進言

 御所の一室で、右大臣頼忠は頭を抱えていた。金箔貼りの出費はやはり痛い。御所の暮らしを幾分か質素にすればまかなえるが、そんなことが許されようはずもない。

 妖魔の存在は確かに恐ろしい。まさに神出鬼没。何の前触れもなく随所に現れ、家屋を壊し、人を襲う。

 それに対抗する為の陰陽師であり、陰陽院なのだが、実のところ、対応が過剰ではないかと――いや、過剰であると、頼忠は思っている。

 比較すれば明らかだ。妖魔に殺される人間より、飢えたり、盗賊に襲われたりして死ぬ人間の方が多い。陰陽師の活躍で妖魔による犠牲者が抑えられているのも事実だが、陰陽師を必要以上に厚遇することで、民の生活は圧迫され、結果的に死人は増えている。本末転倒というより他ない。

 妖魔が大挙して方々に現れるという事態は今までのところ一度も起きていない。そういったことが今後もないとは言い切れないが、現状程度の現れ方なら、陰陽師の数は決して不足していない。

 この都に妖魔が現れる原因を突き止め、根絶やしにしてみせると安倍晴明は言っていたが、それができてしまっては自分が困るはず。妖魔がいなければ陰陽師の栄光もないのだ。本気で殲滅に取り組んでいるとは思えない。

 理屈で考えれば、世の中が歪んでいることは明白。けれど帝は、理屈よりも感情で、晴明の虜になってしまっている。寵愛し、畏怖してもいる。鼻の治療が晴明にしかできないというのも大きいのだろう。帝の意向が変わらない限り、世の中を変えるのは難しい。

 陰陽院の講師、蘆屋道満は、誠実そうな男であったが、この現状をどう考えているのだろう。妖魔より妖魔退治の経費で人が苦しんでいるという皮肉に、まさか気付いていないということはあるまい。自身が優れた陰陽師である道満の口から帝に何か進言してくれれば、帝の考え方に多少の変化は起こせると思うのだが……結局は彼も今の地位と栄誉を手放したくないのだろうか?

「頼忠様」

 障子の向こうから、名を呼ぶ者があった。またあいつか、とうんざりしながら、頼忠は答える。

「入れ」

 障子が開き、現れたのは検非違使、武弘である。

「頼忠様、羅生門修繕の件、お考えいただけましたでしょうか」

「申したであろう。そんな余裕はない」

 加えて「くどい」と一喝しそうになるのを、頼忠は飲み込んだ。

 恐らく帝にとっては、自分もこうなのだろう。臆することなく正論を吐く厄介者。

「ですが、都の正門である羅生門が、あのように朽ち果て、死体置き場と成り下がっていることは、帝のご威信にも傷をつけるものかと存じます」

「無論、いつまでも捨て置くつもりはない。だが今はそれどころではないのだ。陰陽院の金箔貼りに加え、羅生門の修繕まで行うとなれば、ますます民から搾り取らなければならなくなる」

「我ら検非違使の手当ては減ろうとも構いませぬ」

「それは全検非違使の総意か?」

「いえ。ですが、他に手立てがないならば、やむを得ぬことかと」

 帝や貴族の暮らしこそ改めよ、とこの男は暗に言っているのだ。

 わかっている。そうせねばならぬことは、痛いほど理解している。しかし彼らは決して今の安楽を手放すまい――都の滅ぶその日まで。

「何故お主はそう羅生門にこだわる」

「理由は二つ。一つは、あそこに集められた死体の山が、疫病の元となっていること」

「うむ。それは私も深刻に捉えている。だが、死体処理の仕組み自体を改善せねば、羅生門を修復したところで、また別の死体置き場ができるだけであろう」

「はい」

 妖魔と陰陽師に悩まされてさえいなければ、頼忠が在任中に解決したいと思っている問題の一つが、死体処理の件であった。

「もう一つは?」

「あの場所は恐らく、盗賊どもの溜まり場になっております」

「……確証は?」

「ありませぬ。ですが、私が先日あの場所で出逢った老婆は、九分九厘、盗賊団の一味と思われます」

 盗賊。罪人の集団。都の平安を脅かす者たち。

 検非違使は無法者を捕らえることが主たる務めの一つ。妖魔との戦いには加われぬ現状、武弘のような生真面目な検非違使が、盗賊退治に熱を上げることは自然なことなのであろう。

 だが――

「盗賊の中には、義を掲げる者たちもいることを知っておるか?」

「義を、掲げる?」

「豊かな者からしか奪わない。そして、貧しき者たちに分け与える」

「それならば、許されると?」

「お主はどう考える」

「……何であれ、奪うことは許されませぬ」

「左様か」

 武弘は目を伏せている。本心ではあるまい。

 この男は検非違使なのだ。盗賊を捕らえることが、世の為になると信じている。いや、そう信じなければ生きられない。

「恐ろしきことにございます。右大臣である頼忠様が、盗賊を認めるようなことを仰るとは」

「他言は無用だぞ」

「仰せの通りに」

「しかし武弘、盗賊を捕らえようというなら、羅生門の修繕は得策ではあるまい。待ち伏せの方が有効であろう」

「検非違使が待ち構えておれば、奴らは恐らく現れませぬ。しかし、何日より修繕を行うと告示すれば、その期日までに、中に隠しているであろう金品を回収しに現れるはずです。最悪、奴らが現れずとも、金品を押収することはできます」

「……なるほど。悪くない手だ。ならば、本当に修繕を行う必要はあるまい」

「と、申しますと」

「告示だけをすれば良い。事が済んだ後、諸事情により中止になったと言えば良いのだ」

 武弘は返事をしなかった。大義があろうと、嘘は性に合わぬのだろう。

「告示は出してやる。盗賊を生け捕りにしてみせよ」

「生け捕り、でございますか」

「見せしめにするのだ。六条河原にて棒打ちの刑に処す」

「承知致しました」

 武弘は一礼し、辞去した。

 棒打ちにするかどうかは、捕らえてから決めるつもりだった。羅生門にたむろしているという盗賊がどんな連中かわからないが、もし義賊であったなら、その時は――どうする?

 頼忠にはまだ、明確な道筋は見えていない。しかし、淀み切った泥沼のような現状を打破するには、無法者の力が必要かも知れないと、薄々感じ始めていた。

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