ストラトストライカーズ!!

ながやん

・プロローグ

第1話「墜ちてゆく男」

 霧崎迅矢キリザキジンヤを包む空は、青。

 どこまでも抜けるような蒼穹そうきゅうが広がっている。

 朦朧もうろうとする意識の中で、彼は操縦桿スティックを掴む手の感覚を失っていた。

 血の臭いに沈みながら、ノイズ混じりの声を聴く。


『こちら百里ひゃくりコントロール! ウォーロック、応答せよ。繰り返す! ウォーロック!』


 自分のコールサインが連呼される中で、迅矢は愛機を飛ばす。

 ボロボロになったF-15Jは、片肺飛行で酷く揺れる。その振動だけでもう、翼が死んでゆくのを迅矢はさとっていた。

 我が身も同然の戦闘機、国民の財産である国防の翼。

 一機あたり約百億円で、湾岸戦争の時代には『空飛ぶロールスロイル』などと揶揄やゆされたこともある。だが、その性能は折り紙付きだ。


「俺は……このまま、ちる、のか……? なら」


 必死に機体のバランスを保ちながら、薄れゆく意識に集中力を注ぐ。

 視界は真っ赤で、しかもぼやけてかすんだ。

 見るもの全ての輪郭が解けてゆく。

 それでも、迅矢は操縦桿を握り続けた。

 まず、市街地を避けなければならない。墜落するにせよ、最後まで国民と国土を守るのが自衛官だ。次に、ベイルアウト。

 命が惜しい訳ではない。


「整備の、連中には……沢山、借りがある……ヘヘッ、なら、いいさ」


 脱出装置の整備が万端であったことを、記録に残す必要がある。

 一連のスクランブルでの記録と情報を、生きて伝える義務もあるのだ。

 あと数分か、数秒か……機体は墜落してバラバラになる。

 迅矢はその中で、なんとか洋上に墜とせると確信した。

 今日の戦闘は日本海上空、高度一万メートル。

 そう、あれが戦闘と呼べるものならば、の話だが。


「ありゃ、いったいなんだったんだ……」

『ウォーロック、生きているのか? 聴こえるかっ! 応答せよ、此方こちらからはウォーロックしか識別できない。一緒にエレメントを組んでたパラディンはどうした!』

「パラディン……奴は、あいつは……ッ!」


 脳裏に浮かぶ、つい先程の光景。

 いつも通り、中国軍機の領空侵犯だった。

 スクランブル要員として待機中だった迅矢は、相棒と一緒に飛び立った。

 だが、現着した頃にはもう、中国軍機の姿はなかった。

 否……見るも無残な姿で、

 音速で飛ぶ巨躯きょく、広げた翼……それは正しく、怪物だった。

 そして迅矢は、迅矢達人類はその怪物の名を知っている。


「あれは……ドラ、ゴン……」

『ウォーロック、今なんと言った?』


 ――ドラゴン。

 すなわち、龍とか竜とか呼ばれるモノ。架空の物語に登場する伝説の怪物である。地球上のあらゆる神話に登場し、その姿は時に悪魔の化身であり、宝物の守護者とされた。

 総じて、人間では太刀打ちできぬ強大な力を持った化物だ。

 そう、迅矢は見た……まるで紙屑かみくずのように噛み砕かれた、中国軍機の成れの果てを。そして、こちらをにらんだ瞳が真っ赤に燃えているのを。

 そして、そのまま戦闘に突入した。

 実際は、

 航空自衛隊が誇るF-15Jを、全てにおいてドラゴンは上回っていた。速度や旋回性能、そして火力と防御力。迅矢は、パニックになった相棒のパラディンがミサイルを発射するのを見た。

 スパローの直撃を受けても、ドラゴンのうろこ甲殻こうかくは傷一つつかなかった。


「そうだ……そして、パラディンは……クソッ、奴はまだ新婚だってのに……!」


 迅矢達は敗北した。

 中国軍機もそうだ。

 本来なら存在しないはずの幻獣、ドラゴンと戦って負けたのだ。

 自分でもまだ、生きているのが不思議なくらいだ。

 そして、それももう終わりを迎えようとしている。


「……お迎え、かあ……ヘヘ、ドラゴンの次は、天使様かよ」


 ひび割れたキャノピーの向こうから、少女がのぞき込んでくる。

 とても綺麗な顔立ちの、白い服を着た少女だ。

 長い長い髪は澄んだ青で、空よりも海よりも蒼い。

 同じ色の瞳が、じっと迅矢を見詰めてくる。

 そこで彼の意識は途切れ、深い闇に包まれた。

 だから、見ることはなかった……彼女が魔法で彼の愛機を静かに持ち上げるのを。そして、帽子ぼうしを被り直してほうきまたがるのを。

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