第7話 6
家に帰ると、玄関を開けた瞬間、微妙に悪臭がした。もちろん原因が彼であるのは間違いなく、すぐにシャワーを浴びさせることにした。
ズボンを脱がして、抱きかかえて、椅子に座らせる。これじゃ、ソープランドというより老人介護だ。
狂犬病患者は水を狂ったように怖がるというが、ゾンビはそうでもなかったので、普通に頭からシャワーを流して全身をスポンジで洗っていく。シャンプーをして、腕を洗い、背中を洗い、股を洗い、足を洗った。彼の体に興奮はしなかった。ただ髪からダラダラと水を滴らせる彼は、かっこいいとは思った。
洗い終わると、彼の心臓に耳を近づける。鼓動は若干早いように思える。
歪んではいるが、私は彼を愛している。それは間違いない。そして彼も半分腐っていても、言葉を発しなくても私を好きでいてくれている。そんなことを再確認する。
思い浮かぶのは彼女、仁村茜のことだ。彼女の彼氏は彼女があんなことをしているのを知らないのか。助けてあげられないのか。
「あ、そっか、強要されてるのか」
失念していた。援助交際の強要。あの食堂での表情を見るに彼女は進んでやっているわけじゃない。そうなると強要もありえない話ではない。
静かに怒りが湧き上がる。まだそう決まったわけじゃないのに、彼女の笑顔と悲痛な表情、二つの表情を思い浮かべるたびに、いるかどうかもわからない男のことが憎らしくなる。
そんな怒りのままに彼を風呂から抱えて出して、体を拭き、新しいズボンを履かせ、Tシャツを着せる。そして手を引いて、元の場所に戻した。匂いはしなくなった。彼の周りを少し掃除すれば、匂いの心配はいらない。
ズボンとパンツは洗濯機に入れればいい。ズボンを洗濯機に入れようと思って、ポケットの中身を取り出そうとしたら、学生証やら何やらの他に硬い金属のようなものが入っている。
取り出すとそれはブレスレットだった。見覚えのあるブレスレットだった。
私はそのブレスレットと彼を交互に見る。歯車が合うように、一瞬にして全てを理解できた。彼女のことも、彼のことも、ブレスレットのことも、あのキスシーンのことも。全て。全て。
理解を終えた脳内は理解のできないクチャグチャの感情に侵食される。憎しみ、困惑、独占欲、嫉妬、失望……
私は彼を睨んだ。それら諸々の感情を込めて。
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