雄飛せず ~失意相撲道物語~

めるえむ2018

第1話

         ー


 加古川に高塚兄弟ありと言われていた。

 特に兄、修司は、某有名横綱の落とし胤だろうと噂されるほどの容貌と足腰、張り手の技があった。

 どこのどういう大会でも、優勝は修司。

 で、俺、弟、高塚雄飛は常に次点。

 ついた仇名が『雄飛せぬ』とか『せず』とか。

 神戸に在する高津川部屋から声がかかったのも修司のおまけだった。

 しょうがないとしか言えんじゃないか。

 俺だって、相撲が出来なきゃただのデブ。

 卒業したらお世話んなる。

 薄々その気ではいたけど、厭で厭で。

 高校時代は思い切ってバスケ部に入ってみたのだった。


 ガタイ的にはセンターだ。

 上背はたりないが、当たりにはめっぽう強い。

 どんなセリアイにもひるまん俺はバスケ部の、そしていつしか学校全体の自慢となっていた。

 名フォワード秋津順也が攻め。

 そして俺が守りの要。

 俺たち二人がいれば無敵…


 その年、うちの学校はインターハイを制し、秋津は大学バスケの関西の雄、関西産業大学の、推薦枠をかち取った。

 関産大は俺とペアで欲しいと望んだし、俺も半分その気だった。

 高津川部屋における兄の活躍は、頗るのWつきで、俺なんかが行こうが行くまいが、絶対関係なかったからだ。

 幕下優勝三回。

 敢闘賞、技能賞。

 幕内に入ってからは金星に次ぐ金星。

 懸賞金は毎日七本以上。

 マスク甘いからファンレターもわんさか。

 折からスー女~スモー女子~もガンガン増えている時期だったし、山積みのファンレターは兄、修司~いや雄修~の、栄達栄華以外の何をも表わしてはいなかった。

 関産大から実業団かプロリーグ。

 秋津と一緒なら、かなりな活躍が出来る自信が…俺なりにあったのだけど…


 願書をとり寄せてもらってる際中にそれは起きた。

 場所中の不運な事故。

 大関、盛光(さかりひかり)との取組のさなか、土俵下へ転落した雄修、兄は、全治六ヶ月という深手を負ってしまったのだった。


          二


 復帰できないほどではなかったが、ダメージはものすごく、スターを雄修しかもたない高津川部屋は、急遽俺の存在を欲した。

 親はまだ世話になってない関産大の入学確約より、既に世話になっている高津川部屋への義理立てを優先した。

 大学生活は夢と潰え、俺は高卒の、相撲初心者に逆戻ってしまったのだった。

 そう。

 高校で相撲をやらなかっため、俺は経験者としての優位性までも失っていた。

 小中の頃の二位の束。

 優勝のふた文字のなさが完全に響いてしまっている。

 自分より経験の浅い奴らを兄弟子として仰ぐ屈辱。

 そしてなまじ強い分と、バスケットボールがとくいな分、風当たりはミョーに強かった。

 相撲人のくせにバスケできんのかよ! みたいな感じだ。

 意外性はマスコミのもっとも食いつくとこだし、兄も兄なので人より取材は自然多くなる。

 兄弟子たちのそねみを受け、必然的に可愛がりにも力がこもる。

 おかげで毎日傷だらけ。

 自分でも思い出している。

 この汗臭い、暑苦しい稽古と人間関係が厭で俺は…


 でも何が幸いするかわからない。

 先輩方の可愛がりは、結果的に俺を強くし、兄ほどではないものの、トントン拍子の出世ぶり。

 たった七場所数えただけで、俺は幕下優勝した。



          三


 一年が過ぎた。

 十両、前頭、十両、行きつ戻りつの毎日だったが、入幕できた安堵感から俺は、正直、少しダレていた。

 部屋にほど近い川沿いに、『JINK』という喫茶店があって、練習の合間に入り浸るようになっていた。

 お察しの通り、目当ては看板娘だ。

 市井理奈。

 女子大生だという。

 たまにはテレビに写る俺だから、向こうから声かけてくるかなと、ちょっとだけうぬぼれてたら、そうなのだ。

 何と声をかけられたのだ!

「あそこの部屋のお相撲さんですよね」

「え? 何でわかっちゃう?」

(わかるわい! この体格のテニスプレーヤーはおらんわっ!) 

「わかりますよー。お部屋帰ってくとこみたことありますし、私コーヒー配達とかもするから、稽古みたこともありますよ」

 うりざね、つるんとした長丸の顔に優しい笑み。

 釣りキチ三平のヒロインちゃんみたいな、前パッツン後ろ長めストレート黒髪がつやつやしてる。

 思わず前が持ち上がりそうになるが、付け人の手前ここは落ち着いときたい。

 そう。

 付け人。

 十両まで来た俺には、いくつか特権がついてきてる。

 二人の付け人もそうだし、大銀杏を結えてるのも十両ゆえ。

 場所入りも着物着用を許される。

 幕下以下はチョンマゲに浴衣。

 付け人がつくどころか自分がつとめなくてはならない…


 天と地ほどに違う関取の世界。

 俺はちょっとだけだけど、役得のある方に来ていたが、それは俺だけじゃなかったのだ。

 バスケ部でのかつての相棒、秋津順也が角界に来ていたのだ。

 関産に進学後故障したやつは、何を思ったか相撲サークルに入った。

 バスケできたえたミスディレクションと瞬発力が生きて、あれよあれよと名を上げた。

 正式の部の方に招聘され、卒業時には立派な力士になっていたのだ。



          四


 普通、入門した力士は身体検査や健康診断などの新弟子検査クリアしたあと、前相撲を取ってから番付に名前が載る。

 俺もそうやって上がってきた。

 スピード出世の栃東関や朝青龍関でも入幕するまでには丸二年、十二場所かかってる。

 番付の下から這い上がってくのは、ほんまにシンドいことなのだ。

 けどその点、学生時代に特定大会でそれなりの成績を出した大学出身者は、特別の立ち位置から始めれる。

 『幕下付け出し資格』。

 いきなり幕下の最下位とか、 特別の位置からスタートできたりする。

 雅山関なんか入門してから四場所連続優勝して、五場所目には入幕してしまってるくらい。

 それくらい学卒は得なのだ。


 そんな学卒力士として、秋津が立ちはだかっている。

 同じ十両、前頭狙い。

 気になるコの手前もあり、ぜったい負けるわけにはいかなかったが、それは向こうも同じだった。

 丸い土俵。

 蹲踞の姿勢で、秋津は俺を睨んでいる。

 瞳をのぞき込んでるだけで、秋津の日々が見えた。

 俺は秋津を勝者と思っていたが、秋津は人生を破綻したと感じていた。

 俺が関産に行かなかったことで、秋津の価値も下がったのだ。

 目減りした価値を補おうと、秋津は無理し、故障して、今場違いなここにいる……

 俺のせいだと言いたいためだけに?

 そうだな秋津。

 おまえは確かにそういうとこあった……


 がっぷり組んだ。

 細いからだのどこにそんな力があるのか、秋津は俺を受け止めきり、あろうことかつり出そうとさえ目論んで、まわしをとる手に力を込める。

 それは無理だ、止しとけ。

 ああ。

 よしとくかな。

 秋津の力が抜けかかる。

 今だっ!

 と体を巻き替えようとしたその刹那、秋津は力を込め直した!!

 かるがると、



 自分が舞い、



 気付くと土俵の下にいた。




           五

 

 この負けからズルズル負けが込んだ。

 かろうじて勝ち越しにはなったものの、前頭への返り咲きは、二場所待たねばならなかった。

 勝った秋津の方が悲惨で、翌日から休場し、二度と土俵には戻らなかった。

 廃業の翌朝バスケのボール持って、うちの部屋に来た。

 河川敷行こうや。

 高校時代の目で俺を誘う。

 俺は頷き、おかみさんに挨拶してちょっと出てくると伝えた。


 誰でも使える河川敷のゴールに、スリーポイントを決め続ける。

 漫画とかなら当たりあって、旧交を温めあうとこだが、互いに百キロを超す巨体だ。

 もみ合うだけで大事になる。

 さすが必中のスリーポインター。

 一球たりとも外さない。

 腕が痛くなってきて、一球、二球と外れが増えていき、ついに俺はギブした。

「わかったわかったわかった。俺の負けだ。完敗!」

「ザマーミロ!」

 最後の一投がずさっとネットを揺らすと、秋津は高校生の頃と同じ笑顔で笑った。

「一生覚えとけよ。バスケも相撲も俺のが上だったんだ!」

「はいはい」

「はいはいじゃない。このクソッタレ! おまえが裏切らなきゃな、俺はいまでもバスケを…おまえと…」

 声がくぐもる。

 俺は黙ってる。

 俺といっても駄目だったかもしれない。

 そんなこと本人がいちばんわかってる。

 わかっててなおここまでしないと納得できなかったんだよな。

「どうすんやこれから」

「関空行くわ。イギリスに医者一人キープしてんねん」

「治るんか」

「まさか。でも日常痛ないようにはしてもらえるらしい」

 そんなにも…

「腕良かったら紹介したるわ」

 俺に背を向け歩き出す。

 今友が飛び去る。

 しがらみを断ち切って。

 潔いと、思った。



           六


 さらに二年過ぎた。

 大学を卒業した理奈は『JINK』をいったん辞めていたが、近くの会社で事務をしてるとのことで、今は客として来店してよくいる。

 木曜と金曜によく現われるので俺も木金狙いで行く。

 新しいバイトは気が利かず、気づくと理奈が立ち働いてる。

 そんなところも愛らしかった。

 愛だ恋だは残念ながら、平幕のうちはムリというもの。

 早く出世してプロポーズだ! みたいな、俺は自分の人生で初めて、人参めいたものを自分に掲げたのだった。


 両国の場所は荒れた。

 東の横綱に早々に土がつき、千秋楽は俺を含む三人が優勝を争っていた。

 勝っても優勝目のない一人加えて、二人二人、直接対決となり、俺はあの、 大関、盛光(さかりひかり)との対戦となっていた。

 兄、雄修を潰し、俺と秋津から間接的にバスケの夢を奪った仇だ。

 これまで不思議と当たることがなかったのは、示しあわせでもしたように、どちらかが、必ず休場になっていたからだった。

 呼び出しがかかり、互いに土俵に立つ。

 古傷だらけの巨漢は、蹲踞してさえ小山のようだ。

 八卦ヨォイ!

 残った!!

 小山が俊敏に動いて、ぶちかましにくるところを、かわしてはたきおとしにかかったが、一瞬の隙をつかれてまわしをとられた。

 万事休すか!?

 その時。

 この世の誰よりも至近距誰で、敵がこうつぶやくのが聞こえたのだ。


 兄弟揃ってざまあないな。


 かっとなった。


 まきかえした。


 そのままつり出して、もののように俵の外においた。

 静寂。

 軍配。

 押し包む静寂。



 次の瞬間、国技館は、怒号ともつかない歓声の嵐に包まれた。


 東京辺のタニマチ袖に、賜杯手に、喜び勇んで『JINK』に駆け込むと、兄、修司~いや雄修~が理奈さんと、一番静かなボックスで、仲良くお茶していた。



           七


「私昔から雄修さんのファンで」


 それ言うか今?

 俺、賜杯、君のため、

 言いたい言葉が喉に絡まる。

「がんばったな雄飛。抜かれちまった」

 抜…?

「大関倒して大関昇進。アガッてくなぁ雄飛」


 よしてくれよ。

 アガッてくのはあんただろ。

 復帰した雄修は人気再沸騰。

 行く先々で写メとられ、ファンレター、差し入れ、おひねり、タニマチ、何でも雄修が持ってっちまう。

 地道な努力。

 武骨な取り口。

 俺の形容はそんなもん。

 簡単に比較され、軍配はいつも兄貴に上がる。

 両親も雄修復活がうれしくて。

 俺の仇討ちよりうれしくて。

 体重つけすぎた今の俺はもう、レイアップシュートひとつ打てないってのによ!


「ハラ立つろ」


 巡業先で話しかけてきたのは、盛光関だった。

「何やってもきれいに決められちまう。生まれ持っての星が違うんだ。俺にとっては白鵬さんがそれさ。ついに並び立てなかった」

 鼻の下をこすりあげ、それでも盛光関は続けた。

「おまえは若い。技もある。こらえてがんばりゃ必ずチャンスがくる。腐るなよ」


 その年の秋。

 盛光関は引退した。



 大物ヒールの引退は、相撲をより小綺麗な方向へシフトさせた。

 特集を組まれるのは常に雄修。

 ケージャーあがりの来歴かわれて時に秋津も特集される。

(俺もケージャーあがりなんですけど?)

 イラついててもしかたないから俺は懸命に稽古する。

 ここまで来たんだ。

 綱取ろう。

 それが関取の誉だろ?


 運命の場所は春桜の下。

 優勝すれば横綱推挙。

 『謹んでお受け』を俺がやることになるんだ。


 と思ったのに。

 実力に勝る雄修が、桜の賜杯をとりそうだ。

 このままいけば同部屋対決になる。

 奴には何もかかっていないのに。

 賜杯がほしい。

 それだけじゃないか。

 俺には綱取りがかかってるんだぞ!



           八  


 親方に呼ばれた。

 今回は、雄修に譲ってやれないか?

 俺は答えなかった。

 理奈にも言われた。

 修司さんには最初で最後のチャンスなの。

 あの傷がもとで、長くはとれないからだなの。

 お願いわかってあげて!


 何をわかれというんだ。

 あの傷あの傷と言うけど、その傷くれたひとは俺を励ましてくれたぞ。

 おまえらはいったい何をしてくれた?

 ええっ??



 春場所千秋楽。

 順当にみんな星落とし、ねらいすましたように同部屋対決となった。

 対峙する。

 寸分の隙もない美貌。

 彫刻のようなからだ。

 期待する親方。

 見守る女。

 息つめるファン。

 俺の付け人たちでさえ、慕う関取は雄修だ。

 八卦よおい。

 残った!

 残った残った残った残った残った残った残った残った残った残った残っ

 うっちゃりをこらえて低く体位をとり、美しい顔めがけて張り手を放つと、明らかに修はたじろいで、ほんのわずか腰が浮いた。

 そこを一気に…


「雄修うぅ!」


 何っ!?



 何っ何っ何っ何っ何っ!







 行司差し違え。


 物言いの結果逆転勝利となった俺は、

満開の桜の下で賜杯を受け取った。



       おひらき



 もうすぐ使者が来る。

 決まりのロ上のやりとりとなる。


 謹んでお受けいたします。


 それが定番。

 基本形。

 兄弟横綱若乃花さんは、


 謹んでお断りいたします。


と言う気だったそうだ。

 俺は、そうだな。

 どう言うかな。


 謹んでお受けいたしません。


 ちょっとうがちすぎか。

 空はとてつもなく、澄んで青い。

 何だかむしょうに空が飛びたくなった。



                 完

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雄飛せず ~失意相撲道物語~ めるえむ2018 @meruem2018

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