第40話 罰

 ――Side 幸希。


「大人しく捕まってください!!」


「――っ!! 嫌ですよ!! 姫がオレの心をわかってくれないのなら、押し通すまでです……!!」


 十二の災厄を封じてある大神殿。

 それぞれの災厄が眠る部屋に続いている、円型の空間。

 その場所で神の力を揮いながら、私はかつての世話係と激しい戦闘を繰り広げていた。

 理蛇族の王子、シルフィオンの器から神の器へと戻っているシルフィール。

 その手には、十二の災厄のひとつ、ガルシュディーヴァの槍が握られている。

 他の神々には誰も、誰も近付く事も、この場所に辿り着く事も出来ない、大神殿の迷宮。

 番人だからこそ、シルフィールはそれを手にする事が出来た。

 すでに目覚めているガルシュディーヴァの槍。その力の恩恵を受けて、シルフィールは格上の神である私に抗ってくる。

 ユシィールと一緒に、エリュセードの外に逃げてほしいと願った私の心を拒んで……。

 私も、ディアーネスさんから譲り受けた双剣をひとつの剣に変え、攻撃に転じてくるシルフィールの槍身を受け止め、迷いを抱いていない青瞳を睨む。


「私が……っ、私とレイシュお兄様がっ、全部背負うって、そう言ってるじゃないっ、です、かっ!!」


「オレがやった事を、何で姫達が背負うんです、か……!! エリュセード神族は……っ、きっと貴方達兄妹を破滅に追い込み……っ、神器を、破壊、し……っ、魂を……っ、永遠に、封じようとするはず……、ですっ!!」


「それが、主として、貴方達を狂わせた私達の責任、ですっ!! エリュセード神族の気が済むまで、私は罰を受けます!!」


「させません!! オレは、オレとユシィールは、貴方達の幸せだけを願い、行動を起こしたんですっ!! なのに、アイツは土壇場になってオレを、姫達を裏切った……!! 姫が天上に戻った時、悲しむから、と……。エリュセード神族に憎まれ、神器まで破壊されそうになったというのに!! あんな奴らに情をかけた!!」


 男の力で私の剣を押し返し、シルフィールが左手を突き出す。

 バランスを崩してよろけた私は、発動したその術を受けないように足を踏ん張り、寸でのところで直撃から脱する。


「くっ……!! こ、っの、……シルフィールのわからずやぁあああっ!!」


「その台詞っ、全力で姫にお返ししますよ!! このっ、史上最強のアホ姫!!」


「誰がアホですかあああああっ!!」


 私だって、お父様の娘だ。幼い頃からある程度の戦闘教育は受けている。

 簡単に眠らされて終わりなんていう醜態は晒さない!!

 宙へと勢いをつけて飛び上がり、槍を構えなおしたシルフィールへと全力で剣を振り下ろす。

 出来る事なら……、本当に、逃げてほしかった。

 シルフィールとユシィールが天上への報復を決意し、それが現実となってしまったのは……、あの時、自分の事しか考えずに逃げた私のせいだから。

 だから、罰されるべきは私。レイフィード叔父さん……、レイシュお兄様も一緒に償うと言ってくれたけど、その時が来たら……、私は御柱の三人に頼むつもりだ。

 神々と、世界の怒りは全てこの私に。その代わり、シルフィールとユシィールを許してほしい、と。全てを何もなかったように流す事は出来ない。誰かが、その責任を取って幕を引かなければならない。そう知っているからこそ、私は決めた。

 それなのに、シルフィールはエリュセードという世界ごと天上の神々を滅ぼし、私達を解き放つと言って聞いてはくれない。

 味わった屈辱を、家族を不幸にされた当然の報復だと、信じて疑わない。

 

「言ったじゃない、ですかっ!! 私の幸せを願う、悲しむような事はしない、って!! シルフィールの嘘つき!!」


「ぐっ……!! 嘘じゃありません、よ……!! オレは、オレ達は、姫達の幸せだけを願って生きるっ。命じられたからじゃない。大切な家族、だから……っ、エリュセード神族の悪意、から、貴方達を……っ、守りたいだけ、なんだっ!!」


「ふざけないで!! その為に、そんな事の為に……っ、私達の愛した世界を巻き込まないで!!」


「――っ」


 そんな事をされるくらいなら、私はエリュセード神族の怒りを向けられたままでいい。

 陰口を叩かれようと、この身を傷付けられようと、神器を破壊され、魂を囚われようと……。

 エリュセードの皆が笑って暮らしていられるなら、喜んで眠りの中に在ろう。

 二度と目覚める事がなくても、愛する人達への想いさえあれば……、私は。


「はぁ、……ッ、……そんな、事、どうでも、……どうでも、いいんですよ!!」


「――っ!!」


「オレは、姫とその家族さえ幸せになってくれれば、他はどうでもいい!! 姫がエリュセードの神々や民の幸せを願っても、アイツらにそんな資格はない……!! 知ってますか? 地上の民は、貴方達家族を疎ましく思う神々に吹き込まれ、腹立たしい文献を多く残しているんですよっ。エリュセードを滅ぼす災厄の一族、邪神の流れを汲む者だとっ」


「だから何ですか!! 誰に何を言われようと、私は聞き流します!! 大体っ、……くっ、それだって一部の人達の間の話じゃないですか!! エリュセードに暮らす全員の話じゃない!! 何の罪もない人達まで巻き込んでっ、全部を自分達の敵だなんて、……決めつけないで!!」


 たとえ、私のせいでその心が追い詰められ、当然の事に目が向かなかったとしても……。

 エリュセードの全てを敵だとか、私達を不幸にする存在だとか、そんな事、絶対に考えないでほしい!! 今度は私がシルフィールの防御を崩し、怒りに任せてその肩を斬りつける。


「ぐぅっ!!」


「憎しみに囚われ、私の為に狂ったと言うのなら……、私が目を覚ましてあげます。そして、全てが終わった後……、貴方に与える罰は、封印される私の未来。自分のやった事を、冷静になった頭でよく考えさせてあげます」


「はぁ、……はぁ、痛っ。勇ましく、なられたものですね。そして、相変わらず、身内に対しては、暴力、過多、だ……」


「暴力じゃありません。困った元世話係への、当然のお仕置きです」


 顔や服に飛び散った血の匂いに少しだけ吐き気を覚えながら、私は剣の切っ先を向ける。

 左肩を強く斬りつけられたシルフィールだけど……、その傷が、あっという間に塞がっていく。

 ガルシュディーヴァの槍。あれが、シルフィールに力を与え、そして、……彼の心を頑なにしている。幸い、彼が槍の力をきちんと制御出来ているお陰で他の災厄は沈黙を守っているけれど……。

 早く、シルフィールを気絶させるか眠らせるかして、彼の魂を捕らえないと。

 私の願いを拒むというのなら、魂を回収して眠りに就かせ、それを全てが終わった後に……、ユシィールに託す。彼の魂と、神器を。

 だけど、……思ったよりも、手強い。それに、災厄の力を本気で使われ始めたら、他の災厄を気にしながらの戦いになってしまい、私に隙が出来やすくなる。


「姫、来るなら全力でどうぞ……。今、ここで残りの災厄が目覚めても、オレは何も気にしませんよ。天上を滅ぼす手間が省けますしね」


 災厄の力が揺らめきだしたガルシュディーヴァの槍。

 その気配が荒波のように高ぶった瞬間、私のすぐ目の前に、シルフィールの姿が飛び込んできた。

 駄目、今度は避ける暇が――。


「ユキ!!」


 靄めいた紫闇に飲み込まれかけた瞬間、私は腕を引かれ、何かの温もりに包まれた。

 自分の身体を抱き締めている何かが、災厄の力を避けるのと同時に、床へと転がる衝撃が伝わってくる。この感触は……、触れていると、とても安心出来る……、この、優しい匂いは。


「あ、アレク……、さん?」


「……大丈夫、か? ユキ」


 どうして、アレクさんがここに? 誰にも言わずに、王宮を出てきたのに……。

 私を胸に抱き締め、安堵の息と共に頬を包み込むアレクさんの手。

 シルフィールを前に、どうにか踏ん張っていた心が……、ぐらりと、情けなく崩れ落ちそうになるのを感じた。……今、この人と会いたくはなかった。

 一人で、シルフィールの事を片付ける気だったのに、アレクさんの温もりに包まれてしまうと……、私は。

 

「す、すみません……っ。だ、大丈夫、です、からっ」


「駄目だ。ここから先は、俺も一緒だ」


 支えられながら起き上がろうとしていた私を、アレクさんが腕の中に閉じ込めて離してくれない!! ちょっ、こんな時に何を考えてるの!! この人はぁああっ!!

 前にも言ったのに!! その過保護さと蜂蜜級の甘やかしが私を駄目にするって!!

 流されちゃ駄目、流されちゃ駄目!! ようこそ!! ベタ甘の箱庭へ!! な世界に引き摺り込まれちゃ駄目!!

 力で叶わないと判断した私は神の力を発揮して無理矢理にアレクさんを引き剥がし、息を切らして立ち上がった。よし、勝った!!


「ユキ……」


 聞こえない、聞こえない!! すっごく寂しそうな声音で同情を引こうとする気配を発揮されても、私は全力で抵抗する!!

 

「ストーカーの鑑のような鬱陶しい男ですね……。アヴェルオード神」


「お前と同じように、ユキの幸せを願う、一途な男だと思うがな? シルフィール」


「ソル様……。貴方まで来たんですか。オレ達の問題に……、忌まわしい御柱まで連れて」


 

 流石に、はじまりの十二神を相手に何が出来るわけもないと悟っているのだろう。

 シルフィールはガルシュディーヴァの槍を下ろし、お父様に向けて礼を取った。

 

「姫に真実を教えたのは、ソル様ですね……?」


「他にはいないだろう? お前も、昨夜、俺が力を使った瞬間に気付いたはずだ。こうなる、とな」


「気付いても、先を読んでいても、オレの考えは変わりません。姫達家族が受けた苦痛を、オレ達がどんな思いで耐えていたか……。エリュセード神族に思い知らせます」


「俺を前にしても自分の考えを堂々と口に出来る、という事は……。お前にもわかっているというわけだな? 今更何をしようと、俺一人の手には負えない、と」


「違いますか?」


 槍を手に立ち上がり、お父様を前にしても、シルフィールに臆した様子は見られない。

 どちらかといえば、挑む、というよりも……、もう、どうにもならないと、全てを丸投げして諦めているようにも感じられる。自分が考えを改めたところで、何も変わりはしないのだ、と。

 

「災厄の種は、このエリュセード中に根付いています。いずれ、孵化の時がくる。その瞬間、地上だけでなく、天上の神々も負の力に飲み込まれる事でしょう。ソル様が何をしても、最早手遅れですよ」


『そうだね~。ソル兄様だけなら、ちょっときつかったかも? かなぁ~』


「――っ!?」


 クスクスと笑う、可愛らしい子供の声。

 それは、アヴェル君やマリディヴィアンナの声でもなく……、けれど、何故か、知っている、そんな気がして仕方がない声だった。

 警戒心を強めたシルフィールが周囲を見回し、槍を構える。

 だけど、その手から槍が突然弾き飛ばされ、クルクルと宙を舞って……、お父様の手へと収まった。呆然としているシルフィールが青ざめ、直後、何かの衝撃を受けたかのように後方へと吹き飛ぶ。


「シルフィール!!」


「ユキ、動くなっ。全てソル様と、レヴェリィ様にお任せするんだ」


「レヴェ、リィ……?」


 それは、私がまだ幼い頃にお父様が聞かせてくれた、誰かの名前。

 何の話だったのかよく思い出せないけれど、確かに、聞いた事がある。

 壁に叩きつけられ、ドサリと床に倒れ込んだシルフィールの前に、小柄な姿が現れるのを見た。

 私の髪よりもふわふわ感が強い、ところどころクルクルと巻き毛になっている……、白銀髪の子供。腰に当てられた両手、響き渡ったさっきと同じ声。


「お生憎様だったね~!! 十二神は、ソル兄様だけじゃないんだよ!!」


「くぅっ……、貴方、は……」


「僕は創夢のレヴェリィ!! この凄まじい可愛さは全世界中、どこを探したって見つからないから、よぉ~くその目に焼き付けておくんだね!! このお馬鹿!!」


「変わり者のオスだ。本性は腹黒の不良気質である事も補足しておこう」


「ソル兄様、うるさぁ~い!!」


 創夢の、レヴェリィ……。はじまりの世界が滅ぶ際に、お父様を守り、死した十二神の一人。

 その魂の行方を聞いていなかったけれど、恐らく……、十二神の魂はお父様と共に在ったのだろう。何だか物凄く可愛い女の子……、じゃなくて、え~と、男の、子?

 とにかく、レヴェリィ……、様? が、シルフィールからガルシュディーヴァの槍を取り返してくれたお陰で、他の災厄が目覚める危険を心配しなくても良くなった。


「こういう……、濃い神、ばかり、なんですか……? 十二神とは」


「そうだな。個性派揃いである事は保証しよう」


「ふふ、……流石は、ソル、様の、お仲間、ですね。……分が、悪すぎる」


「逃げるか?」


「オレを捕まえても、見逃して、も……、何も、変わりません、から、ね。好きな方を選べと、……そう言われる、の、でしょう? ねぇ、ソル様」


 槍をその手にしても、お父様は一歩も動かず……、笑みを、浮かべた。

 

「その通りだ」


「ソル様!? 何を言っているのですか!! その男は……、シルフィールは、災厄を解き放った罪神(つみびと)だと、わかっているのに……!!」


「本人も言っただろう? どちらにしても意味はない、と。それに、エリュセードの記憶を読んだ際、俺もエリュセード神族の我が家族への仕打ちに関して……、怒りを持たなかったわけではない」


「――っ」


 一瞬だけ、お父様の真紅の双眸に……、憎悪に似た危うげな光が宿るのを見てしまう。

 何事にも寛大な神(ひと)だけど、娘の私も……、今、本気で身の危険を感じてしまう程の苛烈さが、冷酷な気配が周囲を圧倒したのは確かだ。

 

「ユキ、シルフィール達の咎を自分が引き受けると言った事、偽りはないな?」


「は、はいっ」


「ならいい。シルフィール、お前は自由だ。ユキの心に従い、エリュセードの外に逃げるも良し、この世界の結果を見届けるも良し、好きにしろ。――ただし、二度と俺達の前に現れるな。このエリュセードに近付く事も、この俺が許さん」


「…………」


 それは、もうお前は自分達の眷属でも、家族でも何でもない、と……、そう、宣告されたも同然だった。エリュセード神族が裁かなくても、いや、裁かれるよりも、……シルフィールにとっては、あまりに残酷な言葉。

 

「あ~あぁ……。死ぬよりきついね、それ。でも、怒った時のソル兄様って、相変わらず格好良さ倍増しって感じで、僕は好きだよ~!! きゃっきゃっ」


 お父様が無条件に許すわけではないと、シルフィールもわかっていたのだろう。

 一度、その寂しそうに揺れた双眸を私へと向け、小さく……、「姫……」と、紡ぐのがわかった。

 思わず、アレクさんの傍を離れ、私はシルフィールの許に歩み寄りそうになったのだけど、すぐ耳元で声が聞こえた。


『行ってはいけませんよ、セレネ』


「え?」


 私の目の前に、銀緑の光を纏った男性が立ちはだかっていた。

 朧気だったその姿が徐々にはっきりとし始め、黄昏の夕陽を思わせる髪の男性が……、私の肩に手を置いて留める。しっかりと感じる、生身の温もり。

 

「彼は罪人になった。経緯がどうであれ、何かしらの罰を受けなくてはいけないのですよ」


「あ、貴方は……っ」


「フェル……、勝手に出てくるなと念を押しておいただろう?」


 少しだけ、怒った気配の声に振り向けば、お父様が眉を顰めてこちらを睨んでいた。

 アレクさんは……、あれ、膝を折って礼の姿勢に。

 向いている先は私と男性の方。私に対してそんな事をする必要はない、から……、え~と。


「もしかして、貴方も十二神の御一人なんですか?」


 私がぽかんとしながら尋ねると、眼鏡を掛けているその男性が、優しそうな気配を湛えた深緑の瞳で私に頷いてくれた。


「十二神が一人、トワイ・リーフェルです。……初めまして、ユキさん」


「……初め、まして」


 あぁ、そうだ。お父様から聞かされた話の中にいた神(ひと)だ。

 セレネフィオーラの教育係として、一緒に暮らしていた神。

 だけど、私にその記憶はなく……。

 トワイ・リーフェル様の、何かを耐えているような気配に既視感を覚えた。

 誰かの姿と、重なったような気がする。

 幼い時の記憶を封じられ、二十歳を迎えてから、このエリュセードに帰還した時に……。

 あぁ、そうか。――ルイヴェルさんだ。

 自分との記憶がない私を前にして、初めましてと口にした時のルイヴェルさんと、似ている。

 あの時の心境と、トワイ・リーフェル様のそれは、きっと同じなのだろう。

 でも、それを知っていても、何も、言えない……。

 だから私は、改めて自分の名前を口にし、挨拶と共にぺこりと頭を下げるだけに留めた。

 トワイ・リーフェル様が、苦笑気味に私の頭を優しく撫で、お父様の所に足を向けていく。


「さてと、さっさと仕事を済ませましょうかね。一の神兄殿?」


「……フェル」


「何ですか? 可愛い娘さんに俺が挨拶しちゃ駄目だっていうんですか? ねぇ……、お父さん」


「知らん。ふぅ……。レヴェリィ! この槍はお前に任せる」


「はぁ~い!! ふふ、お父さんバトルってやつだね~!! あ、でも、地上に別のお父さんもいるんでしょ~? 三角関係ならぬ、四角関係だ~!!」


 何故か楽しそうにはしゃぐレヴェリィ様の方に視線を向けた私は、いつの間にかシルフィールの姿がなくなっている事に気付いた。

 私がトワイ・リーフェル様に気を取られている隙に、本当に……、行ってしまった。

 

「ユキ……」


「アレクさん……。すみません、天上を、エリュセードをこんな事態に追い込んだ神(ひと)を、私は……」


 自分のした事はわかっている。

 私は、このエリュセードも、天上の神々も……、アレクさんの事も、裏切ってしまった。

 罪神(つみびと)を裁きの場に引き摺り出す事もせず、逃げろと言った私。

 ……個人的な感情で、私は自分の家族を選んだ。

 その罪悪感と、裏切りの行為を胸に、私はアレクさんに小さく謝罪の言葉を告げてからお父様の所に逃げてしまう。このエリュセードを守り、愛し育み続けてきた神(ひと)の傍に、自分は不要の存在だと、そう思いながら。


「このガルシュディーヴァの槍を含めた、十一の災厄をそれぞれ回収に向かってくれ」


「りょうか~い!!」


「はいはい。それが終わったら、少しの間は自由にさせてくださいよ? 一の神兄殿」


 お父様からの指示で、レヴェリィ様とトワイ・リーフェル様がそれぞれの定めた通路へと消えていく。そして、お父様の身体から現れた幾つかの光が、二人とは別の通路に向かいながら、徐々に人の姿へと変わりながら同じように。

 あれは、多分……、お父様以外の十二神の方々なのだろう。

 はじまりの世界が滅んでから、長い、長い、あまりにも長い年月が過ぎ去った。

 魂が癒え、お父様と同じように神器を取り戻し、復活を遂げていた事は考えなくてもわかる。

 

「ソル様、災厄をどうなさるおつもりなのですか?」


「俺達の魂にそれぞれ取り込む」


「……浄化は、しないのですか?」


「出来る。一瞬でな……。だが、目印を作る為にも浄化はまた後日、だ」


「目印?」


 首を傾げるアレクさんに、お父様は両腕を胸の辺りで組みながら片目を瞑って笑ってみせる。

 浄化ではなく、ただ、取り込むだけ……。それは、危ない事ではないのか?

 アレクさんが心配そうにお父様を窺うと、答えはあっけらかんとしたものだった。


「言っただろう? 一瞬で浄化出来る程度のものだと……。はじまりの世界を喰らい尽した災厄は、この大神殿に眠る存在(もの)とは比べる事も出来ない、何千倍もの力を揮っていた。それに比べれば、大した事はない」


「何千、倍……、ですか」


「お父様……、よくそんな恐ろしいものを相手にして、生き延びられましたね……」


 何千倍、って……。それ、余裕でエリュセード・バッドエンド級じゃないですか!!

 というか、そのおっそろしい災厄が……、確か、このエリュセードを目指して移動中、だった気が。私とアレクさんの全身に、ダラダラと絶望の冷や汗が滝のように流れていく。


「あぁ、すまん、間違えた」


「あ、違うんですね。過剰表現だったんですね」


「いや、何千万ば」


「聞きたくありませんので、お口チャックでお願いします!! お父様ぁああっ!!」


 そんなの聞いたら……、エリュセード神族全員一致で白旗挙げて全力逃亡の選択しか選べませんから!! あぁ、アレクさんが、どんどん真っ青に……!!

 結局、私は十二神の方々がこの場所に戻って来るまでお父様の口を背後から両手で塞ぎ、ぶらんぶらんとしているしかないのだった。

 そして、ディオノアードの鏡以外の災厄を取り込んで戻ってきた方々の顔や手には、最初に見た時にはなかった黒い痣が浮かんでいて……。

 トワイ・リーフェル様以外の全員が光となってお父様の中に戻ると、今度は、お父様の身体に痣が浮かび上がった。ひとつじゃなくて、沢山の痣が。


「お父様……」


「大丈夫だ。災厄を取り込んだ証のようなものだからな。目的を果たせば、すぐに消える」


「そうですよ。他の神々であれば害になりますが、俺達十二神には、少し不快だなと思う程度です。それでは、俺は先に用事を済ませに行って来ますので、また後程」


「トワイ・リーフェル様? どこに……」


 私が行き先を訪ねると、トワイ・リーフェル様は着ている白衣を翻し、こちらへと向いた。

 

「息子に、会いに行ってきます」


「「息子?」」


 つい、アレクさんと一緒にはもってしまった。

 口元に添えられた指先と、お茶目なウインク。トワイ・リーフェル様は何やら楽しそうなご様子だ。


「息子さんが、いらっしゃるんですか?」


「ええ。この大神殿の外で暇そうにしているようなので、久しぶりに親子の語らいでもしてみようかと思いまして」


「そうなんですか。じゃあ、ゆっくりと親子水入らずで過ごせますね。行ってらっしゃいませ」


「はい。行って来ます」


 先に大神殿の外へと向かって行く、トワイ・リーフェル様。

 その上機嫌の背中を見送りながら、私はアレクさんと一緒に首を傾げる。


「息子さん、いたんですね……」


 それも、この大神殿の外に、って……。

 あれ、でも……、はじまりの世界が滅びてから、トワイ・リーフェル様の魂はずっとお父様の中で癒しの時を過ごしていたわけで……。


「はじまりの世界にいた時に生まれた息子さんですか?」


「そうだ。はじまりの世界が滅びるよりも前に、トワイ・リーフェルが生み出した息子三人は外の世界……、いや、あの頃はまだ他に世界のない時空の海だったな。そこへと旅立って行った」


「へぇ……」


「フェルから生まれた三人の息子達、その末っ子だ」


「末っ子……、ふふ、私と一緒なんですね。どんな神様なんですか?」


「そうだな……。俺達十二神にはない、特殊な」


 と、お父様が言いかけたその時、外からとんでもない大爆音が響き渡ってきた。

 強大な力がぶつかり合い、けれど、どこか遠慮をしている様子が伝わってくるこれは……。


「あの……、これって」


「気にするな。日常茶飯事の親子喧嘩の復活だ。フェルの構いたがりに、末っ子が全力で抵抗しているんだろう」


「ソル様……、止めに行ってきます」


「行く必要はない。好き放題にやり合ったら片づけをしておけと、昔、散々説教しておいたからな。俺達が出る頃には、綺麗に元通りだ」


「「…………」」


 気まずかったはずの空気もどこへやら。

 私とアレクさんは顔を合わせ、お互いに盛大な溜息を吐いて奇妙な疲労感を味わうのだった。

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