第5話 王女の護衛と、祭り最終日の始まり
※最初は、ウォルヴァンシアの副騎士団長アレクディースの視点で進みます。
後半は、ヒロイン幸希の視点となります。
――Side アレクディース
ゼクレシアウォードの祭り最終日を控えた前日の夜。
警備の者以外を除き皆が眠りに就いた頃、唯一人だけ……、静謐な光の恩恵を受けながら闇夜に身を委ねる者の姿があった。
祭りの最終日の夜、一番盛り上がるであろう女神への祈りと共にその年の巫女役が舞う場所。
観客のいない大庭の奥では、三日月を模した巨大な舞台の上で一人の少女が熱心に定められた手順を踏み、四肢を踊らせている。
祭りの最後を飾る大任を賜った少女、ゼクレシアウォード王国の姫君は、休む事なくその責を果たせるようにと努力を続けていた。
「やはり……、『印』がついているな」
レアンティーヌ・ゼクレシアウォードが舞うその姿を、回廊を支えている柱の陰から見つめ続ける。ユキと同じ年頃の王女は、気性の穏やかな彼女とは違い、溌剌とした明るい性格が印象的だ。
タイプは正反対だが、ユキの良き友となってくれている。
ここからでもよく見える王女の舞は見事なもので、エリュセードの御柱たるフェルシアナ神に捧げるに相応しいものだと、そう思える。――何事もなければ、恐らく成功を収める事だろう。
「アレク、王女の様子はどうだ?」
「ルイ……、今のところ特に問題は起きていない」
視線の先に王女の姿を捉えていたそれを横に逸らせば、闇の中から音もなくルイが現れた。
カインと共にユキの護衛に就いているはずだが……、どうやらこちらの様子を確認しに来たらしい。俺の隣に並び、三日月の舞台の上でその動きにさらなる磨きをかけようとしている王女へと視線を注ぐ。明日の大任に対する緊張と期待、それを全て跳ね除けるかのように、王女は活き活きとした姿を俺達に見せている。……自分が狙われている事など、何も知らずに。
王女の胸の辺りで、小さくも禍々しい輝きを放っているあの光。
本人は気づいていないようだが、――あれは目印だ。
王女の肉体、ではなく、魂に刻まれている……、呪いのようなもの。
レゼノス様やルイのような高位の魔術師でも、あれは魂事態を引き摺り出さなければその光を見る事は出来ないだろう。だが、神として目覚めた俺の双眸には、はっきりと見えている。
「魂に絡みつく呪い、か……。無関係だと思いたいところだが、あの男の件もある。念には念を入れるべきだろうな」
ルイの言っている『あの男』というのは、ガデルフォーン皇国で出会った不精髭の男の事だ。
ヴァルドナーツ……、過去にラスヴェリートでも事件を起こしている不穏の一人。
ディオノアードの欠片を求めてこの地に訪れている事は間違いない。
だが、ユキが人の姿を取り戻し、王女と一緒に出掛けたあの日……。
俺達が見たものが間違いでなければ、これから想定される事態に王女は何らかの形で関わってくるはずだ。それを証明するかのように、彼女の魂には呪いのような目印が濃く刻み込まれている。
「アレク、お前のお蔭で俺にも見えているが……。魂にあんな真似が出来るのは、――禁呪以外にはないな。それも、……相当高位の、桁外れの魔力保持者の仕業だろう」
「あぁ……。過去にカインを脅かした禁呪とは違い、魂にまで干渉しているからな。魔術を極め尽くした者でなければ無理だろう。そして、……魂を縛り続けるには」
「対価にその命を差し出し、死後も禁呪を制御し続ける必要がある、か」
ルイの言う通りだ。高位の魔術師となれば、魂に干渉する事も可能になるが……、それは一時的なものでしかない。死後の魂を縛り続ける事など……、高位のさらに上の術師でなければ無理だ。
たとえ能力のある術者がその禁呪を発動させたとしても成功する保証はない。
だが、王女の魂は間違いなく、誰かの思惑によって囚われている……。
それはつまり、転生の道から外れ歪んだ魂と成り果てた者が存在しているという事に他ならない。
「ガデルフォーンのマリディヴィアンナも……、魂だけがこの世に留まった存在だったな」
「未練と負の念に憑りつかれた魂は、浄化されない限り次の生に旅立てない……」
「死した魂はアヴェルオード神の領域だという話だが、欲や恨み、未練を抱いて死ぬ者はいつの世にもいるものだ。それは全て放置されるのか?」
「いや、俺の知る限りでは……、アヴェルオード神の配下たる冥界の者達が浄化に動き魂を救済するはずだ。だが、……稀に手のつけられない歪み切った魂がある」
ユキが自身の記憶や力を封じ、黒い子犬の姿になった原因である誘拐犯、いや、神の魂を宿し地上に生まれた存在、ファルネイスの王子シルフィオン。
あの男からは、俺自身がそのアヴェルオード神だと言われたが……、神である自覚はあるものの、自身の名と役割を思い出せていない俺には他人事のようにしか思えなかった。
それは今も同じで、アヴェルオード神の役割や配下に関する情報は記憶にあっても、本当の意味で自覚する事は出来ていない。
夜空に瞬く美しい星々の輝きに視線を上げると、そこには変わらず大きさの違う月が三つ、俺達の頭上を照らし出している。御柱として名高い三大神の化身と崇められている世界の象徴……。
その中のひとつが、アヴェルオード神の加護を地上にもたらす……、蒼銀の月だ。
「アレク?」
「……冥界の者達が浄化を成す事が出来ないと判断した場合、その歪み過ぎた魂には封じがかけられる。回収は出来ないが、徐々にその未練や恨みの念が弱まり、やがて浄化を受け入れ始めるはずなんだが……」
「それを打ち破った例外、というわけか」
蒼銀の輝きに目を奪われながら、俺はルイの言葉に頷きだけを返す。
マリディヴィアンナだけでなく、神としての覚醒を経た今となってわかったのは、あのヴァルドナーツとカインによく似た男も……、仮の器を与えられた死者であるという事実だ。
不出来な器であった場合、たとえ適合が上手くいったとしても、その力を最大限に揮う事は出来ない。それどころか、ふとした拍子に魂が抜け出たり、思わぬ負荷に見舞われたりと……、不具合に悩まされる事だろう。
だが、マリディヴィアンナ達の魂が宿っていたあの器は、レイフィード陛下がガデルフォーンの地で依代としていた仮の器よりも格段に上のレベルに値する最高の器だった。
あの肉体であれば、レイフィード陛下のように強い力を揮って壊れる心配もないだろう。
このゼクレシアウォードの地で再会を果たした時にもそれを改めて感じさせられた俺は、同時に……、王女の魂を縛る禁呪との関連性についても考えを巡らせる事が出来た。
「どれ程の怨念を抱いているのかは知りたくもないが……、明日は骨が折れそうだな」
「あぁ……。予定通り、ユキの護衛には俺が就く。ルイ達は、王女と周辺の様子に注意を向けてくれ」
小さな災厄の欠片をばら撒かれているかのように、一点に集中する事が出来ない現状を常に把握しておく為、ウォルヴァンシア王国からはルイの部下が何人か集まってくれている。
本来であれば、ゼクレシアウォード側の許可を得るべきだが、今回は事情が違う。
あらゆる災厄に備え、細心の注意を払う。その為に呼び寄せたルイの部下達は、ウォルヴァンシア魔術師団の団長であるルイの指示を受けて眠らずの番を続けてくれているはずだ。
「アレク、何が起ころうと、決してユキの傍を離れるなよ。騒動が起ころうと対処は全て俺と部下達に任せろ。いいな?」
「あぁ。離れろと言われても、俺は彼女を守る事だけに専念させて貰う……」
たとえユキとしての記憶がなくとも、俺の事を覚えてくれていなくとも……。
一人の男として、俺はユキを守り続ける存在として生きて行く。
確かな頷きを返したその時、ルイの手元にキラキラと光る星屑のような光景が見えた。
あれは……、伝言用の術だな。魔術師団の者達からだろうか?
ルイがそれを確認している様子を見守っていると、やけに呆れた溜息が聞こえてきた。
「ルイ?」
「護衛役の任を果たしていると言えなくもないが……、困った奴だ」
伝言用の術に込められていたそれを俺に差し出したルイが、記録(シャルフォニア)と呼ばれる映像を見せてくれた。そこに映っているのは暗がりの中で月明かりに照らされて眠る愛しい人の姿……、と、余計な邪魔者約一名。
『今んところ、異常な~し。ユキの奴もぐっすり眠っちまってるし、敵の気配もねぇ。てか、少し様子を見に入っただけだってのに、ははっ、こいつ、俺の手を離してくれねぇんだよなぁ。困っちまうよなぁ?』
「……ルイ、今すぐに王女の護衛を交代してくれ。不届きな竜を八つ裂きに行く」
「却下だ。今面倒な事態を引き起こされるのは邪魔でしかないからな」
映像の中では、あの忌々しい竜の皇子がユキの寝室に忍び込み、図々しいにも程があるダラシのない満面の笑みで彼女の手を握りこちらに向かってピースサインをしていた。
何故ユキの寝室に潜り込んでいるんだ? 何故、手を握る事態が起きている?
額に浮かぶ青筋と、胸の内で渦巻く淀んだ激情と共に、俺の右手が腰に帯びている愛剣の柄を溢れ出る殺意の念で強く握り締めた。
「大丈夫だ……。騒動を起こさずに竜を一頭、秘密裏に始末するだけだ。骨も残さず灰塵に。静かに殺るから問題ない」
「アレク……、少しは自重しろ。ますます過激になっているその思考をどうにかしないと、ユキに嫌われるぞ」
「……」
嫌われる……。その瞬間を想像しただけでも俺には大打撃だった。
その場で無意識に狼の姿となってしまった俺は、耳と尻尾を垂れてか細い声を漏らしてしまう。
ユキに正面から、『アレクさんなんて、大嫌い!!』などと言われた日には、俺の心は粉々に打ち砕かれ生きる気力を失ってしまう事だろう……。
『それは……、物凄く恐ろしい事だから、あまり言わないでくれ』
「情けない事を言うな。いいか? ……俺は、すでに二度もユキから言われた事がある。まぁ、あれが成長してからの話だが、昔にも何度か、な」
『ルイ……っ、それなのに、まだ生きていられるのかっ』
「ふっ……、あの程度で精神を削がれる俺ではないからな。だが、お前の場合は違うだろう?」
俺の傍に膝を着き、頭を撫でてきたルイがそう平然と言っていながらも……、何故か若干顔色を悪くしているのは気のせいだろうか? それに、身体も微かにプルプルと震えているぞ。
まぁ、確かにルイは多少の毒や敵意ではビクともしない男だが、俺はどんな強敵を前にするよりも、ユキに拒絶される事の方が、怖い。
だが、今この時点で彼女の寝室に忍び込んでいる竜を放っておくわけにもいかず……。
『カインを引き摺り出し、近くの木に括り付ける。それでは駄目だろうか?』
「許す。その代わり、役に立たないカインの代わりに、ユキの寝室のそ・と・で、護衛をやるんだぞ。いいな?」
俺の銀毛を存分に撫でまわすと、ルイは苦笑と共に転移の陣を発動させてくれた。
『感謝する。ルイ……。王女の事を頼む』
「あぁ、任せておけ。それではな」
王女の護衛役をルイに預けた俺は、その中に勢いよく飛び込んだ後、――不埒な竜と静かなる乱闘を繰り広げ、見事に勝利を収めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side 幸希
「うわぁ~、本当にレアン!? あのじゃじゃ馬娘で僕の妹のレアンティーヌなのかい!?」
「当り前じゃないか~、兄貴!! ――今すぐに顔面ぶっ飛ばして証明しようか?」
「ご、ごめんなさあああああい!!」
にっこりと微笑みながら拳を不穏に鳴らし始めたレアンから、図書館で出会った見習い司書のシャルさんが一瞬で青ざめて壁の方に避難してしまった。
悪気はなかったのだろうけれど、シャルさん……、今の台詞は不味いです。
お祭りの最終日である今日の日を迎え、レアンの出番まであと二時間もない。
女神に祈りを捧げる巫女の装束を纏っている彼女は、確かに普段とは違い、艶やかで美しい姿を見せている。
「あ~ららぁ……、ふあぁぁ、双子の兄としての威厳が足りないわねぇ、シャルったら」
「そ、そんな事言われてもっ、僕はレアンと違って文系なんですから仕方ないじゃないですか~っ」
そう、図書館で出会った見習い司書のシャルさんは、実は私のお友達である獅貴族のお姫様、レアンティーヌの双子のお兄さんだったのだ。
二卵性の双子で、性格も正反対。どちらかと言えば、レアンの方が強いようで……、シャルさんはお怒りのご様子の妹さんにプルプルと震える程に弱かった。
御主人様の背中に隠れてレアンに謝り続けている姿は、まるで子犬のように愛らしい。
「まったく、兄貴は女心ってもんがわかってないんだよね!! 妹の晴れの舞台だってのに、余計な事ばっかり言っちゃてさ!!」
「ふふ、レアンたら。本当はお兄さんの気持ちわかってるんでしょう?」
「そ、そうだよ!! 本当に似合うって思ってるんだよ、僕!! だけど……、レアンが急に僕よりも大人になっちゃったみたいで、その」
「今のレアンを大勢の民が見るわけだものね~。ふあぁぁ……、間違いなくモテちゃうわねぇ~」
自分の妹さんの怖い笑顔に怯えつつも、シャルさんは御主人様からの指摘に頬を赤く染めると、コクコクと恥ずかしそうに頷いてみせた。
御主人様曰く、普段から暴れ馬のように元気いっぱいのレアンはまだまだ子供だそうで、着ている服装も動きやすい物ばかりを身に着けているせいで、髪が短ければ男の子に間違われてもおかしくない、と。だから、通常状態であればあり得そうにない恋の予感も、今の美しい装いのレアンなら大いにあり得る。そう欠伸を噛み殺しながら笑っている御主人様に、シャルさんはまた同意するようにコクコクと全力で頷いている。
「確かに今のレアンは普段以上に綺麗で素敵ですけど、私はいつものレアンも可愛いと思いますよ?」
「キャンディ~っ、ありがとう~!! もうっ、アタシ、男なんかじゃなくて、キャンディと結婚したいよ~!! 大好き大好き!!」
「ふふ、ありがとう。私も大好きよ、レアン」
太陽のように眩い気質の親友を両手で受け止めながら抱き締め合っていると、何故かシャルさんが両手で自分の顔を覆い隠しながら、その隙間からこちらを窺い始めた。
小さく、百合……っ、百合っ!! と、複雑で意味不明な音が聞こえてくる。
百合……? それって確か、女の子同士のカップリングの事だったような……。
って、何でそんな事に思い至ってしまったのか。これもユキの記憶のなのだろうかと首を傾げたその時、王宮内にある控室の扉がノックされた。
「は~い、開いてるよ~。どうぞ~」
レアンが許しの言葉を与えると、女官服に身を包んでいる銀長髪の女性が現れた。
静かに控室の中へと足を踏み入れた女性は、私や御主人様に失礼にならない程度の自然な視線を流す。そして、レアンの前まで歩み寄ると、王族に対する礼儀正しい一礼を見せた後に口を開いた。
「レアンティーヌ様、女神フェルシアナ様へ捧げる舞の前に、最終確認をなさりたいと、神官長様がお呼びでございます。ご案内いたしますので、私と共にお願いいたします」
この王宮内で出会った女官さん達のように、お祭りの効果で嬉々とした雰囲気が一切ない女性。
微かに浮かべている上品な笑みは、装いに関わらず人を惹きつける艶やかさを秘めている。
そして……、レアンから外されたその視線が私へと流されたその時。
(何……?)
ほんの一瞬の出来事。初めて出会ったその女官さんが抱く双眸の気配に……、奇妙な既視感を覚えた。どこかで会った事があるような、何故か頭の中で『何をやってるんですか!?』と、ツッコミのような自分の声まで聞こえたような気がしてしまう。
どこからどう見ても、美人で男性からの求婚が殺到しそうな女性なのだけど……、以前に出会った記憶はない。というか、近づくと危険な気さえするのは何故?
全身にじわりじわりと広がっていく、ぞくりとした正体不明の感覚は何?
「どうしたの? キャンディ」
「あ、い、いえ……。今の女官さんなんですけど、とっても綺麗な人だったなぁ、と」
「そうねぇ~。綺麗な人ってのは同意だけど……、勘違いして手を出しちゃったら……、ふあぁぁぁ、一生呪われそうだわ」
「え?」
御主人様はあの女官さんを知っているのだろうか?
と、浮かんだ疑問をすぐに消し去った私は、当然かと思い直す。
御主人様は、この獅貴族の王国、ゼクレシアウォードの王弟様なのだ。
時々ではあるけれど、王宮にも顔を出しているし、女官さんの顔を全部知っていたとしてもおかしくはない。……でも、勘違い、って、何?
「さ、舞の時間までまだ時間もあるし、王宮内の他の催し物でも見てから大庭に行きましょうかね~」
「あ、じゃあ、僕がご案内します! キャンディさん、一緒に行きましょう」
不思議顔をしている私に気づいているはずなのに、御主人様は人差し指を自分の唇に添えてウインクをひとつ寄越してきた。知らぬが仏……、何故だかまた、頭の中で自分自身の疲れているような声が聞こえた気がする。
あの女官さんの事を追及する事は自分の方が精神的なダメージを負うという絶対的な予感まで湧いてきて……。私は差し出された御主人様の手を取ると、レアンがいなくなり怯えの解けたシャルさんの気合の入った声と共に控室を出たのだった。
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