第64話 贖罪の約束

前回までのあらすじ


本性を表した災厄の化身によって、『母』への全てを打ち砕かれたアヴェルこと、

御柱・アヴェルオードの息子であるユスティアード。

十二神の創り上げた別空間にある大神殿の一室で目覚めた彼は、

己の成してきた罪の意識に苦しむ事になったが……。


最初は、第三者視点。

後半は、ヒロイン視点になります。


---------------------------------------------------------------------------------------------



「……くっ、とう、……さまっ、父様ぁっ!!」


 何度も繰り返される悪夢の中で叫びながら汗だくで飛び起きた一人の青年。

 アヴェル……、いや、御柱の息子であるユスティアードは、夢……ではなく、確かな現実へと覚醒を遂げた。

 苦しげに息を乱す、父とよく似たその面(おもて)には、幾筋もの後悔と、悲しみの跡が残っている。

 

「──うぅっ」


 覚えている。全て、余さず……。

 遥か古の時代……。反逆を起こした天上の神々を追って、地上に降りた父神達の一団。

 彼らが天上を出る前、共に行きたいと懇願したユスティアード(息子)に、父神は言った。


『ユスティアード、お前は天上に残りなさい』


『嫌だ!! 僕も一緒に……っ、父様と一緒に戦います!!』


『駄目だ。お前には、これから背負わねばならぬ大事な役目がある。そうだろう?』


『──っ!! 父様だって同じじゃないか!! 父様だってっ』


 

 父神、アヴェルオードがユスティアードに託そうとしていた、『大事な役目』。

 当代の御柱の一人たる父神の意思により生み出されたユスティアードは、その魂と力の半分を授けられ、次代の御柱の一人として育てられてきた。

 ……父神、アヴェルオードが永遠の眠りへと就く為の、『代用品』として。

 お互いに絆を育みながら生きてきたつもりだったが、ユスティアードはいつも陰でそう呼ばれていた。

 御柱の代用品……。利用される為に生み出された道具だと。

 そんな事はないと、父神は自分を愛してくれていると……、ちゃんと心で感じてはいたけれど。

 


 ──父様、貴方は最後まで……、僕の願いを、想いを受け止めてくれる事はなかった。



 大事な人をその手で傷つけてしまった父神。

 彼の心の傷はとても深く……、自らを跡形もなく消し去ってしまいたい程だったのだろう。

 もう二度と、幸せになる事など許されないと、父神は息子に言っていた。

 息子が、ユスティアードが何度も、何度も……、父親の幸せを心から願おうとも。


「父様……、僕は、……僕はっ!」


 長き時を超え、やっと自分を取り戻したユスティアードの心に溢れだした……、様々な感情。

 毛布を掴む力は縋り付くかのように強く、その手の甲には、彼と父神の間にあったはずの失われた年月への悲しみと後悔が、堪え切れない滴となって落ちてくる。


「アヴェル……」


「──っ! ……ヴァルド、ナーツ」


 現実よりも、過去の記憶に囚われてしまっていたユスティアードに干渉してきたのは、ふわりと微かな湯気の立つマグカップを手にしながら傍に寄ってきた不精髭の男だった。

 ヴァルドナーツ……。

 獅貴族の国、ゼクレシアウォードの……、遥か昔の時代に存在していた王子。

 災厄の欠片によって魂を穢され、表向きには歴史から存在を抹消された被害者の一人。

 そして、災厄の化身によって記憶を塗り替えられてしまったユスティアードがその魂を拾い上げ、仲間とした男……。

 ユスティアードは差し出されたマグカップよりも、彼に、ヴァルドナーツにどうやって詫びればいいのか、何と応えればいいのか、それが問題だった。

 自分のせいで、彼にも、他の仲間にも、沢山の罪を重ねさせてしまったのだから……。


「……」


「……」


 ヴァルドナーツはこっちを真っすぐに見てくれているのに、自分はそちらを向けない。

 俯いたまま……、最初の言葉を探すばかりだ。

 というか……。


(ヴァルドナーツは今、どんな気持ちで僕を見てるんだろう……。いや、むしろ今のこの状況は)


 それ以前に、自分の現在状況も、居場所さえ、全然わかっていない。

 マリディヴィアンナと一緒に暇潰しで襲撃した町……。

 自分達が召喚した魔物や魔獣達に襲われ、助かろうと逃げ惑う人々……。

 何の罪もない人々を、……ボクハ、……ボクハ──ッ!!

 

「うっ……」


 心ごと頭を締め付けるような強い圧迫感と頭の痛み。

 次々と湧き起こるのは、──決して償う事の叶わぬ大罪の意識と、この手で握り潰した命への慟哭。

 この手で、この手で、ボクハマモルベキタミヲコロシタ!!


「あっ、……あっ、あぁあああっ!! 僕はっ、僕はっ!!」


 沢山、──沢山、殺してしまった!!

 幸せに暮らしていた人々を目的の為に、退屈しのぎの為に、愉しみの為に、下らない理由ばかりで!!

 何も感じず、恍惚の笑みさえ浮かべて──!!

 大波のように押し寄せてきた記憶と罪悪の念。

 本来は心優しかったユスティアードに耐えきれるほど、この『毒』は甘くない。

 生々しく残酷な記憶に苛まれ苦しみだしたユスティアードに、ヴァルドナーツの制止の手が掛けられようとした。──だが。


『『アヴェル!!』』

 

 いち早く、ユスティアードの両手の肌に触れたぬくもり。

 生身のものではないその感触に、いや、気配、と呼ぶべきだろうか?

 ユスティアードが恐る恐る顔を上げたその先に、よく見知った者達の姿があった。

 

『あの嬢ちゃんの言った通りだったな』


「ア、リュー……?」


『大丈夫ですわよ!! アヴェル!! 私達がいるんですから、何も怖くなんかありませんわよ!!』


「マリディ、……ヴィアン、ナ?」


 ヴァルドナーツを押しのけるかのように、目の前に現れた『二人』。

 長い間、ずっと共に道を歩んで来たアリューとマリディヴィアンナが、ユスティアードの顔を覗き込む勢いでそこにいる。……前とは違い、どちらも透けている、幽霊のような姿だが。

 それに、一番変化していると思えたのは、マリディヴィアンナのそれだった。

 いつもの、愛らしく着飾った育ちの良い令嬢のような姿ではなく、──出会った時の、絶望を胸に抱いていたあの頃の、古めかしい破れた服に、ウェーブもかかっていない汚れた金の長い髪。


「なん、で……? 二人とも……っ、そんな、姿にっ」


「どちらも器が限界に達したからだよ」


 透けている幽霊状態の二人の手を振って横に避けさせながら、ヴァルドナーツはホットミルクの入ったマグカップをユスティアードの両手に握りこませた。

 あたたかい……。ほんのりと甘いミルクの香りにクンクンと鼻を小さく動かしてしまうユスティアードに、ヴァルドナーツが「まずは飲んでから話をしようね~」と、以前とは違う穏やかな笑みで促してきた。

 だが、ユスティアード的には、そんなのほほんとしている心の余裕はない。


「う、器を失ったって事はっ、た、魂にもダメージを負ったんだよね!? だ、大丈夫なの!? そ、それに、災厄の影響はっ!?」


 ユスティアードが過去に創り出した特別製の器は、ただの魂の入れ物ではなかった。

 地上の民が創り出した仮初の器など比べものにならないほどの融合性。

そして、その魂に記憶されている能力を極限まで引き上げ、現世にて遺憾なく発揮させる最高の器……。神の御手にて創り出されたそれによって、ヴァルドナーツ達三人は再び己の身体を手に入れる事が出来たのだ。魂の時よりも強く、世界に干渉出来る器を。

 ──だが、精度の高い器を利用するには大きな代償が伴う。

 それが特に顕著なのが、器の破壊に伴う『魂へのダメージ』だ。

 器の損傷具合によっても魂への痛手があるが、器を完全破壊された時に負うダメージは計り知れない。出来が良ければ良い程に、魂と器の繋がりが深くなるが故だとされているのだが……。

 それ以外にも、三人は災厄の『恩恵』を受けていたという事実もあり、その面での『代償』もあった。アリューとマリディヴィアンナは僅かな苦笑を抱き、首を振る。


「お姉様が……、ユキさんが助けて下さいましたのよ。本来なら、魂の消滅を辿る私達を、もう一度、この世界に繋ぎとめてくれた。……っ、アヴェル、貴方に会わせてくれたんだよっ」


 あぁ、……戻ってゆく。

 歪められた時が『彼女』の力によって正しい形を取り戻し、マリディヴィアンナという少女の本質を蘇らせた。本来の……、あたたかく、心優しい少女の魂へと。

 だが、彼女の手も自分と同じく、血塗れの業を背負ってしまった。

背負わせて、しまった……。ここにいる四人とも、許されざる咎人だ。


「良かった……っ。良かった、……だけどっ!! 皆っ、僕のせいで!!」


 自分に関わってしまった事で、彼らの運命は酷く恐ろしい方向に歪んでしまった。

 ひとつの世界を揺るがす、災厄の使徒として在り続けた長い、長い年月……。

 マリディヴィアンナは『彼女』に魂を救われたと言っていた。

 代償と共に消滅してもおかしくはなかっただろうその『命』を、確かに救われはしたが……。

 恐らく……、いや、あのエリュセード神族達ならば、──確実に、断罪の道を声高に煩く叫び続ける事だろう。

 一枚岩、というわけではないが、自分達や世界の在り方を歪める『異分子』に対して、過剰な反応を示す神々も多かったのだから……。

 ユスティアードが全て自分の罪だと訴えたとしても、この三人を逃してくれる事はないと言い切れるほどの、面倒な輩達が。

 

「そう、だ……っ。ねぇっ、父様っ!! 父様はどこ!? 父様なら、君達を助ける方法をっ、僕が頼むからっ、ねぇっ、教えて!!」


 まさに、半狂乱一歩手前と言うべき状態のユスティアードだったが、その両肩をヴァルドナーツの強い力の籠った両手が鷲掴んできた。


「痛っ……。ヴァ、ヴァルドナー……、アリュー? マリディヴィアンナも……」


 ユスティアードの肌に食い込む痛い程の力はヴァルドナーツだけのものだ。

 けれど……、触れる事が出来ずとも、ヴァルドナーツと同じようにぬくもりを重ねてきたアリューとマリディヴィアンナの表情には、厳しさを秘めた意志の輝きがあった。


『これは、俺達それぞれの罪だ』


「ア、リュー……?」


『俺達の神様……。俺達はね、君の誘いに希望を託した。この道を歩むきっかけは確かに君だったけど、その手を取ったのは俺達の意志であり、我儘だったんだ』


「ヴァルド、ナーツ……」


 否定などさせない。

ユスティアードに対する譲れない断固とした意志を感じる、二人の声音。

ふと気配を感じて右を振り向けば、マリディヴィアンナがユスティアードの頬にそっと自分の同じ部分を寄り添わせ、そして顔を離し……。


「浄化された事で、全部思い出したんだ……。貴方と出会った頃の私は、魂となってからも情緒不安定で、精神があまり安定していなくて……。とても、……弱い子供だった」


「マリディヴィアンナ……」


「そんな私に、辛抱強く接してくれていたのはアヴェルなの……。貴方がいてくれたから、貴方が私の手を掴んでくれたから、私は……、たとえこの手が罪に染まっても、『幸せ』を手に入れる事が出来たっ」


 違う!! 自分が彼女の手を掴んだから、その魂を破滅に導いてしまった!!

 本当なら、誰も殺さなくていいはずだった彼女に殺しを教えたのは紛れもなく自分で……っ。

 ユスティアードの顔が泣き喚きたい子供のような気配と共に歪んでいく。

 その輪郭をマリディヴィアンナの両手が包み込み、同じように泣きそうな顔で微笑む。


「だから、これから歩む自分への罰も……、私の幸せのひとつなの」


「なんでっ!? なんでそれが幸せなんだよっ!! 僕のせいで君は人格まで歪められて……っ、あんな、あんなっ」


「ふふっ。これも恋する乙女の我儘ですのよ? アヴェル」


 慟哭を叫ぶその唇に添えられた、マリディヴィアンナの小さく細い指先。

 茶化すように変えられた令嬢言葉はとても楽し気だが、彼女の瞳には揺らがぬ決意が宿っていた。


「私は自分の罪を自覚し、その罪を償う為の道を歩みます。罪に手を染めたのも、贖罪を望むのも、私自身の意志。──だから、自分だけのせいなんて思っちゃ駄目だよ、アヴェル」


 自分を囲み、その覚悟を秘めた表情を崩した三人が、許しを与える救済者のように微笑む。

 あぁ……、三人はもう、自分より先に覚悟を決めていたのだ。

 ヴァルドナーツとアリューは精神的にも大人だからわかるが、痛い事や怖い事が嫌いなマリディヴィアンナまで……。


「じゃあ……、皆、一緒、だね……っ。……ごめんっ、ごめんね……っ、ありがとうっ」


 利害関係を追求したシンプルな関係だった四人だが、共に過ごした長い年月が育んでくれたものは、復讐心だけではなかった。

 たとえ災厄に支配されていようと、その心は誰かのぬくもりを求め、与え、確かな絆を育んでいたのだから……。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ──Side 幸希



「アレクさん……。こう言っていいのかわかりませんけど、ユスティアード君が一人じゃなくて良かったな、って、思いませんか?」


 アヴェルと呼ばれていた少年に与えられたその一室。

 中で大事な話をしている彼らの声を扉越しに聞きながら、私はすぐ隣に座り込んでいる病み上がりの神様に「ね?」と笑みを向けた。

 本当はまだベッドの中で大人しくしていてほしかったけど、自分の息子さんの事が心配で堪らないアヴェルオード様……、アレクさんからの必死なお願いを聞いて、ここまでやって来たのだ。

 流石に男性一人を支えて歩くのは大変だったけど、来て良かった。

 話を聞いている途中から室内へと送り出した、アリューさんとマリディヴィアンナ。

 私の中で浄化中だったけど、自分を責めすぎて壊れそうになっていたユスティアード君を放っておくことは出来なかった。

 彼と共に在った三人の言葉が、心が必要だった。

 だから、アリューさんとマリディヴィアンナの懇願に迷うことなく頷いたのだ。

 ユスティアード君を助けたいと願う、『家族』であった二人の心を信じて。


「あの三人は……、あの子にとって、本当の家族以上だったんだな」


 父親として傍に居てあげられなかった後悔や寂しさ、そして……、ほんのちょっとの、悔しさ、かな。ユスティアード君への申し訳なさを口にしながらも、アレクさんの表情は少し拗ねているようにも感じられる。……ふふ、可愛い。


「だが……、ユティーとあの三人の罪は許されざるものだ。天上に全ての神々が戻れば、必ず批難と裁きの対象となるだろう」


「いいえ……。誰が裁かなくとも、私達は罰を求めると思います。自分達の咎を、自分自身が許せないから」


「ユキ……」


 まだこの想いを口に出来てはいない。

 まだ、貴方と幸せになる道を見つけられてはいない。

 そんな不安が私の中で燻っていて……、だけど、それでも、何か伝えたくて。

 病み上がりのような状態できつそうにしながら私を見ているアレクさんの手を取り、そのぬくもりに頬を寄り添わせながら微笑む。

  

「だけど、罪を償いながら、……愛する人と一緒に居られる方法も、探したいな、と思っています」


 アレクさんの優しい蒼の瞳が驚きに見開かれ、私よりも大きな身体が……、無理をしながら傍に迫ってきた。


「ユキ……」


「あ、アレクさん……」


 顔が近い。

 意図的に密着状態にされてしまった私が逃げないように、腰へとすでにまわされていたアレクさんの片腕。あぁっ、蒼い瞳が物凄く近い!! アレクさんの吐息が耳にっ、耳にぃいいいい!!

 もうとっくに私の気持ちは言わなくてもバレているけれどっ、身体が辛くてもチャンス? を逃さないアレクさんのこの猛攻は毎回流石というべきかっ。


「ユキ……。俺は何があろうとも、決して諦めない。たとえ罰が必要だとしても、俺は必ず、未来を掴み取る。──愛する者達と、共に歩んでいく道を」


「あ、ありがとうございますっ。お気持ちだけで充分と申しますかっ、あ、あのっ……、あ、アレクさっ、……ひゃっ!」


 誰にも見えないように、奪われないように、その腕の中に私を閉じ込めてしまうアレクさん。

 熱を帯びる吐息が私の目元に触れ、微かな音を零しながら口づけてくる。


「んっ……。あ、アレク、さんっ。……こ、ここっ、……ユスティアード君のっ、ひゃっ」


「すまない……っ。自分でも抑えるべきだとわかっているんだが、……お前の前向きな想いが嬉しくて……っ」


 はいっ、少しは前向きに検討させて頂ければ、と!!

そう思って素直にお伝えしましたがっ、こ、こんなっ、こんな熱烈な喜びをぶつけられてしまうとは夢にも思っていなかったんですよ!!

 一応気を使ってくれているのか、唇は避けて顔中に優しいキスを浴びせてくるアレクさん!!

 息子さんの部屋の前ですよ!! 中に他にも人がいるんですよ!!

 あと、ここは大神殿の廊下なので、誰が来るかわからないんですよ!?!?

 

「ユキ……っ」


「アレ、──きゃあっ!!」


 これも一種の暴走なのか……!!

 アレクさんは突然狼の姿に変身し、その大きな体躯のアニマルモードで私へと覆いかぶさってきた!! お、重いっ!! 重すぎますっ、アレクさんっ!!

 もふもふの毛並みにもふもふされるのは大好きだけどっ、今はこんな事をしてる場合じゃ──。


「──駄犬に成り下がるのは後にしたらどうだ? アレク」


「えっ!?」


 私の顔をぺろぺろと舐める大型犬、じゃなくてっ、アレクさんに向かって放たれた、目にも止まらぬ何とやらな凄い一撃!!

 

『──っ!!』


 襲い掛かってきたその一撃を、アレクさんはいつもより鈍い動きと共に、飛び退る事によって避ける事に成功した。

直後、大神殿の広い廊下に反響したのは、鞭を打ち付けるような鋭い音。

かなりのきわどい距離感というか、本当にギリギリのタイミングで回避出来たように思う。

 だけど、攻撃から逃れる事が出来た後に無理が響いたのか、アレクさんは『わふっ……』と小さな鳴き声を漏らして、どさりと倒れこんでしまった。


「アレクさん!!」


『……はぁ、……はぁ、……ルイ、俺が悪か、った』


 確かに、辛い状態ではしゃいだアレクさんも悪い。

 だけど、必要のない攻撃を仕掛けた相手に謝罪するところが、律儀で真面目なアレクさんらしいというか……。アレクさんのぷにぷにとした肉球を揉み揉みしながらその前足を支えていた私は、咎める目で後ろを振り返った。

 ──その手に銀緑の光を帯びた、しなやかな美しさを抱く、黒い鞭を持つその人を。


「俺はお前を助けてやっただけなんだがな?」


 あきらかに機嫌が悪い目だ。

 以前にガデルフォーン皇国で触手ちゃん達を容赦なく燃やした時のような……。

 

「声をかければいい話でしょう? ……ルイおにいちゃんの、馬鹿っ」


 と、小声で悪態を吐いてみたけど、当然、大魔王様の地獄耳はバッチリだ。

 深みを帯びた森の色合いが苛立ちを強め、眼鏡越しに私を射抜いてくる。

 間違いない。お怒りだ。物凄く、怒っていらっしゃるっ!!


「あ、アレクさんは浄化を終えて……っ、その、まだ病み上がりみたいな状態なんですっ。だからっ、今みたいな酷い事はっ」


「……………」


 ──く、空気が一気に何十倍も重くなった気がする!!

 多分、正解としては「ルイおにいちゃん、ありがとう!!」だったのだろうけれど、普通に止めないルイヴェルさんも悪いわけで、素直にお礼を言えるような状況じゃ……っ。


「……………」


 あぁっ!! 大神殿内の空気が、温度がっ、急転直下で凍り付いていくぅううううっ!!

 私達だけでなく、ユスティアード君の部屋からも、この異変に対するざわめきが、ああっ、ああっ!! このままでは大神殿全体が極寒氷土の道を辿ってしまう!!

 

『る、ルイ……っ』


 弱々しく頭を上げたアレクさんが、寒さに震えながら潤む瞳をルイヴェルさんに向ける。

 言葉では追いつかない分、目で謝罪を訴えているのだろうけれど……。


『うっ……』


 バタリ。……弱っていたわんこ、じゃなくて、アレクさんは意識を失ってしまった。

 私はアレクさんの前足をそっと床に置き、大魔王様に向き直る。

 今にも世界を滅ぼしてしまいそうな迫力の冷たい瞳が、私に屈しろと命じてくるかのようだ。

 屈する……。自分が全面的に悪いのなら、それもいいだろう。

 だけど、今反省したように見せて謝っても、お礼を言っても、暫くは機嫌が悪いままのはず……。

 強制された言葉には何の価値もないと、あの人はわかっているはずだから。 

 ならば、どうすれば穏便に、ルイヴェルさんを普通の状態に戻せるか……。

 私はルイヴェルさんの近くまで歩み寄り、先手を打った。


「えいっ!!」


 その場で高らかに子供のような掛け声を放ち、ポンッ!! と、大きな音と共に白い雲のような煙に包まれる私。謝るのは絶対に嫌だから、──この手を使う。

 微動だにしないルイヴェルさんの目の前まで煙を纏いながら歩き、その邪魔な視界が晴れた瞬間に駆け出し、自ら大魔王様の懐に、ジャンプ!!


「ルイおにいちゃん! な~で~て~!!」


「…………」


 舌ったらずな子供の声音と、同じく小さな幼児の身体。

 子供時代の姿になった私は、恥ずかしいのを必死に我慢して、満面の笑みで大魔王様を直視しながら言った。

 一秒、二秒……、五秒……八秒、……十秒。


「ユキ……」


 ルイヴェルさんの手から鞭が消え、その広い胸にしがみついた私をふわりとあたたかな両腕が包み込んでいく。頭に頬ずりされてから、そっと頭をよしよしと撫でてくれる大きな手のひら。

 見上げている先のルイヴェルさんの表情が、──物凄く和んでいるぅうううううっ!!

 まるで大好物を前にした子供のような、どう見てもさっきとは別人レベルで気配が変わっている!!


「ユキ……、お前っ」


「あ」


 思惑通りにルイヴェルさんを上機嫌にさせた私だけど、その背後に立っていたのはジト目のカインさんだった……!! バッチリ、目撃されて、しま、った?

 自分のプライドをへし折ってまでやった、幼いユキちゃんごっこを見られてしまった!?

 だけど、物凄くご機嫌になったルイおにいちゃんは私の頭を撫でながら、鼻歌まで唄いだしてるしっ。アレクさんは気絶したままだしっ。

 ユスティアード君の部屋からは……、あ、残念なものを見る例の目で四人が……っ。


「あの~……、何か、手伝った方がいい、かなぁ?」


 四人を代表して声をかけてきたヴァルドナーツさんに、私は幼い姿でひくりと口の端を引き攣らせながら頷き、倒れ込んでいる狼さんを指差す。


「へ、部屋まで……、アレクさんを、お願い、します」


「あ~、はいはい。りょ~か~」


「父様ぁっ!! 何があったのっ!? 父様ぁっ!!」


 たとえ姿が大きなわんこ、じゃなくて、狼でも、本来の自分を取り戻したユスティアード君にはアレクさんが自分のお父さんだとすぐにわかったようだ。

 病み上がりの人その2であるのにも関わらず、ユスティアード君は転びそうにある危うい足取りでアレクさんに駆け寄り、その大きな頭部を胸に抱く。

 ごめんね、ユスティアード君……っ。貴方のお父さんは、ある意味私のせいでそんな姿に……!!

 

「カイン、アレクを運ぶのを手伝ってやれ」


「そこで流されて『おう!』とか言うと思ったら大間違いだぞ!! ごらぁあああっ!! テメェだけオイシイ思いしながら、雑用押し付けんじゃねぇよ!! このチョロ眼鏡!! ロ〇コン野郎ぉおっ!!」


 いやもう、本当にその通りというか、ロ〇コン以外は大当たりなのだけど、ルイヴェルさんを不機嫌にさせておくと、後々、面倒なので……。皆さん、本当にごめんなさいっ。

 自ら大魔王様の生贄となった私は、ヴァルドナーツさんとカインさんによって運ばれていくアレクさんを見つめながら、部屋に戻った。

 ──そして。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「──お前達、この非常事態に何をしているんだ?」


 エリュセードと、この時空全体を守る為に表側へと出ていたソリュ・フェイト神こと、ソルお父様が自分の肩を揉みながら戻ってきての一言目がこれだ。

 狼の姿でベッドに横たえられてぐったりと眠っているアレクさん。

 そのアレクさんを心底心配し、前足をぎゅっとしながらオロオロしているユスティアード君。

 そんな彼の周囲に座り込み、様子を見守っているヴァルドナーツさん達。

 そして……、幼女姿の私の頭を交互に撫でまわしているルイヴェルさんとカインさん……。

 本当に、一部、世界の危機を自覚していないにも程がある光景というか、……あぁ、お父様の視線が冷ややかに纏わりついてくるっ。


「……ふぅ。まぁ、これからいつ気を抜けるかわからんからな。今だけは見逃してやろう」


「お父様……、誰も聞いてませんよ」


 特に、私をお人形さんのように撫でまわしまくっている二人は。

 お父様の表情が一瞬だけ上機嫌の笑顔に変化したけれど、──勿論、その直後は鬼神のそれだ。

 容赦も何もない鉄拳でルイヴェルさんとカインさんの頭部にタンコブを三段重ねで作り上げ、全員の目を自分に向けさせる。


「現在状況としては、こんなところだな」


 お父様がひらりと指先を躍らせると、幾つもの映像がそこかしこに表れた。

 この大神殿や大地のある空間の外、エリュセードの表側で起きている……、魔物や魔獣の軍勢との交戦の様子だ。


『ストレス発散にもなりゃしないね!! ──ハァアアアアアッ!!』


 小柄な、愛らしい少女にも見紛う姿を裏切る、男らしく不敵な笑み。

 十二神の一人、レヴェリィ様がその右手に集めた光を思いきり勢いよく振りかぶり、雲の群れさえ覆い隠してしまっている敵の軍勢へと放つ!

 

『『『ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』』』


『『『ギィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』』』


 エリュセードの神々が一度に渾身の力で消滅させられるのが百匹程度だとしたら、今レヴェリィ様が断末魔と共に滅したのは、その何倍もの数になるだろう……。

 世界の終末を予感させるかのような薄暗さを演出している群れ雲に、とんでもない規模の風穴が開く。

 それは一ヶ所だけの話ではなく、数多くの場所に同じ現象が起きている。

地上の守りをエリュセードの神々に任せ、レヴェリィ様を始めとした十二神の方々が軍勢を迎え撃つ役割を担っているのだけど、やはり規格外というか、もうラスボス以上に強すぎるとしか言えない光景ばかりを見せられている。

 手加減していても、容赦のない大量〇〇は心臓に悪いですよ……っ、皆さん!!


『強大な力を持つ者は、その力と扱い方に責任を持たねばならない……。だが、力に溺れし傲慢なる者は、──その身の滅びを否定してはならない!!』


 いつの間に大神殿からあっちに行っていたのか、その手に一冊の書物を広げていたトワイ・リーフェル神こと、フェルお父様が本をバタンッ! と荒々しく閉じた直後に術の発動に入った。

 その背後に炎を纏いながら現れた、深き森の色を抱く巨大な魔術陣。

 十二神だけに共通する古の文字や紋様が陣の中で拘束に回転し、敵の群れへとランダムに神の閃光を放ち、一瞬にして殲滅してゆく。

 

「はぁ~……、マジ容赦ねぇっ、つーか、えげつねぇな」

「効率的な陣の配置によって、確実に多くの敵を仕留めているだけの話だろう。容赦などしていれば、こちらが後手にまわることになる」


 力を抑え、温存しつつ、容赦なしの制裁を……、か。

 とても難しい高等神様技術だけど、十二神の方々がいなければ、このエリュセードは時をかけず……、確実に滅ばされていたことだろう。

 カインさんとルイヴェルさんの冷静な感想を聞いていた私は、そっと別の方向に目を向けた。

 私達は十二神の方々の力を知っているからまだ平気でいられるのだけど……。


「な、なにあれ……っ」


「アヴェルぅう~っ、怖いですわっ、怖いですわぁっ」


「直(じか)に見ると、流石になぁ……。あれが最初に出てきたら、俺達終わってたよな」


「俺達がどれだけちっぽけな存在かって、思い知らされるよねぇ……」


 四人で身を寄せ合い、ぷるぷると恐怖に震えているユスティアード君達だけど……、あれでもかなりの手加減をした状態なんですよ、とは言えない。言っちゃいけない。

 戦場となっている表側の状態を注意深く眺めていたお父様が疲れを帯びた溜息を零し、十二神の力に恐れを抱いている四人を見ずに言った。


「世界に祝福され生まれてきたお前達はそれだけで尊く、平等に愛おしい存在だ。ちっぽけなどという言葉は、俺が許さんぞ」


 怒っている、というよりも、耳に入ってしまった『ちっぽけ』という言葉に寂しさを覚えたのかもしれない。お父様は……、原初の父神たるソリュ・フェイと神は、誰よりも世界に生まれ来る命を愛し、大切にしていた神(ひと)だから。

 ユスティアード君達がしょんぼりと肩を落とし、「ごめんなさい……」と小さく音を零したその時、部屋の扉にノックの音が響いた。


「──ソルさーん、そろそろ俺達も何か出来る事ないかなーって思って来たんだけど」


「ソル様、私達も地上を、民を守る為の戦いに参加させてください」


 十二神の方々の治療の効果がしっかりと効いたのか、負傷していたサージェスさんとロゼリアさんが揃って室内に入ってきた。二人とも、普段の凛々しい騎士様の姿で。

……表面上は大丈夫そうだけど、お父様の目を誤魔化す事は出来ない。


「もう暫く休んでいろ。傷よりも、災厄による神性のダメージがまだ残っているだろう?」


「こんなの、少し怪我の痛みが長引いてるだけの感覚だから大丈夫だよ、ソルさん。──だから、守らせてください。俺達の『家族』を」


 姿勢を正し、迷いなく下げられたサージェスさんの頭。

 ロゼリアさんもその横に並び、深く、深く、その頭を下げていく。

 

「俺は、このエリュセードで生まれた神じゃありません。だけど、サージェスティン・フェイシアとしてこの世界で新たに生を受けた俺は、この地の民の一人です。だから、『家族』を守る為に出来る事を、どうかっ、お願いしますっ」


「ソル様、この世界の全ては、エリュセード神族にとって愛すべき全てなのです。女神フェルシアナ様の剣(つるぎ)として、ロゼリア・カーネリアン一個人として、最後まで戦い抜きたいのです。ですから、どうか……、どうか、お許しくださいっ、ソル様!」


 それは、神として、というよりも、この世界に生まれたひとつの命としての願いなのだろう。

 自分達が生まれた世界を、愛してやまない人達を、空を、海を、大地を、その手で守りたいという……。深々と頭を下げている二人の心を見定めるように視線を向けていたお父様が、ゆっくりと立ち上がる。


「──お前達は弱い」


「「──っ!!」」


 二人と向き合い、私に背を向けているお父様の発した言葉は淡々とした事実の宣告だった。

 だけど……、歯を食いしばった二人の頭へと伸ばされたのは、あたたかな、大きな手。

 サージェスさんとロゼリアさんの頭を抱擁したのは、父のように優しいぬくもり。


「俺達十二神とは比べるべくもなく、お前達は弱い。だが、──お前達の意志は、その願いは、何よりも強い」


「「ソル様……」」


「行くがいい。エリュセードの民は全て眠らせ保護しているが、あの者達の帰るべき『家』を守るのは、お前達の手に任せよう」


「「はい!!」」


 帰るべき家……。

 お父様達がその手で守りたかった命と、居場所。

 守りたくて……、守れなかった、かつての世界(ホーム)。

 愛する人を、大切な人達を守りたい、皆で帰る場所を……。

 許しを貰ったサージェスさんとロゼリアさんの表情が輝き、喜びに染まる。

 そして、二人が早速外に出ようと歩き出したその時、ふと、その動きが止まった。

 ふかふかの極上ソファーにちょこんと座っている幼女姿の私をその瞳に映し、時間が完全停止したかのような錯覚と……、あれ、なんか同情めいた眼差しがっ。


「ユキちゃん、困ったお兄ちゃんのお世話、頑張ってね」


「ユキ姫様はユキ姫様の戦いを、どうか……、健闘を祈ります。それと、副団長の所業、大変申し訳ございませんでした」


「え、えっと、あの……っ」


 何も話をしていないのに、ルイヴェルさんとのあれこれやら何やらを把握されてしまった気がする!! ついでに、アレクさんとのあれも!!

 何故、現場を目撃していないのにわかってしまったのか……。

 多分、それぞれとの長年の付き合いが物を言ったのかもしれない。

 部屋を出て行った二人の無事を祈り、ようやく、いつもの姿に戻ってほっとしていると……。


「「「「「──ッ!?」」」」」


 静寂と平穏の中にあるはずの大神殿が……、この別空間が、目の前の景色がぶれる程に大きく揺れた。全員の目に、張り詰めた緊張感と警戒の気配が満ちていく。


「お父様……っ!!」


 映像の中でも同様の異変が、いえっ、この別空間以上の強大な力によって、世界が酷い揺さぶりを受けている!!

 魔物や魔獣の軍勢のさらに向こう……、エリュセードの外……、時空の海とも、道とも呼ばれるその場所に、──居た!!

 居る、と、そう表現するのはおかしいのかもしれないけれど、ディオノアードの欠片やその本体の何倍も、何十倍も禍々しい災厄の力を帯びた別の巨大な鏡が、世界ひとつを丸ごと飲み込むかのように力を放ち、同時に異形の軍勢を生み出し続けている!!

 私が目を開けると、他の皆も同じものを視たのか、表情が忌々しそうに歪んでいた。

 ただ一人、お父様だけが特に動じた様子を見せず、衣を翻しながら扉に向かって行く。


「アヴェルオード、そして、ユスティアードとお前達はここに残れ。それからルイヴェル、お前は連絡係も兼ねて、ここで待機だ。万が一、何かが起こった場合は、アヴェルオード達を守る役目を任せる。──ユキ、カイン、行くぞ」


「……わかり、……ました」


 一瞬の間が、返答までの僅かなその間(ま)が、ルイヴェルさんの不満を表している事にはお父様も気づいている。

 眼鏡越しの、抑え込まれている苛立ちの気配と共に私へと注がれる視線。

 頭の中に地鳴りを伴うかのような不機嫌な声が響く。


『何故、俺はさっきサージェスの奴をとっ捕まえておかなかったんだろうな?』


『あは、……ははっ。お、お留守番、よろしく、お願い、しますっ』


 まぁ、ルイヴェルさんなら何があっても冷静に対処してくれるだろうし、お医者様としても頼りになるし、多分……、適材適所? のはずっ。

 私が戦場へ出るのに、自分が残される事にご機嫌斜めになってしまった王宮医師様に引き攣り気味の笑みを捧げ、何か良くない行動を起こされない内に出口へと急ぐ。

 だけど、廊下に出ていくカインさんの後ろに続いていた私は、ふと足を止めて振り返った。

 ベッドの上で辛そうに小さく呻いている一頭の狼……、アレクさん。

 そして、その傍から心配そうに私を見ているユスティアード君。

 やっと、親子の再会が叶ったのに……、ゆっくりと語り合う時間さえ、その余裕さえない二人。

 早く……、早く、この世界に、時空に、平穏を取り戻さないと。

 二人が、この世界の、時空の中に生きる全ての命が、その幸せな時を脅かされる事がないように……。自分の使命と覚悟を胸に定め、私は少しだけ表情を崩して和ませる。

 大人の姿をしていても、まだ幼い……、彼の心に芽生えている不安や恐怖を、少しでも拭い去れるように。


「ユスティアー……」


「…………」


 アレクさんとよく似ている顔のユスティアード君と交わる視線。

 そういえば、倒れたアレクさんの治療の際にちょっとだけ話はしたけど、本来の彼と個人的な会話をするのは今が初めてかもしれない。

 改めて自己紹介をして、それから……と考えたけれど、生憎と時間がない。

 でも、このままその子犬のように寂し気な不安顔を心に焼き付けたまま出ていくのも……。

 

「ユキ!!」


「あっ、はい!! 今行きます!!」


 災厄が新たな動きに出た。それにいち早く対処する為に行動の遅れを出すわけにはいかない。

 私は少し先から声を掛けてきたカインさんに返事を返し、短く伝えたい事だけをユスティアード君に伝える事にした。


「ユスティアード君! アレクさんの事、お願いします!! それとっ、ぜ、全部無事に終わったら、え~と……っ、あ! 一緒にお茶の時間をっ!!」


「え……?」


「遅いって言ってんだろうが!! ほら行くぞ!!」


「きゃあっ!! ちょっ、カインさんっ、首をホールドしないでくださいよ!! あ、そ、それじゃあっ!!」


 他にも伝えたい事や話したい事は沢山あったけれど、今の私が口に出来たのはそんな些細なお誘いの言葉だけだった。

 目を丸くして私に何か返そうとしたユスティアード君の顔が、もう見えない。

きっと凄く戸惑った事だろう。何故、私に名指しでお茶の誘いを受けたのも謎だらけに違いない。

だけど、今はこれでいい。

災厄と、『この時空を脅かしている存在』の件を無事に収束させた後に、平和になったこの世界で……、天上の女神ユキとして、向き合いたい事があるから。

 私は自分の胸に小さな握り拳を寄り添わせながら表情を改め、エリュセードの表側へと飛び込んで行った。──私達の未来(明日)を、切り拓く為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る