第16話「オブラートに包みなさいよ!」

 第十六話「オブラートに包みなさいよ!」


 「私は、東外とが 真理奈まりな、B組よ」


 前髪を横に流した肩までのミディアムヘア、利発そうで静かな瞳と控えめな薄い唇の清潔で生真面目な印象を受ける少女はそう自己紹介したあと、俺に告白してきた。


 呼び出された新校舎屋上での青春の一ページ?

 何のことは無い、学園ではよくあるシチュエーションだ。


 「…………」


 以後、返事を待つ真理奈まりなという少女は俺に澄んだ瞳で微笑みかけ続けている。


 ーー余裕のある表情かおだな……


 淡いピンク色の薄いカーディガンを羽織った下は薄いグレーのセーラー服と膝までの清楚なプリーツスカート。

 胸元で風に閃くパールブルーのタイは一年生女子のカラー、つまり俺と同学年だ。


 「それで……どうかな?折山おりやまくん、私と付き合ってくれるの?」


 「いや、付き合わない」


 俺は即答した。


 「!」


 そして笑顔のまま、固まる少女。


 「えっと、ちょっと……聞き辛かったんだけど、えっと?」


 「いやだ、付き合いたくない」


 「…………」


 にわかに信じがたいという顔の相手がそれを確認する間もなく、再度即答する俺。


 「……」


 「……」


 そのまま静かにお見合いする俺と東外とが 真理奈まりなとやら。


 「い、一応、後学のために理由を聞いておいていいかしら?」


 「……」


 断られることなどはなから考えていなかったのだろう、明らかにぎこちない笑顔で理由を聞いてくる少女。


 余程、自分の容姿に自信があったのか、それともそういう経験がなかったのか……


 そうだな、確かに見た感じ真理奈こいつなら振ることはあっても振られる事は無かっただろうなぁ、あくまで一般的に見た目から判断して……だが。


 「…………」


 まぁ、それはそれとして、俺は一体どうしたものかと悩んでいた。


 「はっきり言ってくれて良いわ、気を使ってオブラートに包まれたような物言いは余り好きじゃ無いから」


 その空気を察したのか、少女は出来るだけ柔らかい表情を作って答えを催促する。


 ーー面倒臭いな……ふぅ……なら……手っ取り早く確信に


 「……おまえ、なんかやってるだろ?」


 「!」


 少し考えた後、放った俺の答えとも取れない言葉に、真理奈まりなの表情は一瞬強ばり、そして控えめで可愛らしい唇の端が上がる。


 「さすがね……全部お見通しってわけ……私が六神道ろくしんどうの家の者だって」


 「いや、全然……そうなのか?」


 「へっ?」


 正体を明かす正義の味方よろしく、ポーズを整えて答えた彼女を拍子抜けさせる言葉。


 東外とが 真理奈まりなはガクリと肩を落とした。


 「じゃ、じゃあ、私が六神道ろくしんどうめいで、守居かみい てるから、邪魔なあなたを引き離すためにこんな行動に出たと知ってる訳じゃあ……」


 「初耳だ、そうだったのか」


 ーーとが……東外とが……ね……波紫野はしのが言いかけた”学生連”の最後の一人か……それにしても彼奴あいつ、”学生連”は関わってないとか言いながら……それとも六神道ろくしんどうは別だとでもいうことか?


 俺はこの場にいない波紫野はしの けんという男の食わせ者ぶりを再認識していた。


 「兎に角、そういうことなら、じっくり事情を聞かせてもらおうか」


 「し、しまった!わたし」


 「……」


 俺は残念な人を見るような目で彼女を見ていた。


 「じゃあ、じゃあなんで、あんなアッサリと断ったのよ!」


 俺の視線を誤魔化すように、既にどうでも良い事を未だ追求する女。


 「ちょっと、答えなさい!折山おりやま 朔太郎さくたろう!」


 「顔が好みじゃ無い」


 「そ、そこはオブラートに包みなさいよ!」


 「…………」


 難儀だなぁと少女の顔を見る俺。


 「う……あ……えと」


 東外とが 真理奈まりなという少女は誤魔化すようにコホンとひとつ咳払いをいれる。


 「いいわ、こうなっては……私の流儀には反するけど」


 全て自分で原因を作っておいて、少女は他人事のような台詞を口にしてから……


 ーー構えた


 「…………」


 小さい身体からだ半身はんみにして足は軽く肩幅にかかとを浮かせて立つ。

 右てのひらを地面に向けて下げ、左肘に若干余裕がある状態で胸の前に、その左てのひらは俺に向けてかざしていた。


 「そうくるか……だったら話が早いな」


 ーーこっちの方が解りやすくていい……


 俺は内心安堵して、対峙する少女に向け拳を構えた。


 「……ねぇ、折山おりやま 朔太郎さくたろう……あなた、この学園の女子が数日間、姿を消して再び現れたときはその時の記憶を失っているっていう話聞いたことある?」


 しかし少女はそのままの体制で、場違いにも会話を切り出す。


 「……なんだ?急に学園七不思議とかか?……始めるんじゃ無かったのかよ」


 「いいから答えなさい、その女子の身体からだには、普段見えないような場所に小さな丸い痣があるっていう……」


「…………」


 ーーくるっ


 ーーざっざっざっ


 「…………」


 「…………」


 ーーざっざっ……キィィーー


 「……って、こらーーっ!!なに帰ろうとしてんのよっ!」


 俺が百八十度回頭し、屋上入り口の若干錆びた金属製ドアに手を触れたところで女は突っ込んできた。


 「…………」


 「だから!なにあからさまに迷惑そうな顔でこっちを見てるのよ!”じっくり事情を聞かせてもらおうか”じゃなかったの!」


 「……いや、なんだかな……」


 「なによ!」


 「お前……面倒臭い」


 「なっ!」


 ーー本当に何がしたいんだこの女……


 ”学生連”で”六神道ろくしんどう”の東外とが 真理奈まりなだったっけか……こういう”折り目の付いた女”は苦手だ。


 目の前の淡いピンク色の薄いカーディガンを羽織ったセーラー服姿の真面目そうな少女を眺めながら俺はある意味、同種ともとれる、最近関わった女を思い浮かべていた。


 ーー波紫野はしの 嬰美えいみ……


 融通聞かない凶暴女の次はたにんの都合を聞かない自己中女……

 ”六神道ろくしんどう”……関わりたく無い恐るべき組織だ……


 「と、とにかく、今私が言った事件にはあなたは関わっていないのね?」


 「初耳だ……」



 「そう、関わっていないのね……だったら……もう守居かみい てるにも関わらない方が身の為よ……解る?これは最後通牒よ」


 俺の返事に少し拍子抜けしたような感じの少女は、構えを維持したままで、静かではあるがハッキリとした威圧感をこっちに放ってくる。


 ーー六神道ろくしんどう……なるほど……こう言った類いを修めた家系エリートか……


 「返事は?折山おりやま 朔太郎さくたろう


 「お前の指図は受けない」


 ピクリと少女のまとった氣が武に傾く。


 「わたしの言うことを聞いた方が賢い選択だと思うけ……」

 

 「顔が好みじゃ無い」


 「だから!そこはオブラートに包みなさいよ!じゃなかった!それは今関係ないでしょっ!」


 「…………」


 「……な、なによ?……」


 俺はだらんと下げたままであった両の手のうち、右手をかったるそうに少し上げ、てのひら側を上に向ける。


 そして”こいこい”と二、三度”ニギニギ”してみせた。


 「っ!」


 「こいよ……どうせ最後はちからくなんだろ?面倒くせぇ……」


 「こ、このっ!」


 ダダッ!


 そこまで来て、初めて東外とが 真理奈まりなとやらは踏み込んできた。


 ーー意外と速く深い踏み込み……


 「はっ!」


 ババッ!

 バッ!


 東外とが 真理奈まりなとやらの武器は掌底しょうていだ……

 こぶしと違いてのひらを開いた状態で、てのひら下方部分で打ち込まれる打撃。


 ババッ!


 この至近距離で器用に脇を締め、肘をたたんで打ち込んでくる。


 ーー近いな……ボクシングや空手の距離では無く柔道の様な投げ極め中心の組み手の距離だ……


 バシュッ!


 「…………」


 俺は近接した距離からの掌底しょうていを四度かわしていた。


 ーーこの距離だと、打撃による有効打は少し難しいが同時に回避し続けるのは不可能だろう……つまり、中途半端な打撃の応酬による削り合いか……もしくは


 がばっ!


 ーー投げだ!


 俺は五発目の掌底しょうていをなんとか避けたと同時に両手を広げ、相手の胸ぐらをつかむ!


 ーーっ!?


 「馬鹿ね!折山おりやま 朔太郎さくたろうっ!」


 その時俺が確認したモノ……


 直ぐ眼前の少女の口角が意地悪く上がっていた。


 第十六話「オブラートに包みなさいよ!」END

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