って来ないマスターは、相当ガードが固いってことなんよ」
こうして渡辺は、メンバー達を更に深い思考の泉の中に引きずり込んで行った。
「あぁ、もう、全然分かんない!」
最初に痺れを切らせたのは、太田だった。真面目な性格が災いし、余りにも深い思考の泉にはまり込んでしまったのだ。
「まりえ様、これ以上はもう、考えられません」
「どうか、結論をお示し下さい!」
これに便乗するかのように、月島と北條が平伏した。
「仕方ないんやから」
渡辺はドヤ顔を決め、自身の作戦の全貌を明らかにした。それは、2ヶ月も前から準備されたものだった。初めのうちは、忙しい郁弥を労う。そのうちに郁弥も忙しい渡辺を労うようになる。そして、自分が休みで郁弥が忙しい日に敢えてデートに誘う。
「どーしても行きたいんやけど、1人では心細いんよ」
渡辺が言うには、この程度の押しで良いらしい。当然、仕事を理由に断られる訳だが、ここがミソなのだ。後は、仕事が無ければ付き合うという意味に掏り替えるだけ。これで充分、約束は成立する、らしい。
「最後もまた、大仕事なんよ」
それはつまり、『2人の休暇を揃えること』なのだ。これが一番難しいように感じるが、渡辺に言わせれば、造作も無いことのようだ。
「明日が休みなんは、うちだけやん。皆、日本舞踊の稽古があるんやろ」
渡辺は、櫻華流という日本舞踊の跡取りなのだ。アイドルが芸の肥やしにするレベルを遥かに超えて熟知している。だから、郁弥が休みのこの日に稽古となれば、他に抜け駆けて郁弥と2人きりになることが出来るという訳だ。
「まりえ、あんた、まさか……。」
顔を青ざめ驚きを露わにしたのは、渡辺とは最も付き合いの長い望月だった。渡辺はドヤ顔でそれに応え、暗に裏から手を回したことを認めた。
「でも確か、七海さんも日本舞踊の稽古には参加しないんじゃない」
渡辺を益々ドヤ顔にしたのは、菱川だった。
「心配要らんよ。さよりさんはブロマイドの撮影やから」
「あっ、雨降らしたのは、まりえなの?」
望月の顔は更に青ざめていた。
「んーん、どうやろうなぁ」
「さすがは渡辺様です」
「私には出来ないことだということが分かりました」
最後にもう1度、月島と北條が平伏し、渡辺はドヤ顔をした。こうして渡辺の講釈は終了し、メンバーの誰もが渡辺の作戦の成功を疑わなかった。ただ1人、七海を除いては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます