三通目

 三通目の手紙は、あの日から、さらに三ヵ月後である。

 手紙を託されたのは、巡礼の旅をしているという、若いシスターだった。

 シスターは、青い顔をしていた。


「この手紙を街道沿いで、美しい男性に託されました。断ろうと思ったのですが……怖くて、恐ろしくて、できませんでした……。どうしようもなくて……持ってきてしまった。……どうか、許してください!」


 そう言って、手紙を押し付けると、そそくさと逃げるように行ってしまった。

 遠ざかる背中を見て、私は呆れた。

 確かに、イーサンは死線を潜り抜けた強者特有の『オーラ』をまとっている。野生動物や、神経が敏感な子供などは、彼を見て怖がったりもする。


 だけれど……あんなに恐れなくっても、よいだろうに!?

 ずいぶんと臆病なシスターだ……あんな性格で、巡礼の旅などできるのか?


 その頃の私は、アンジェリカ様との熱い逢瀬おうせを、毎晩のように重ねていて、また騎士団の団長としても、やっとみんなに認められた頃で、とても調子に乗っていた。

 だから手紙も、「ああ、またイーサンからの手紙か……今度は、どうしたのかな?」などと、軽く呟きながら、封を切った。



 親愛なるサビーネへ……元気かい?

 まあ、元気だろうね!

 殺したって死ぬような女じゃない。

 それが、君の良い所さ!

 健康で、努力家で、見た目も美しい。

 僕と君の二人がそろえば、凶暴なオーガだろうが強大なドラゴンだろうが、向かうところ敵なしだったものな。


 ところで今日、手紙をしたためたのは、他でもない。

 君を、我が家に『招待』しようと思ってね!


 どうか君に、可愛く成長した、僕の息子の顔を見て欲しいんだ!

 ああ、このヤンチャボウズめ! 本当に、なんて可愛いんだろう……?

 僕は将来、この子と君を、結婚させたいと思ってる!

 ふふふ……ねえ!?

 僕は、可愛い息子を託すのに相応ふさわしい女性は、君以外にいないと思ってるのだよ!


 ああ、そうそう……この手紙、他の人には見せないでおくれよ?

 前にも言ったけれど……僕と彼女の仲を引き裂こうとする輩は、どこにでもいる。

 頭の固い、常識とやらに凝り固まった、愚かな連中が……さ!

 そんな奴らに、僕らの平和な生活を、脅かされたくないんだ!

 だから、そいつらへの対策として。

 地図を同封しておくけど、暗号仕立てにしておくよ。

 すこし難しいけど……君ならきっと、解けるはずだ。がんばってくれ!

 待ってるよ!


 イーサン=パーカーより。



「本当に! なんなのだろう……この手紙は!?」


 文面を読んで、私は口をポカンと開けた。


「私を、息子の嫁にしたいって……? 彼にしては、面白くない冗談だな! まったく笑えないよ、イーサン=パーカーっ!」


 イーサンは、こんなジョークを言う男では、なかったはずだが?


「それに……誰が今さら、あなた方の仲を引き裂くっていうんだ!? そんな奴、もうどこにもいないってのに!」


 すでに騎士団は、彼がいなくても機能している。

 王国内では、イーサンを懐かしむ声も多いが……勝手に出てって、一年も放っておいて、まだ自分が必要とされてると思うなど、少し傲慢ごうまんが過ぎるだろう。

 オマケに、そいつらへの対策に、地図を暗号で記すなんて……自惚れが強いにもほどがある!

 私は、笑ってしまった。


「ぷふっ! ……もしかしたら、これは彼なりのジョークなのだろうか? ……イーサン=パーカー、仕方のない人だ。よし! 少し、お遊びにつきあって、会いに行ってやるか!」


 確かに……イーサンは、いい男だった。

 だけど、今の私の心には、アンジェリカ様がいらっしゃる!

 今の私なら、イーサンとその妻を、心から祝福できるだろう。

 それに、彼への『愛』は終わったわけだが、『友情』まで終わったわけではない。

 妻とやらも、どんな女か気になる。かつての思い人を取られた嫉妬も……ま、ないわけではない。だが、怒りまでは感じない。


「ええっと……天より落ちし流星が、水を毒へと変じさせ……む。これは、前にモンスター討伐の遠征に行った時の、遺跡に刻まれていた一節じゃないか!? ……で、こっちは……その針に触れ、意識を手放し、その身を委ね、幸せへと至る……ルービーズ教徒の祈りの言葉……?」


 だから、暗号に頭を悩ませる私が、そのイーサンからの『最後の手紙』を、アンジェリカ様に見せなかったのは……たぶん、恐れたからなのだ。


 もしも、アンジェリカ様の心の中に、イーサンへの思いがくすぶっていたら……?

 それが、この手紙によって……再び、燃え上がってしまったら?


 いずれアンジェリカ様は、私以外の誰かとご結婚なされる。

 もちろん、そんな事はわかっている……。

 だが、それでも敬愛するアンジェリカ様を、今だけは、万が一にも失いたくない。

 これは……そんな私の、わがままだったのだ。

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