01.サービス開始当日

 今日はサービス開始の当日だ。

 社会人のことも考えてあるのだろう、日曜日だ。

 本体とソフトのセットは数日前に届いていた。

 夏休みに入り、特に事前に調べておくことも(出来)無いので、友人と遊んだり学校から出されていたレポートを終わらせていたら結構あっという間だった。



 はじめは少しの後悔や不安があったものの今ではそれなりに楽しみになっている。

 どっちにしろ、ここまでくれば過去のことを悩んでも意味ないしな。

 それに新しいことを始めるということは、それがなんであれワクワクはするものだ。



 課題は終わっているし、部活やサークルにも入っていない。

 バイトも夏休み中は週に2日ほどにしている。

 友人と遊ぶ予定はあるがそれを含めても<EEO>をやる時間はたっぷりあるはずだ。

 勢いで買ったゲームだし内容もよく分かってないので正直面白くない可能性も大きいが、もう今年の夏はゲームをして過ごすって決めたのだ。

 なんとなく面白そうだったから買ったのだしダメでもともとだ。

 もし余りにもクオリティの低いゲームだった場合は、少し高いが授業料だったと思って別のゲームを買うか、最悪バイト先に頼んでシイフトを増やしてもらったり、どこかに遊びに行く計画でも建てよう。



「そろそろ時間だろう」



 一応不備がないかだけ簡単にチェックといつも使っているいくつかのアプリをダウンロードしていたハードを、置いていた壁際のベッドから取る。



 このゲーム専用のハードとはいえ、従来の多目的用携帯型VR機器と同じように本体と対になるくチョーカー状の装置を首につける。

 ここに脳から来る信号の受信や、電子世界での体から送られてくる信号を脳へ送信する機能が付いており、脳と機械をつないでいる。

 詳しい原理は知らんが皮膚の上から脊髄に流れる電流を読み取っているらしい。



 プレイ中に疲れないようにベッドに横になる。

 耳の上から頭に沿って目を覆うヘッドマウントディスプレイ状の本体を頭に取り付けると、ARモードの画面には日付や時刻、今日のニュース、天気、予定等が空中に浮くようにして表示されている。

 現在午後12時55分。

 サービス開始は13時からとなっている。

 もうすでに昼食は取っている。午前中に洗濯や夕食の準備等やらなければいけない事は全て終わらせてある。抜かりはない。



「ダイブ イン」



 ARモードからVRモードへと移行する。音声入力でなくても機器のボタンを押せばいいのだが音声入力だとすぐにダイブできるのでこっちの方が好みだ。まあ、ほとんど誤差の範囲だが。



 感覚が身体から離れてき電子の海へと没入していく。

 生身の感覚は電子のそれへと変換され、多少の違和感を覚えながらもたどたどしい五感・・・・・・・・は自分の体の存在を主張する。

 服もこちら用の物になり、現実の自分の部屋とは違う少し豪華でお洒落な部屋になる。

 窓の外には太陽の光が差し、盆栽と空、街の風景を映し出している。

 もちろん全て偽物だ。天気や街の風景はその日の気分で変えられる。



 盆栽は趣味だ。

 現実だと時間のかかる盆栽も電子の世界では成長のスピードも思いのままだ。

 個人的にはただ観賞用の映像というだけでなく、成長して、手も加えられるこのアプリは好きだ。

 あと戻り出来ないようになっているのもいい。

 始めの頃はいくつかダメにしてしまった経験がある。

 たまに遊びに来る友人からは、じじいみたいな趣味だと言われるが、心が洗われる気がしてたまらない。

 何より可愛いしね。

 何故かそれを分かってもらえない。



 話がそれた。

 ここでは窓から出てベランダまでは行けるがそれより先には行けない。

 そこから先がないのである。

 いわゆる<マイルーム>である。

 この部屋だけが電子の海に存在している。

 そのためベランダへ通じている窓以外はドアすらもない。



 今使っているVR機器はゲーム専用の機体ではあるが、こうしたマイルームやいくつかの通信用のアプリは使用できるようになっている。

 友人とのちょっとした会話なんかはここに集まってすることもある。

 これは少し課金しただけのほとんど無料のものなので1部屋だけだが、人によっては家1件まるごと作っている人や広大な庭なんかを作っている人も存在する。

 まあ大学生の自分にはそこまでのものはいらない。



 近くにある椅子に座る。

 まだプレイは出来ないがいつでも始められるように待機画面で待つ。

 《サービス開始までしばらくお待ち下さい》の文字が浮かぶ。

 こうしておけばサービス開始と共にゲームが始められる。



 ゲーム自体も心配だが、ゲームをする事が久しぶりなのでちゃんとプレイできるかも心配だ。まあ、そうは言ってもゲームだ。

 なるようにしかならないか。

 楽しんだものがちだ。



 高まる期待と不安を押しとどめる。



 《13:00》の文字が目に入る。いよいよ開始だ。



 《ゲームを開始します》と人の声に限りなく近い機械の音声が脳に直接響く。

 次の瞬間、電子の五感が生身のそれ・・・・・に変わったように感じた。

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