第2話 1

 私にとって、教室は台風だ。

 私を台風の目にして、この教室の人間関係は回り続ける。周りは愛憎の暴風雨だが、私に雨が降ることはない。決して避けられてるわけではないのだが、深く関わったりもしないのだ。

 目の中にいれば、風にさらされる事もない。雨に打たれる事もない。私、敷田純夏はそんな台風の目の位置に、居心地の良さと、少しの残念さを抱いて座り込んでいる。

「今度のテスト範囲広いらしいぜ。鈴木のヤロー、無理して授業進めやがって」

「藤村くん今日も学校来てないね。ほんとどうしたのかな?」

「帰り駅前行こうよ! たい焼き屋ができたらしいよ」

「鹿田くん、今日部活休みだって!」

 どうでもいい。どんな言葉も、私には、どうでもいい。

 言葉は回り続ける。教室の中央真ん中にいる私は一人座っている。

 下校の時刻を告げる鐘が鳴り、そんな季節外れの台風は熱帯低気圧になってぞろぞろと校舎を後にする。

 どういうわけか一番最後まで残ったのは私だった。台風の目だった私は、食べ終わった後のドーナツの穴のように、あるのかないのか曖昧な存在になってしまった気がした。



 自宅マンションに戻ったのはそれからすぐのことである。

 なにしろ自宅から学校まで十分とかからない。

 仕事で遠くに行ってしまった両親からあてがわれたマンションの一室は、高校生が住むには広い。2DKで、さらにベランダもある。もし私に友人がいたら、間違いなく学校への前線基地にされていただろう。

 フロアロビーでオートロックを開けたら、エレベーターに乗る。偶然向かいの専業主婦の奥様が先に乗っていたので、軽く挨拶をした。

 鍵を開けて、ドアを開く。

「ただいまー」

 一人暮らしなのに、言ってみる。もしかしたら返ってくるかもしれない。

 瞬間、少しであるが、音がした。

 ドアの向こうのそのまた向こう。ぼんやりとしか聞こえないが、呻き声のような音。

 靴を脱いで、その音がする方向へ向かう。ドアを一つ開けると、音は、半ば物置となっている一室から聞こえるのがわかった。

 その部屋のドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。音は、はっきりと聞こえるようになった。カーテンが閉められているので暗く、電気のスイッチを入れる。

「藤村くん……」

 そこには藤村くんが座っていた。こっちは見ずに、目は電灯をまぶしそうに背け、口には涎を垂らしている。

 彼の両手両足は紐で椅子に固く縛られている。解くつもりもないらしく、力なく、肩には力が感じられない。

「ス、ミカ……?」

 やっと、彼の焦点の合ってない目線は、私の方を向く。

「ただいま」

 私は彼に言った。彼は返してくれているのだろうか、うーうーと唸っている。

 彼の上半身は裸で、切り傷が多く見られる。その切り傷を中心に、彼の体は、青や紫といった、毒々しい色で染まっている。

「ねー。聞いてよ。今日ね」

 私は彼の隣に座って今日のことを語った。まるで子供が学校のことを親に話すように。

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