第15話 14

 家に帰ると、彼は登校前と同じ位置で、横たわっていた。少しも動いた様子がない。

 見るからに状態は悪い。細胞のパイロトーシスはさらに進行し、あれだけ荒かった息も聞こえない。

 脈を測る。……。あるにはあったが、あるとは言えないくらい弱い。

 彼の目の前で手を横に振る。眼球が動いていない。

 ふと、私は思ってしまった。

 ああ、もう終わってしまうんだ、と。


「星、見に行こう」

 私は彼に語りかける。決意、というと大げさだけどそんなものが私の胸の中を支配していた。

 もう、幕引きだ、と。

 ならばやり残したことを、と。

『やりのこしたこと、やりにいこうよ。そしたらさ、』

『私が、痛みなく、死なせてあげるから』

『私も、一緒に、死んであげるから』

 全て私が彼に言った言葉だ。

 しかし、私はそれを裏切った。

 それでも、図々しい私は、浅ましい私は、彼に望むのだ。

「藤村くんは、私のやり残したこと、付き合ってくれる?」

 私は小さく呟いた。

 ただ一つでいい。星を見に行きたい。

 こればっかりは、どうでもいい、の一言では片付けられない。

 私が最後にやりたいことだ。

 彼と、できれば茜もいればよかったけど。

「電車でさ、相模湖なんてどう?」

「茜はさ、用事があるってさ。だから、二人で」

 彼は頷いた。頭が動いただけかもしれないが、私には頷いたように見えた。

 顔は下を向いている。

「大丈夫だよ。何も恨んでなんかいないよ。だって、私、藤村くんが好きだから」

 それは、まるで自分に言い聞かせるように。

「星、きっと綺麗だよ。冬だし。人も少ないよ」

 そんな些細なことなんて、どうでもいい。

「だけどさ」

「一発、殴らせてよ」

 そう言って拳を握り、彼の胸板にぶつける。力は入らない。トンというおとなしい音がした。

              ◇


 横浜線に乗り、八王子で中央本線に乗り換え、3駅。

 彼に帽子やサングラス、マスクをつけ、マンションのロビーに置いてあった車椅子に乗せ、それを押していく。

 監視カメラに写ろうと、警察に任意聴取されようがどうでもいい。もう、どうでもいい。彼はもう助からない。私はもう救われない。どうでもいい。どうでもいい。どうでもいい。

 相模湖に着く。山風、ビル風、車、そして水の音。

 一つ一つの音がはっきりと聞こえる。

 そんな音を聞きながら駅から歩いていく。彼を押しながら、曲がりくねった道を、ただ前に歩いていく。

 

 しばらくすると、目の前には茜色に染まる薄暗い湖が広がっていた。

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