飯豊愛(いいで あい)を探す
めるえむ2018
第1話
はじまり
俺のスマホはとあるサイトにつないだときだけ変な変換をする。
“いい出会い”と書くと“飯豊愛”と出すのだ。
出会い系サイト『AIDA』ってアプリを内偵してくれと頼まれて六日、クライアントの奧さんはここにはいなそうだと見切りをつけかけた矢先だった。
仲良くなったアイダー~自分らを、このサイトの住人は互いにそう呼ぶ~としゃべってる(文章で話してるってコトね)時、それは起きた。
こういう出会い系はさあ、いい出会いがないとねー
と打ったのに、
こういう出会い系は佐亜、飯豊愛が泣い戸根
と出たのだ。
…。
飯豊愛?
何?
誰?
続く
最初は気にしてなかった。
初めて買ったワープロは、“閃いた”と打つと、“平目板”と出すようなやつだったし、次に買ったパソコンも、“△△してしまった”と書くと、“△△市手嶋った”とよく出された。
そんな具合だったから、あんまり気にしていなかった。
ただこれ、サイトをパソでやってるときはならない。
スマホでやってるときだけなるんだ…
飯豊愛。
ちょっと調べてみると、こんなことが出てきた。
飯豊愛という人物は出て来なくて、飯豊めいという地下タレントが出て来た。
あと、モデルで飯豊斗茂って書く美少女が。
ともって読むそうで、男かよと思った。
略称はイートモ。
タモさんかよ。
めいの方はちょっとヤミ深くて、コアなファンにけっこうストーカーされていた。
6月からこっち、活動記録がない。
そしてめいのファンたちがめいに抱いていた感情(欲望?)。
それを“飯豊愛”というのだという…
いひとよ
バイトがわりに手伝わせてる弟の修二がおかしい。
一通メールが来ていた。
いひとよが来る
その一言だけ。
いひとよ。
古語でフクロウのこと。
フクロウは都会では、ペットショップと動物園にしかいないだろう?
飯豊はイイデのほかイイトヨとも読む。
その古体が“いひとよ”?
飯豊王女(いいとよおうじょ)ってのもいる。
古代の日本の女性皇族。
清寧天皇崩御後から顕宗天皇即位前まで政務。
日本の女帝の先駆らしい。
あとは地名。
青森県の田子町の飯豊。
虫送りの行事が有名らしい。
岩手県の北上市内の地名。
早池峰バスのバス停の一つ。
山形県の西置賜郡の飯豊町。
中宮八幡神社の例祭で独特の荒獅子が練り歩く。
福島県の田村郡の小野町の飯豊。
飯豊神社は獅子舞で有名。
小惑星『飯豊山』。
名のもとは
越後山脈にある山『飯豊山』。
飯豊山地。
その主峰は飯豊山。
こちらは“いまは”イイデサン…
飯豊はこれらの他にも、東北地方に多々あるらしい…
イイデ、イイトヨ、いひとよ。
イイヒトヨ?
いい一夜。
何だろう。
不安だ。
圧倒的に東北。
フクロウ。
不・苦労。
苦のない世界…
俺は青森へ飛んだ。
恐山
青森といえばイタコだ。
イタコ。
居た子。
居た娘(こ)…
東北の老婆の肉体を憑り代にするため、呼ばれたマリリン・モンローが青森の訛で答えたといわれている…
それでも俺は恐山へ向かった。
めいも斗茂も青森とは全く関わりがない。
めいは茨城の子だし、斗茂はプロフィールに千葉となっている。
それでも!
“飯豊”そのものが珍しいのだから!!
薬研温泉に一泊して、イタコマチに入った途端、俺の前に一人の老婆が立った。
戸田修一郎か?
修二が呼んでおる。
ふらふらとついていった。
タキ
老女はタキといった。
古びた小屋の中は肌寒く、囲炉裏がパチパチ薪をうたわせていてもからだがぞくぞくしたが、今はそんなことは言っていられなかった。
修二、どうしたんですか。
必死で問う俺に、老婆は答えず、
炎を
とだけいった。
炎。
はぜる薪。
老婆はなにやら呪文のようなものをぶつぶつと唱えていたが、
キエエエエエッ!!
みたいな声をあげたかと思うと、がくり!
首がのめった。
そしてゆっくりこうべがあがると、タキはすっかり別人だった。
兄さん。
俺は。
知ってはならないことを知った。
飯豊は。
飯豊は。
イイデハ…
…て兄貴。
今ごろ泣いてるぞ。
えへ、恐山行かせた。
俺死んでるかも的な。
イタコにも仕込みしちゃった♡♡。
え?
イタコはいない?
季節じゃないから?
イタコは恐山に常駐してない…の…?
携帯が鳴った。
表示は兄だ。
でも。
僕の携帯は壊れてる。
兄貴にした悪戯を本物に見せるため、僕自身が壊したのに…鳴ってる。
どうしよう。
どうしよう。
僕は知ってた。
飯豊めいが実在しないことを。
飯豊斗茂がシャレで仕立てた地下アイドル。
それが飯豊めい。
男たちの思慕は宙を舞い、ついにはそれはめいを襲ったのだ。
ここで事態は変容した。
めいが死んだのに、斗茂は消えずに仕事を続けているのだ。
ランウェイを歩く斗茂は可憐で、傲慢で、しかもイケてて。
なのに映像には残らないのだ。
ファッション業界がいま味わっている奇妙な現実。
それでも斗茂の仕事はなくならない。
かわいいから。
イケてるから。
存在しない斗茂が働く、存在しない世界。
そう、世界は、どこかでボタンをかけ違えたのだ。
その事実を、僕は弄んだ。
真剣に疑問を持った兄に意味深な偽りを与えて、飯豊愛を茶化した。
咎人は僕で兄じゃない。
でも僕も兄も、軽い気持ちで“死”に触れてしまったのだ。
携帯は鳴り続けている。
取ったら僕にも死が伝染する。
取らない。
取るもんか。
その間も壊してないほうの新しい携帯は、『AIDA』のチャットを表示し続けている。
忙しい?
成果あった?
全然。
ここでホントに会った奴いんのかよ。
ほしいよな。
出会い。
とびきりのやつ。
飯豊愛。
完
飯豊愛(いいで あい)を探す めるえむ2018 @meruem2018
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