第13話「”くだらねぇ”は一日三回まで!」

第十三話「”くだらねぇ”は一日三回まで!」


 「じゃあさ、じゃあ、朔太郎さくたろうくんはいつなら時間があるの?」


 守居かみい てるは、俺の前席に後ろ向きに腰掛けた状態で話しかけてきた。


 六月十八日木曜日、二時限目の授業が終わった後の休憩時間。


 ーー一年の教室に、俺に会いに通う二年の美少女……どんな神展開だ!


 俺は、遠巻きからやっかみ混じりの視線で自分たちを見る男子生徒達の視線を感じながら不満げにため息をついた。


 ーー校内の有名人度では、この守居かみい てるの方が俺よりも数段上だ。いや、ダントツ、ダブルスコアといっていいだろう


 「だぶるすこあ?」


 ーーどうやら俺の心の声の最後辺りは、実際声に出てしまっていたようだった。


 「い、いや、ダブルスコアっていうのはスポーツとかで得点差が倍以上つくような圧倒的な実力差のある試合……!って、今言ったことは独り言だ忘れてくれ」


 「ふーーん」


 慌てて誤魔化す俺の言葉に、なんだかしっくりこない顔のてる


 やや上目遣いに俺を見る垂れ目気味の瞳が、あやふやな色を滲ませている。


 「?……てる、おまえスポーツとか詳しくないのか?」


 俺は、思わず踏み込んでいた。


 この時、俺は気づいていたのだろうか?直接自分に影響しないような些細な他人事に興味を示すのは、折山おりやま 朔太郎さくたろうと言う人物にとって珍しい行為だと言うことに。


 「野球なら少しは解るよ、でも他はどうかなぁ……サッカー?フットボール?とかは全然解らないかも」


 「サッカーとフットボールは同じだ、呼び方が違うだけ、あと、蹴球とかともいうかな」


 「しゅうきゅう……?」


 ますます混乱するてる


 「しゅうきゅう二日とか言うだろ、サッカーは二日も練習すれば上達するってことだ」


 いつも通り面倒臭くなった俺は、突っ込み待ちでこの話題を早々に切り上げようとする。


 「ああっ、だから!……桃栗三年、柿……えーと、なんとか……とかと一緒だね!」


 ーー本気マジか?


 俺は、何が一緒か全く理解できないが、胸の前で両手を合わせて嬉しそうに笑うてる


 「…………」


 「…………」


 変な顔で見る俺とその視線の先の笑顔の美少女。

 二人の間に沈黙が流れるが、恐らく心情は全く異なることだろう。


 ーーか、かわいすぎる!なんでこんなが……

 ーーお・り・や・まーーー!!


 そして俺の耳には、遠巻きに盗み見ている男子生徒達の嫉妬に狂う声が聞こえてくるようだ。



 「じょ、冗談だ……そんなわけ無いだろ」


 くだらない冗談を言った俺だが、余りに純粋な反応に、結果、俺の方が慌てるはめになる。


 「……えっ?えっ?」


 大きくて垂れ目気味な瞳をぱちくりとさせて俺を見る少女。


 「えーーまた騙したんだ!、朔太郎さくたろうくん、ひどいよ!」


 声を上げて抗議する彼女はそう言いながらも少し楽しそうだった。


 「……あれだ、放課後は大抵深夜までバイトだし、早朝も学校来るまではバイトだな」


 余り経験の無い状況に若干困り気味の俺は、彼女の最初の質問にしれっと答えることでお茶を濁す。


 「うわぁー、大変なんだね……私、バイトとかした事無いから尊敬するよ」


 「そうなのか?」


 「うん、まぁね」


 そう答える少女の声は、少しだけトーンが下がったようだと俺は感じていた。


 「……」


 「あっ、でもでも!朔太郎さくたろうくん成績すごく良いよね、いつ勉強とかしてるの?」


 彼女の反応に少し気をやって難しい顔になっていた俺に、明るく話題を変える少女。


 ーーこれだ!


 一見、天真爛漫で年相応の明るい少女、けど、たまに見せるこういった大人びた対応が俺の違和感の元凶になる。

 俺が知る限り、こういう気遣いをさりげなくできる者は少ない……彼女の人生経験がそういったスキルを身につけさせたのだろうか?



 「朔太郎さくたろうくん?」


 てるは、思わず考え込んでしまった俺を不信に思って声をかけてくる。


 「……ああ、これだ」


 彼女の声に思考を復帰させた俺は、何事も無かったように、右耳に装着した無機物をコンコンと指ではじいた。


 「イヤフォン?」


 疑問気味に訪ねるてる


 俺は、大抵右耳にはワイヤレスの小型イヤフォンを装着している。

 学校の中でそれを外した状態の方が少ないくらいだった。


 「いいかな?」


 暫しそれをじっと凝視していた彼女は訪ねた。

 俺は無言で頷く。


 すぐに彼女の白い指がすいっと伸びてきて、ふわりと触れた。

 くすぐったいような、心地良いような……そうして彼女は俺の右耳からそれを外す。


 そして、手に取ったそれを少しだけ眺めた少女は、自身の右耳に軽く宛がった。


 「!」


 てるの大きな瞳が一瞬だけ開いて、その後、納得したように優しく微笑んだ。


 「リスニングだね……英語はこれで?」


 「いや、一揃い全教科ある、昔ちょっとしたツテでな」


 俺は”聞いて解決!あなたも今日から帝大生!”という怪しげな教材を活用していた。


 借金返済のため、勉強の時間が殆どとれない俺に、西島にしじまが与えた物だ。


 なんでも、昔、倒産した教育関連の会社から、借金のかたに現物回収した物の一つらしい。

 かなり怪しげな代物であるが、実際、俺の成績を鑑みると要は活用次第と言うことだろうか?


 「勿論これだけじゃないけどな」


 そう付け足して、彼女の手の中にあるイヤフォンを再び自身の手に取る。


 「それで勉強しながら、日常生活も問題なく送れるって、すごいね朔太郎さくたろうくんは、”アクマ大使”みたいだよ!」


 「アクマ大使?」


 またもや虚を突くてるの感想に、一瞬、疑問符が浮かぶ俺の頭の中。


 ーーああ、多分”聖徳太子”のことか……アクマ大使って、ずっと昔やってた特撮かなんかだろ?おまえ何歳だよっ!


 先ほどの会話といい、ものを知っているのか知らないのか、いまいち、てるの知識の基準を計りかねる俺。


 そして俺が頭を捻る元凶の少女はというと、俺の前で感心した瞳をキラキラさせている。


 「本当にすごいよ、アルバイトで自活して、それでいて、勉強もちゃんとして、結果、特待生枠で天都原あまつはらに入学して……尊敬するよ!」


 「そうか?ただ貧乏なだけだろ」


 「そんなこと無い、貧乏って……私もそうだけど……全然違うよ」


 普段から褒められる事に馴れていない、というか褒められたことが無い俺は、居心地が悪くて頭を掻いた。


 「この学園に入学した他の奴らは、将来の夢とか持って努力してる人間が殆どなんだろうけど……」


 目の前で瞳を輝かせる少女に、俺は、ばつが悪そうな顔で続ける。


 ーーこんなふうに自分の事を話すなんて……きっと油断していたのだろう……


 「俺はそういうの無いからなぁ……あるひとに言われて学園に来る羽目になって、それで貧乏だから特待生枠を活用しようと思っただけで、俺に将来なんて特に無い」


 ーーああ、俺には未来がいし、もう今は必要無い


 「あるひと?」


 「ああ、俺の借金の債権者……平たく言えばやみきんてか、ヤクザ……まあ、借金取りだな」


 ペラペラとてるの疑問に答えるいつになくお喋りな俺……


 「借金!?……」


 その答えを聞いて目を丸くさせて驚くてる……無理も無い、高校生でやみきんに借金なんてなかなか無い。

 だが、それよりも、なんだか自然とこんな込み入った個人の事情を話してしまう自分に、俺は驚いていた。


 「ただ毎日を過ごせるように生きてるだけのくだらねぇ人生だよな」


 俺は諦めたように口の端を上げて笑う。


 勿論、自分を卑下して話したつもりは毛頭無い。

 俺にとってそれが真実であるし、俺の環境を考えれば、そういう人生しか選択肢が存在しないのも儼然たる事実であった。


 「それ!それだよ!」


 守居かみい てるは、ビシリと音が鳴りそうなポーズで俺を指さして叫んだ。


 「っ!?」


 虚を突かれて間抜け面を晒す俺。


 彼女は、柔らかそうな白い頬を膨らまし、垂れ気味で優しげな瞳を無理に釣り上げて怒りを表現していた。


 「……」


 ーーいや、全然怒ってるように見えないぞ……というか、ゆるキャラ系?


 俺の感想をよそに、てるは”怒ってるぞ”アピールを続行しながら言葉を続ける。


 「朔太郎さくたろうくん、すぐ”それ”を言うよね!」


 「それ?」


 「”それ”だよ”それ”!」


「ああ、”くだらねぇ”ってやつか?」


 彼女の指摘に気づいた俺に、豊かな胸の前で腕を組み、うんうんと頷く少女。


 「たしかに聞いててあまり気分良い言葉じゃないな、悪かった、けどまぁなんだ、俺にとっては口癖みたいなモノだからあまり気にする……」


 「なお悪いよ!」


 てるは俺が言い終わる前に割って入る。


 「言霊ってしってる?そうネガティブなこと言ってると本当にそうなっちゃうんだよ!」


 「けど、俺のじんせいって、だいたいそんなもんだぞ、くだらねぇって」


 「違うよ!くだるよ!メチャメチャくだってるよ!」


 「……」


 ーーいや、その言い方も、なんか、どうかと思うぞ……


 微妙な顔をする俺を眼前に、ショートボブがよく似合う可愛らしい少女は、両手を腰に当てた偉そうなポーズで、やや暴走気味に続ける。


 「とにかく、その言葉、クセで、なくすの難しいようなら、制限していこう!」


 「制限?」


 「そう!”くだらねぇ”は一日三回まで!」


 教室中の視線を独り占め、ビシリと俺を指さすユニーク極まる美少女”てる”さん。


 「……」


 「……」


 ーーカラーーンカラーーン


 やがて、休憩時間の終了を告げる鐘が鳴った。


 「あっ!もう戻らなきゃ!朔太郎さくたろうくん、また後でね」


 奇異な視線を気にすることも無く、そう言って立ち上がった少女は、上品なグレーのプリーツスカートを閃かせて慌ただしく去って行った。


 「……」


 ーーなんだか、言いたいことだけ言って去って行ったな……ほとんど内容無かったけど……


 あっけにとられてその姿を見送った俺は、自分の席なのに、なんだか取り残されたような格好だ。


 ーーまた後でって、次の休憩もくるつもりか?


 嵐のような少女の残した言葉を思い浮かべて、俺は呟く。



 「…………まあいいけどな」


 「なにが?」


 「!」


 完全に油断していた俺は、予期せぬ返事にギクリとした。


 いつの間にか、波紫野はしの けんという男が、彼女と入れ替わりでその場所にいたのだ。


 折山おりやま 朔太郎さくたろうの前の席、さっきまで守居かみい てるが座っていた席、そこに本来のあるじが帰還していた。


 「ほたるちゃん来てたの?」


 「……ああ、まあな」


ばつの悪い顔をする俺の前で、けんはふうんと頷きながら席に腰を下ろす。


 「で、なにが、まあいいの?」


 「……おまえ、余計なことだけ聞こえているな」


 「?」


 いわれの無い事で責められる波紫野はしの けんは、ある意味、同情に値するだろう。


 「おまえ、てるのこと知ってるのか?」


 普通にてるの名を口にしたけんに俺が訪ねる、勿論、この場合の知っているは、面識があるかどうかだ。


 「一年前、クラスメイトだったんだよ」


 アッサリとしたけんの答えに、ああそうかと俺は納得する。

 そういえば、波紫野はしの けんは留年していたのだった。


 「そ、そうか悪かったな」


 「?、なにが?」


 「いや、本人が気にしてないのならいい」


 無神経だったかと、一瞬、気を遣った俺だったが、波紫野はしの けんという人物は、そういえばこういう性格だった。


 「……えっと彼女、様子はどうだった?」


 もう話すことは特に無いなと、いつも通り机に突っ伏そうとする俺に、けんは質問する。

 こいつらしくない曖昧なトーンと内容だ。


 「いや、いつも通り、無意味に楽しげだったが」


 「……そうなんだ」


 「?」


 どうも噛み合わない、けんも奥歯に物が挟まったような態度だ。


 「なにかあるのか?」


 机に突っ伏しかけていた体を起こし気味に聞き返す。


 信じがたいが、俺は彼女のことになると何故かつい踏み込んでしまうふしがあるようだ。


 「何にも無いよ」


 「おい!波紫野はしの


 意味ありげな態度から、一転、飄々とした態度をとる相手に、俺は言葉がつい荒くなる。


 「ああ、そうだ、彼女が楽しげなのは意味があると思うけどね」


 けんは、誤魔化すように笑って、俺の顔をのぞき込んだ。


 ーーだめだな、こういう事は、こいつの方が一枚上手だ


 俺はため息をついてから、追求を諦めることにした。


 ーーガラッ


 そうこうしているうちに、担当教師が現れ、今度こそ有耶無耶に会話は打ち切られるのだった。


 第十三話「”くだらねぇ”は一日三回まで!」END

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