第20話 天上の神々と、困ったルートへの突入?
――Side 幸希
「綺麗ですね……。これが、レアンの努力の成果」
あの騒動の夜、ルイヴェルさんの分身が彼女に扮して舞っていた姿も艶やかで美しかったけれど、本物のレアンはもっと……、言葉に出来ない程に心を揺さぶる動きで観客を魅了している。
この獅貴族の王国では、お祭りの最終日に舞手である巫女の役目に選ばれた者が、その祈りと舞を天上に住まう女神様に捧げるのが習わし。
巫女と民の願いと思いを受け取った女神フェルシアナ様は、巫女の身体を借りて人々に神の言葉を与える……。穏やかな様子で星々の輝きと共に地上を見守っている夜空から、あの晩のように薄桃色の花びらが神の祝福と共に舞い降りてくるのが見えた。
けれど、これからレアンの身体に降臨するのは、女神フェルシアナ様ではない。
「アレクさん、行きましょう」
「あぁ」
傍に寄り添ってくれていたアレクさんと手を繋ぎ、私達は舞台のある場所をこっそりと離れ、誰にも見られない回廊の隅から夜空へと飛び立つ……、前にアレクさんが自分の着ていた騎士服の上着でしっかりと私を包んでくれた。
アレクさんの顔が少し心配そうなのは、きっと私の体調をまだ心配しての事なのだろう。
この異世界エリュセードに戻って来たあの時からよりも、もっと前。
天上で幸せな時を過ごしていた懐かしいあの頃から、ずっとこの人は私に対して過保護のままだ。
左の頬に、そっとアレクさんの右手が触れる。
「俺がお前を抱えて飛ぶ。抗議の声は、聞かない」
「大丈夫ですよ。私だって記憶が戻ってからは普通に飛べ、きゃっ!!」
宣言通り、アレクさんは私を横向きのお姫様抱っこで抱えあげると、すぐに地上を飛び立ってしまった。自分の腕の中にしっかりと私を抱き締め、ぐんぐんと獅貴族の王宮から遠ざかっていく。
私達が目指しているのは、闇と煌めきに彩られた大空の世界の遥か上の方にいるだろう人物。
徐々に見え始めて来たのは、地球で言うところの、アルパカさんによく似た動物達が群れを成している一角。その中心にあの方がいる。
「相変わらず……、凄い数のお供の皆さんですね」
「アイツは、どこに行くにもあれが基本状態だからな……」
あの群れの中心にいるのは、今地上で降臨を受けているレアンの中にいる人物。
精神だけを飛ばす状態になるから、それが終わるまでは待っておこう。
永い時の中、ずっと御柱の一人として世界を支えてくれていた功労者。
私にとっても大切な方だけど、アレクさんにはもっと大切な……。
『アヴェルオード様、姫君、お待ちしておりました』
群れの中から、一頭のアルパカさんそっくりの、正式名称フェルティアと呼ばれる動物が私達の方へと宙を歩きながら寄ってきた。
その背には力強く大きな両翼が生えており、神獣特有の気配が漂っている。
この子は確か、あの方の一番の側近だったはず。
すりっともふもふの頭をすり寄せて挨拶をしてくれたフェルティアに、私はその頭を撫でて、ぎゅっとその温もりを抱き締める。
「お久しぶりです。パールさん」
主と仰ぐ神様から名付けられた本当の名前は、フェルムーンパールさんだけど、私は愛着を込めてパールさんと呼んでいた。あぁ、この極上のもっふり感が堪らない。
頭や背中を存分にもふっていると、アレクさんが何故か不機嫌になった様子でパールさんの顔を右手で向こうに押しやってしまう。
「ユキ……、俺の毛並みでは、やはり不満なのか」
「え?」
「ファニルにも負け、今度はフェルティアにまで……」
「アレクさん……、張り合う必要って、ありますか?」
そういえば、天上にいた頃も、私がもふもふの動物達ばかり構っている時に、アレクさんこと、アヴェルオード様は寂しそうにしていたような気も……。
声をかけようとしているパールさんをむぎゅむぎゅと片手で押し返し、アレクさんは捨て犬のような目で私を見つめてくる。うぅ……、だから、その母性本能を擽る真似はやめてほしいっ。
パールさんに対抗する為か、アレクさんはポンッと音を立てて狼の姿へと変化する。
『ユキ……』
「アレクさん、ここに来たのはもふもふ勝負をする為じゃないんですよ? はぁ……」
『アヴェルオード様がお望みであるのなら、この自慢のもふもふを』
「パールさんも張り合おうとしないでください」
同じもふもふ動物としてのプライドが疼くのか、私を挟んで二頭の獣は真剣な目で張り合っている。
すると、そこへ役目を終えたのか、目当ての人物が……、あ。
「フフフフフフフ、待っていたよ……。この時を!!」
『――っ!?』
狼アレクさんの背後に現れた柔らかな金髪の男性こと、御柱の一人、――イリュレイオス様。
何故かその手に魔力で出来ているらしき光の縄を持っており、あっという間にそれを使ってアレクさんをぐるぐる巻きにしてしまった。
身動きの取れなくなったアレクさんをその腕に抱き締め、イリュレイオス様は笑顔の下に隠しきれない黒さを漂わせながら、嫌がらせのように狼の毛並みに頬をすり寄せる。
「永かったよ……っ。残った神々と一緒に根性で世界を支え続けて幾年月……。あぁ、こんなポンコツ長兄でも、役に立つ時が今!!」
『グルルッ!! 離せ!! この縄を外せ!! 愚弟!!』
「嫌だね!! ようやく記憶と神名を取り戻したんだろう? それならずっと頑張ってきたボクに感謝しまくって、恩返しをすべきだ!! このポンコツ愚兄!!」
太い前足でイリュレイオス様の顔をげしげしと打ち付けるアレクさんと、それでも嫌がらせ全開で抱き締めまくる御柱の御一人……。
説明すると、アレクさんことアヴェルオード様の実弟が、このイリュレイオス様なのだ。
仲は悪く……、なかったはずなのだけど、イリュレイオス様に対しては遠慮など出来ない性質(たち)らしく、アレクさんはいつも言葉遣いが少し乱暴になってこうなってしまう。
天上にいた頃は、よく目にした光景だったな~と、私は寄って来たフェルティアの群れに埋もれながらその様子を眺めておく事にした。あぁ、もふ、もふ。最高の触り心地万歳。
「大体だね~、御柱がボク一人だけじゃ、世界の調整や維持なんて無茶ぶりにもほどがあるんだよ。それなのに、一気に二人ともボクを残して眠りに就くとか、横暴にもほどがある!」
『それは、申し訳なかったと思っているが……』
「じゃあ、すぐに天上へ帰還したまえよ! たとえあの子に力と神花を分け与えていても、この世界に刻んである御柱の存在価値は伊達じゃない。さぁさぁ、帰るよ!!」
御柱の存在価値。
それは、フェルシアナ様、アヴェルオード様、イリュレイオス様の三人が御柱と呼ばれる所以でもある。世界を創る際に、誰がこのエリュセードの親となるのか、その神の存在を刻んだ儀式。
私は後の時代に生まれているから、お父様とお母様の話でしか知らないのだけど。
世界は、親として刻まれた神の存在を感じる事で、世界を維持し、支え続ける力を得る。
エリュセードの場合は、御柱と呼ばれる三人の神の名前が刻まれているらしい。
だから、私のお父様が滅ぶきっかけとなった異界からの襲撃の際に、三人の御柱は天上にて待機となった。一番守らなくてはならない、世界の親としての存在だから。
けれど、『悪しき存在』との戦いの折に、アヴェルオード様は欠片を抱いて眠りに就いた。
そして、フェルシアナ様は、十二の災厄の暴走と収拾をつける為に力を使い、その時に、ディオノアードの鏡によって支配された神々から受けた傷が元で、眠りに……。
神が眠りに就くと、世界はその存在を感じ取る事が難しくなり、唯一天上で眠りに就かずに済んだイリュレイオス様の存在だけを親として頼りにする事となる。
今は、アレクさんが狼王族の肉体の中であっても、覚醒を遂げているから、天上で必要な手順を踏めば、世界はもう一人の親を取り戻す事になるのだ。
そうすれば、世界の調整と維持の力が正常なものへと近づく。
「残った神々と、浄化を終えて戻ってきた神々もいるけど……。正直限界なんだよ。世界が求めているのは、御柱であるボク達三人の存在なんだから」
勢いのままにアレクさんの身体をもふっていたイリュレイオス様が、急に力尽きたかのようにぐったりとその上に倒れ込んだ。大慌てで傍に寄った私やフェルティアの目の前で、虚勢を張っていたのか、イリュレイオス様の顔色が見る見るうちに青ざめていく。
「三人いた御柱が、一人になったんだよ……。フェル姉さんなら一人でも大丈夫だったかもしれないけどね……。ボクは、御柱の中でも一番力が弱い。過ぎた重荷、だった、から……」
「イリュレイオス様……」
「姫も久しぶりだね……。本当は、再会の喜びを、……むぎゅっとしたいところなんだけど、ちょっと、今は無理、かな。アヴェル兄さん、……天上まで来てくれる、よね? ていうか、強制連行だ。覚悟しやがれ、このポンコツ愚兄」
今に至るまで、世界を支え続けて来られた事自体が、きっと奇跡。
いいえ、イリュレイオス様が、ご自分の責務と、いずれ戻って来る神々を思って、耐え続けてきた事の表れ。人の姿に戻ったアレクさんがイリュレイオス様の身体をその腕に抱き上げると、フェルティア達に先導され、一度天上に向かう事を受け入れた。
「相変わらず、口の悪さが後に残る奴だ……」
頑張り続けてきた弟の頬を撫で、アレクさんがすまなそうに微笑む。
世界を支えるだけではなく、地上の民の為に気を配っていたイリュレイオス様。
その疲労を抱いている顔には、ずっと会いたくて会えなかったお兄さんの温もりを感じて、安らいでいる気配が見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
天上、長らくその景色を見る事の叶わなかった私達の目に、懐かしいけれど、どこか違うものに見える楽園の姿が映った。
幸せに満ち溢れていたはずの世界が、死の気配を抱いているかのように……、寂れてしまっている。
花はひとつも咲いておらず、建築物の類の多くが瓦礫となり、あの頃の穏やかな気配も、優しい風の心地良さも、感じられない世界。
地上には溢れんばかりの緑や活気ある光景が存在しているのに、ここにはそれがない。
「先に、イリュレイオスの神殿に行ってから、御柱の神殿に向かおう」
「はい……」
道を急ぐ際に、形を保っている小さな神殿の方から、淡い光が空に向かって放たれているの気付く。
恐らく、残った神々か、浄化を終えて戻って来た神々が、世界の為に祈りと力を捧げているのだろう。イリュレイオス様と一緒に、このエリュセードの為に頑張ってくれていた人達。
お母様の遺した災厄が与えた影響に、胸の奥がずきりと痛む。
「イリュレイオス様!!」
神殿に辿り着くと、中から少女の容姿をした茶色い巻き毛の女の子が飛び出してきた。
記憶を探って思い出したのは、彼女がイリュレイオス様の側仕えの神だという事。
彼女は、アレクさんに対しては喜びに満ちた表情で帰還を喜ぶ声を発したけれど、私の方を向いた瞬間。
「何故……、あの方がここにいらっしゃるんですかっ」
「あ、の……」
「天上をこんな風にした災厄の女神が、何故またこの地に足を踏み入れているんですか!!」
「――っ」
そういう対応をされると、考えなかったわけじゃない。
お母様が災厄の女神となった時、私とお兄様は天上の神々から冷たい目を向けられた。
父親は、この世界を救った誇り高き武神。けれど、その妻は悲劇と不幸を生み出す元凶だと。
全員がそうだったわけじゃないけれど、その子供であった私とお兄様は、新たな災厄を生む可能性があると、一部の神々の間では、追放の話も出ていたと聞いている。
それでも、私達が天上にいられるように、その背に庇ってくれたのは、フェルシアナ様達御柱の方々と、心優しい神々だった。
お母様が、なりたくて災厄の女神になったわけではない事、今も苦しみ続けている事実。
子である私とお兄様が追放される謂れなどない、と……。
けれど、それからまた時が流れ、今度は私自身が天上を乱す原因となってしまった。
茶色い髪の少女は、私を憎むべき敵と定めているかのように、険しい視線を送ってくる。
「貴女のような方を、我が主の神殿に入れるわけにはいきません!! 災厄の女神に連なる者は、この世界から消え去るべきなのですから!!」
全身から憎悪の気配を発しながら叫んだ少女に、アレクさんがその右手を振り上げるのが見える。
「やめてください!! アレクさん!!」
少女に向かって振り下ろされようとしていた一撃を止める為に、私はアレクさんの腕へとしがみつき、その行動を寸でのところで留める事に成功した。
心底辛そうに、悔しそうに私を見下ろす心優しいアレクさん。
私の事を気遣ってくれる事は嬉しい。でも、彼女の言っている事も、嘘ばかりではないのだ。
この天上に、私はいらない。存在しているだけでも、神々の不安となる。
「私、地上に戻っています。だから……、彼女に酷い事をしないでください」
「ユキ……」
イリュレイオス様に接触したのは、元々、不安定になっているエリュセードを支え直す為。
御柱の神殿には、アレクさんに行って貰えば問題はない。
手をあげられかけた事を察した少女が、急激に青ざめて涙ぐんでいる。
当たり前だ。男性に怒りの感情を向けられ、手を出されかけたのだ。
私は彼女に頭を下げると、アレクさんが止めるよりも前にイリュレイオス様の神殿を飛び出した。
何だか久しぶりの感覚だった。神々から向けられ続けていた憎悪と恐怖の感情。
あの時は、お兄様が必死に私の事を守ってくれて……。
天上の空へと飛び上がった私は、目元に滲む涙を拭いながら……、ある場所を目指す事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「誰もいない……、かな」
天上の中でも、遥か外れの場所にある小さな神殿。
気配を追って辿り着いたその場所に降り立つと、私は周囲を見回した後、誰もいない事に安堵して、中へと足を踏み入れた。
夜闇のせいで中も暗い、という事はなく。神殿内部を守っているかのように、精霊達が淡い光となって飛び回っているのが見えた。
そのお陰で、目的としていた神殿の最深部までくる事が出来たのだけど……。
なんだか不思議な気分だ。……自分の神としての肉体が眠る場所に訪れるなんて。
「あ……」
淡い光に導かれながら通路を抜けると、巨大な丸を思わせる広い空間に出た。
訪れた者の姿が映る、鏡のような足元。いたる所から上に向かって様々な淡い光が縦に伸びている。
空間の真ん中には、眠りに就いた神がその器を委ねる『揺り籠』が二つあった。
縦に長い楕円形の、ふかふかの柔らかな褥に身を預けている二人の男女。
それぞれ別々の寝台代わりのそれで眠っている二人の周囲には、神の術式を示す陣がひとつ。
その胸の上に浮かんでいる……。
私は、自分と同じ顔と姿をしている神の器の前に膝を着くと、そっと術式に触れた。
外部からの攻撃や悪意を跳ね除ける効果のものだけど、私は眠っている神本人の魂を宿しているから、一時的に解除される仕組みとなっている。
本当に、眠っているだけにしか見えない、もう一人の自分。
本体の肌に触れてみると、今の私と変わらない温かなぬくもりを覚えた。
魂を失っているだけ。ずっと、私が自分の中に戻ってくる事を待っている彼女。
「ユキ……」
それは、今の自分の名前でもあり、神であった頃の名前でもある。
音は同じだけど、文字はエリュセードのものではない。
この世界とは別の場所で使われていた、原初の文字。
二つの文字と音に込められている意味は、今の私も、この神としての器に授けられたそれも同じ。
けれど、天上の神々は私の事を姫と呼ぶばかりで、その名を呼んでくれたのは一部の人だけだった。
御柱たる三人の神々をも凌ぐ力の持ち主、そんな父親の影響があったのかもしれない。
「ごめんね……。置いて行って」
誰を選ぶ事も出来ず、心優しい神の手を穢させ、逃げ出した自分……。
今目の前にいる彼女は、あの時の私のまま。
本体の眠る揺り籠の周囲には、どこから摘まれてきたのか、可愛らしい花が沢山囲うように置かれている。今の天上には花ひとつないはずなのに……。
よくよく見てみれば、その花々は魔術で永久にその姿を維持出来るようにされたものではなく、ごく最近摘まれて置かれて行ったものばかりだった。
天上の神々の誰かが地上にわざわざ行ってくれた可能性は低い。
という事は……、イリュレイオス様、だろうか。
首を傾げながら立ち上がった私は、その花を一輪だけ手に取り、もうひとつの揺り籠へと向かった。
こちらには花の彩りはないけれど、褥の中では蒼い髪の青年が眠っている。
「お兄様、ごめんなさい……」
穏やかに眠る実兄の胸に、持っていた花を添えて、その頬へと触れてみる。
神の術式は、敵意のある行動に対してだけ反応するから、自分以外の器への接触も大丈夫。
私が眠りに就いたせいで、その後を追ってしまったお兄様。
その顔は、私の知るある人に、とてもよく似ている。
今思えば、あの人が私に対して沢山の愛情をくれたのも、その身の内に抱く神としての魂が影響していたのかもしれない。
神は、力を使い果たし必要が生じると、眠りに就く。
けれど、その必要がなくても、眠りに就き、魂を巡らせる事は出来るのだ。
私が一人で寂しくないように、その魂はずっと私の傍に寄り添ってくれていた。
「もうすぐ、会えますね……。お兄様」
本来、地上の民の器で眠る神の魂は、その死後に条件が満たされれば天上へと還る事が出来る。
ディオノアードの欠片を抱いて眠った者は、その役目が終わり、地上での生が終われば。
でも、今回のように、必要に迫られて地上で生きる器の中で覚醒するケースもある。
アレクさんは、御柱としての役目の必要性に迫られて。
ルイヴェルさんは、私を助ける為に、獅貴花の女神の助けを借りて目覚めを迎えた。
そして、今ウォルヴァンシアの地で……。
お兄様も自分の存在が必要になると感じて、目覚めの時を迎えつつある。
(とりあえず、お兄様が目覚めたら、全力で某二人に向けられる怒りの矛先を抑え込まないとっ)
でなければ、当たり一面焼け野原になってしまう。
しかも、某二人は器用に避けて逃げ回るだろうから、周囲に多大な被害がっ。
その未来予想図にぞっとしながら苦笑した私は、お兄様の手を取ってその温もりを握り締めた。
「お兄様、お願いしますから、暴走だけはしないでくださいねっ。本当、お願いしますから!!」
いや、可能であるならば、覚醒しないように頑張った方がいいかもしれない。
なにせこのお兄様は……、『ド級のシスコン』なのだから。
いつもラブラブしていたお父様とお母様にげんなりとしながら、どこに行くにも私を連れ歩いていた肉親。一番長く一緒にいて、ずっと守り続けてくれていた人。
お母様が災厄の女神になろうとしていたあの瞬間も、お兄様がいなければ、私は災厄の一部として取り込まれ、今この世界には存在していなかった事だろう。
多分、お兄様の中で、お母様よりも私の存在は遥かに上を行くのかもしれない。
嬉しいような、複雑なような……。
溜息を吐き出し、私は自分の本体とお兄様に別れを告げて神殿を出る事にした。
この場所で彼らが目覚めるのは、気の遠くなるような月日を過ごした果ての事。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う~ん……、少し夜空をお散歩してから戻るべきか、それとも」
天上から地上に向かって飛び立った私は、星空を近くに眺めながら宙の中に佇んでいた。
せっかく体調が戻ったのだから、気分転換でお散歩を続けるのも悪くない。
アレクさんはもう御柱の神殿で用事を済ませた頃だろうか……。
イリュレイオス様があの状態だから、暫くお見舞いの意味も兼ねて天上にいるかもしれない。
考えた末に、私は獅貴族の王宮へと戻る事に決めた。
舞手の役目を無事に終えたレアン。彼女に会って、とても素敵だったと素直な感想を伝えなくては。
と、そう思い……、地上に向かって降下していく途中で、私は獅貴族の王宮の上空に、ないはずの存在を見てしまった。
「王宮の上に……、島?」
丁度、王宮の最上階にある空中庭園らしき場所から、……え? 虹色の橋が架かって島につながってる? 島に近づくにつれ見えてきたのは、夢のように美しく可憐な花々が咲き誇る光景。
それに、何故か教会チックな白い建物まで立っている。
さっきイリュレイオス様を探しに行く時には見えなかったはずの島。
「もしかして、あれが……、『誓いの花園』?」
確か、強い繋がりを持った恋人同士しか入れないと噂の……。
ついむくりと湧き上がった好奇心と共に、私は島へと降りてみる事にした。
幸いな事に、悪い気配はどこからの感じられず、夢のような世界へと……。
「……一人で入れた場合は、えっと」
花畑に挟まれた道の部分に、無事到着。……一人で。
ここは『誓いの花園』ではないのだろうか。若干複雑な気持ちになりながらも、私は教会の方へも立ち寄ってみる事にした。せっかくだから色々と見てまわって、レアンにも教えてあげよう。
大きな扉の前に来ると、右の方に看板めいた物が見えた。
『誓いの花園へようこそ! 想い合う恋人同士、永遠の誓いをこの場所にて』
……あ、隅の方に、BYイリュレイオスって書いてある。
物凄く小さな字で自分アピールですか、イリュレイオス様……。
そういえば、お茶目なところもある人だったな~と思い出しながら、扉を開けて中へと入る。
真っ赤な絨毯に薔薇の刺繍がされた絨毯が奥まで続いており、まるで式を挙げる為の環境が整っているかのような内部構造の荘厳さに、一瞬口がぽかんと空いてしまう。
さらに吃驚したのは、二頭のフェルティアが待ち構えていた事だ。
一頭は、シスター風の装いをしていて、もう一頭は、神父様のような装いを……。
もしかしなくても、ここはイリュレイオス様プロデュースの秘密の結婚式場なのだろうか。
でも、生憎とまだ誰も辿り着いていなかったようで……。
二頭のフェルティアが向けてくる同情めいた視線が痛い!! 痛いから!!
「驚いたな……。こんな物を作る余裕があったのか、アイツは」
「へ?」
ぽん、……と、私の肩に背後から置かれた感触。
まさかと予感して振り向くと、息を切らして急いでやって来たかのようなアレクさんの姿があった。
「アレク……、さん? あの、御柱の方は? イリュレイオス様は……」
「それは済ませてきたから問題はない。愚弟の方は、フェルティア達に任せているから大丈夫だ」
「久しぶりの兄弟水入らずの再会ですよ? 傍にいてあげましょうよ」
「アイツといると、今までの鬱憤が容赦なく飛んでくる……」
それは仕方ない事だと思うのだけど……。
愛想と物言いが良いイリュレイオス様は、本気で怒っている時は問答無用で黒い毒を吐く人なのは知っている。けれど、それはお兄さんであるアレクさんに甘えたい心理もあるからであって。
どうか戻ってあげてほしいと促す私に、アレクさんは頑なな態度を崩さない。
「御柱の調整は終わった。これでこの世界は親が二人となり、自動的に調整が成されるはずだ」
はい、元々御柱のシステムが、親の存在を世界が感じる事でバランスを取り、安定していく事は知っていましたよ? イリュレイオス様御一人の場合は、色々と面倒ごとが多かった事も。
でも、あんなに永い事待ってくれていた弟さんを放り出して来るのはどうかと……。
冷たいと思いますよ? そう抗議してみたけれど、アレクさんは珍しく私に対してツンとした態度をとっている。う~ん、兄弟の複雑な機微が、私には正確に読み取れない。
「今の状態であれば、アイツは眠りに就かずに済むだろう。だから休ませておいても問題はない。むしろ起きていられると、うるさくて困る」
「もう……。家族が傍にいてくれるだけで、精神的に大助かりなんですよ? うるさくても少しは優しくしてあげてください」
「嫌だ」
本当に、珍し過ぎる程に、アレクさんが頑固になっている。
しかも、今子供みたいに、『嫌だ』って……。しかも即答だった。
まぁ、イリュレイオス様は、天上にいた頃から、アヴェルオード様に構ってほしくて、色々とやらかした過去があるから、あまり強くは言えない、か。
「で、この場所はやはり、式を挙げる為の場所なのか?」
「そう、みたいですねぇ……。本来は、確かな絆を持った恋人同士しか、この島には来れないみたいなんですけど」
興味があるのか、アレクさんは白い花で飾り付けを成されている教会の中を見回している。
私達が神だから、偶然立ち入る事が出来たのかもしれないけれど、早々に立ち去るべきだろう。
本当に想い合っている二人が来るその前に。
けれど、二頭のフェルティアは私達を逃してはくれなかった。
いつの間にか音もなく忍び寄ってきたフェルティアが、私とアレクさんの服の袖をぱくりと口に銜えて、どこかに連れて行こうとする。
「ちょっ、あ、あのっ、私達は違うんですよ!! 恋人同士なんかじゃないんです!!」
「ユキ……。事実だが、そこまで大声で否定する程に、俺の事を対象外に見ているのか?」
「ち、違います!! そ、そうじゃなくて!!」
あぁ、また寂しそうに繊細なハートにグサリとナイフを突き立てられたかのような顔で、アレクさんが私の事を見てくる!
今はそんな母性本能を擽っている場合ではなくて、強制的に式でも挙げられそうなこのフェルティア達のやる気に満ちた勢いをどうにかしないと!!
もしここで、偽りとはいえ、式なんて挙げた日には……。
(カインさんが絶対に拗ねるもの!!)
口を噤んでいればいい話なのかもしれない。
でも、こういう類の秘密は、大抵どこからか零れ出してしまうものだ。
それに、まだ自分にとっての大切な人を決める事が出来ていないのに、アレクさんと式を挙げるわけにはいかない!!
その場で踏ん張り、私は鼻息も荒く奥へ連れて行こうとするフェルティアと戦い続ける。
アレクさんの方は、……ああ!! もう奥の控室らしき部屋に連れ込まれかけている!!
「アレクさんっ、ちゃんと抵抗してください!!」
「俺は……、別に構わない。あの竜がいない所でお前の貴重な姿をこの目に出来るのなら」
「何嬉しそうな顔で引き摺り込まれてるんですかあああああああ!」
バタン! ……アレクさんが、神父ポジションのフェルティアに監禁されました。
ご丁寧に、鍵まで閉まる音まで聞こえた。
そして、シスター風フェルティアが、私を引っ張りながら、ニヤリ、と笑った気が……。
「私とアレクさんは違うんです!! まだ、というか、そうなるかもわからないというか、とにかく、強制的に人をどうこうしようなんて、絶対に間違ってますよ!!」
『グルルルル!』
うぐっ……。四の五の言わんでさっさと控室に入れ!! 的な威圧感がっ。
こうなったら、神の力を使って強制的に吹き飛ばすべきだろうか。
ほんの一瞬の間で決意を固めた私は、もふもふのフェルティアを傷つけないように配慮しつつ、自分から引き剥がす為に神の力を使ったのだけど……。
『グォォオオオオっ!』
「なんで離れないのぉおおおおおおおお!!」
特別な力でも与えられているのかと慄きそうになるほど、フェルティアは頑丈でしぶとかった。
それどころか、アレクさんが引き摺り込まれた左手の扉とは反対側、右手側の扉が勝手に大口を開け、――凄まじい吸引力で、私とフェルティアをその中に飲み込んでいった。
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