第四話 オーニガーシムでの使命

 鬼の大将より預かりし小判を携え、儂らはオトギ大聖堂なる寺院へと向かった。

 左様、儂がこの “オーニガーシム” なる冥界にて初めに目覚めし南蛮風の建物である。


 そこにはかの伴天連風の司教とやらが待ち受けており、桃香が小判を差し出すと恭しく其れを受け取った。


『これで鬼共より取り返した財宝は九つ目。残り九十九の財宝も勇者である皆様のお力で取り戻してくだされ』


 儂らに斯様なことを何故頼むのか。

 疑問に思うた儂が尋ねると、司教はこの世界の事情を教えてくれた。


 ***


 このオーニガーシムには、その昔オサと呼ばれし大鬼がおり、良くも悪くもその大鬼の元にて鬼共は互いに争うことなく暮らしておった。

 然しながら、オサが死ぬとそやつが抱えておった人間界より奪いし金銀財宝の奪い合いとなり、百八つある財宝を奪った奪られたでほうぼうで争いが起こるようになったらしい。


 それで、この世界を見守っておった神が自身の派遣した司教に救世主の召喚を許可し、儂らがこの世界へと呼ばれたということであった。


 左様な儂らに課せられたのが【天下布モフ】。

 争いを力でねじ伏せるではなく、鬼共の愛する “もふもふ” を通して慈しむ心を思い起こさせ、争いの火種となっておる金銀財宝を取り戻してオーニガーシムより争いをなくすという使命なのであった。


「なるほどのう。……して、人間界にて戦乱の世を平定した儂ら三英傑が選ばれたのは合点がいくが、なぜ桃香だけ儂らよりもずっと未来の世界より召喚されたのじゃ?」


 儂の疑問にも、司教は淀みなく答える。


『桃香殿は信長殿の正室、帰蝶殿の生まれ変わりでございます。オサが死んだ時、既に帰蝶殿は病にて亡くなっており、四百年後の日本に斎藤桃香として生まれ変わっておりましたゆえ、そちらから召喚させていただいたのでございます』


「まったく、横断歩道を普通に渡ってただけなのにトラックに跳ねられちゃったあたしの身にもなってよね。せっかく花のJKを満喫しようと思ってたのに」


 不満げな桃香に、司教が申し訳ないといった体で頭を下げる。


『しかしながら、三英傑をまとめるにはやはり帰蝶殿のお力が必要だったのです。何と言いましてもあの美濃の斎藤道三、蝮と恐れられた男の娘にして、信長殿のご正室であらせられますからな』


「あたしにはそんな記憶がまったく残ってないのに、いい迷惑だっつーの」


 桃香はそう吐き捨てると、居並ぶ儂らの前にしゃがみ込み、じいっと見つめた。


「けど、ノブちゃんが来て三匹揃ったわけだし、これで【天下布モフ】にも勢いがつくよね。ちゃっちゃと財宝を取り戻して、元の世界に帰らなくっちゃ!」


 微笑んだ桃香が手を伸ばしたかと思うと、儂ら三匹を順に撫でた。

 その手の温もりが心地良く、儂らは思わず腹を差し出し、仰向けとなって寝転んだ。


『ほっほっほ。さすがは帰蝶殿の生まれ変わり。三英傑をもう手なずけおったわい』


 愉快そうな司教の声が癪に障ったが、儂は桃香のもふもふの心地良さに心を奪われ、されるがままに撫でられ続けた。


 ***


「きゃーーーーーっ!!?」


 オトギ大聖堂に宿を取った翌日。

 小犬の儂を抱きかかえるようにして眠っておったはずの桃香の叫び声に驚いて飛び起きた。


「何じゃ!? 敵の襲撃か!?」

「なっ、なんでアンタがあたしの隣で寝てんのよっ!? しかも、ぜっ、全裸で……っ!!」

「何故とは何じゃ。桃香が “お気に入りだったぬいぐるみの代わり” とやらで儂を無理やり寝床に入れたのではないか」

「だって、あたしが寝床に入れたのはチワワのノブちゃんで……って、もしかしてアナタがノブちゃんなの……?」

「如何にも。儂は織田三郎信長じゃが」

「なんでノブちゃんが人間の、しかも超イケメンになっちゃってんの? ……って、まずは裸を隠してよっ! これでも花のJKなんだからっ」


 取り乱す桃香に首を捻りつつ体を起こすと、確かに四つん這いでなく普通に立つことが叶った。

 部屋に立てかけられた大きな鏡に映る己の姿に驚く。


「ほう、これは……! 人の姿に戻った上に、若返っておるではないか」


 見たところ数え二十歳あたりの頃に戻ったかのようである。

 儂が人の姿に戻ることを見越してか、部屋に置かれし着物を身につけると、桃香が恐る恐る近寄ってきおった。


「それにしても、ノブちゃんて美形だったのね……。細面のちょびヒゲオヤジのイメージしかなかったけど」

「織田家は代々美男美女の家系であると言われておるからな。儂も若かりし頃は美丈夫とよう言われたものよ」

「へええ……」


 小犬の姿は正直心もとなかったが、気力体力共に漲るこの時分の己であれば、力で鬼共をねじ伏せることもできよう。


 そう意気込んで次の戦場へと赴いたのであるが────


 司教の呪文によりて戦場へと送られた途端、儂はまたしても小犬の姿に変わっており、“もふもふ・はいぱあ” にて大将の戦意を喪失させるほか術がなかった。


 どうやら儂が人の姿に戻れるのはオトギ大聖堂に戻った時のみで、しかも猿や三河には斯様なことはできずずっと獣の姿のままらしい。


 儂らが戦いに切り込んで双方の大将の仲裁に入り、争いの火種となっておる人間界の財宝を預かることで戦を止めさせる。


 こうした地道な使命を全うし、儂らは一年をかけて百八つすべての財宝を取り戻し、【天下布モフ】を成し遂げたのであった。

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