第五話 天下布モフのその後

『これにてオーニガーシムに散らばっておった百八つの金銀財宝が揃いましたな。勇者の皆様には私の代わりに人間界にこの財宝を返しに行っていただき、晴れて勇者としての使命が達成されることになります』


 桃香が最後の宝を司教に手渡すと、司教は感慨深げに儂らに告げた。


 本能寺にて家臣に裏切られ絶命したはずの儂であったが、獣の姿とは言え同志である猿や三河と再び戦場を駆け抜けることができたのは楽しかった。


 また、戦場の合間を過ごしたオトギ大聖堂では人の姿に戻ることができ、病で先立った帰蝶の生まれ変わりである桃香と過ごした時間もまた楽しいものであった。


 冥界での人生も終わりを迎えようとしているが、儂らはこの先如何なるのであろうか──


『人間界より戻ってからの話になりますが、皆様は次の生をどのようにご希望されますか? この場でお聞かせいただければ、皆様が人間界に財宝を届けに行っている間に神と相談の上、なるべくご希望に沿う形で転生いただきますが』


 司教の言葉に真っ先に答えたのは桃香であった。


「あたしはやっぱり元の世界に戻りたいな。彼氏はいなかったけど普通にリア充だったし、トラックに跳ねられる前に戻ってJKを満喫したい!」


 一年経っても桃香の言葉には理解できぬものが多いが、要は元の世界に未練があるということであろう。


「儂は桃香殿の言うておった “ちいとはあれむ” なる世界に転生してみとうござります!」


 そう言うたのは猿である。

“ちいとはあれむ” なる世界の話は儂も聞いたが、左様な世界に生きることを望むとは、女子おなご好きな猿らしい。


「儂は美味いものがたらふく食える世界に生きとうござりますなあ。“ぐるめ” なるものを堪能してみとうござる」


 三河は太鼓腹をさすりながら眼差しを彼方にやる。

 儂や猿の死後、とうとう征夷大将軍として日の本を統一した彼は駿河に隠居した後東西の美味珍味を集めて食べていたと話しておった。

 ますます腹が膨れるのではと些か心配になるが、現世でなければ食いすぎで死ぬこともあるまい。


『して、信長殿はどうされます?』


「儂か……」


 司教や桃香の話では、儂らの生きておった現世や鬼の世界であるこのオーニガシムの他にも “異世界” なる様々な世界が存在し、神に選ばれし者のみがその世界間を移動することができるとのことであった。

 故に、儂も望むような世界に転生することはできるのであろうが──


「儂は、儂の生きておった頃の日の本よりもずうっと未来のあの国が見てみたい」


 儂の言に、猿と三河が目を丸くする。


「お館様、それでようござりまするか? 異世界であれば女子も戦も思いのままでござりますぞ」


「この世界にて百もの戦を経験したのじゃ。さすがに戦はもう飽きたわい。それに女子なら……桃香がおれば儂には十分じゃ」


 儂の言の葉に、不安げに儂を見つめておった桃香の顔がぱっと輝いた。


「じゃあノブちゃんは……あたしと同じ世界に来てくれるってこと!?」


「儂は元来新しい物好きじゃからな。桃香の話しておった “てれび” や “自動車” 、“びるぢんぐ” を見てみたいし、“飛行機” で南蛮の国へも行ってみたい」


 桃香に抱きつかれ、しどろもどろに言葉を紡いだ儂を見て、司教がほっほと笑いを零す。


『元々夫婦めおとの縁で結ばれたお二人ですからな。信長殿がそう願うのは織り込み済みでしたわい』


 得意気な司教の顔つきが癪に障ったが、反論する気にもなれずに儂は黙っておった。


「さあ、皆の転生先も決まったことだし、ちゃっちゃと人間界へ行ってきますか」


 百八つの金銀財宝を入れた大宝箱を載せた荷車を押し、儂らは司教の作りし魔法陣へと歩みを進めたのであった。

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