vs眼(フラッシュビジョン)

 手分けして舟を探そう。

 そう言ってレグパは島の奥に踏み入っていく。そそっかしい妹分には海岸沿いに捜索するよう伝えてある。万が一、さっきのような化け物に出くわすこともありうる。その際、海辺であれば彼女はその本領をいかんなく発揮するはずだ。それに、舟が海から流れ着いている可能性は決して少なくないはずだ。浮くことさえできれば、水のタリスマンを操る妹分がどうにかしてくれる。


「…………………………」


 茂る森に踏み入ること、一時間弱。レグパは異常に気付いていた。

 ここはどうやら人が住まない無人島のようだった。それは、理解できる。だが、ここに至るまで野生動物の一匹も出会わないのはどういうことか。虫すらいない。明らかな異常だった。人工的な無人島。そこに悪意を結びつけるのは容易い。


「…………………………っ」


 左手。南国らしく分厚く育った葉っぱをグローブ代わりに巻き付けている。伸ばしたその手に弾丸が食い込んでいた。肉を抉り、骨まで達している。しかし、葉っぱのグローブを撃ち抜くには至っていない。血の滲む葉っぱを弾丸ごと投げ捨て、茂った草むらに身を伏せる。


(方角は分かった。が、この威力の減衰、相当遠いぞ。狙撃位置から逃げられていると断定していい)


 ハンター。遮蔽物の多いこの立地で狙撃を行うのであれば、まずそこに分類していいだろう。レグパは手近の倒木まで這って近付く。その十指を食い込ませて力任せに。大自然の盾である。


(攻撃すればお前の位置を教えることになるぞ。それでも、来るのだろう?)


 狙撃はもう一度来る。

 何もかもが不自然な無人島は、用意された舞台だと想像できる。であれば、狩人は何としてもレグパを仕留めたいはずだ。こうして怪力を誇示したのも、近接戦の危険性を植え付けるため。天然の盾が多く、風向きも一方通行で読みやすい。弾が尽きるまで狙撃を防ぎきる自信があった。


(初撃を防げたのは僥倖だった。これで撃破の難易度はぐっと下がる)


 二発目。

 僅かに射線を変えてきたが、おおむね同じ方角からだった。あまり移動していないのか、それとも多少の移動が影響ないくらいに距離が離れているのか。同じ風下からの狙撃。盾として活用していた倒木を呆気なく貫通する。その位置はちょうどレグパの頭部がある高さだった。支えを失ったか、大木の盾が再び倒木と化す。

 その下から這い出てくるのは、骨を被った大男。


(これで誤認させられればいいが……)


 念のためしゃがんでおいたのが功を奏した。弾が貫通するのであれば、盾として機能はしない。そうして潜伏しながら狙撃方向に目をこらすが、相手の姿は確認できない。敵はよほど高性能のスコープを持っているか、それともやたら目がいいのか。

 ちなみに、レグパも目の良さには自信があった。

 だからこそこっちに向かってくるロケットランチャーを着弾前に視認できたのだ。


「……おいおい」


 無論、即座に離脱。爆風に派手に飛ばされるが、致命的なダメージは回避できた。が、回避したことは敵に見られているだろう。三発目の弾丸。右脇腹を掠る。腕は確かなようだが、やはり距離は相当ある。着弾までのタイムラグを考えると動き回る標的には当てにくいのかもしれない。


「しっ!」


 身を低く、ジグザグに走る。わざわざ同じ方角から撃ってきたということは、機動力はそれほど高くないはずだ。弾丸がいくつか脇をすり抜けていく。合計六発。狙撃が止んだ。

 狙撃位置から退避している。

 そのタイミングを見計らって、レグパは大木を蹴りつける。二発。さらにもう一発。鋭い蹴りがまるで斧のように食い込んでいく。十五発。大木がついに倒れ出す。地面につくまで待たない。その幹の指を食いつかせ、振り回す。


「ぬうぅぅぅうん――――!!」


 ジャイアントスイング。森の木々を薙ぎ倒しながらレグパは回転し、勢いをつけ――ぶん投げた。

 轟音とともに飛んでいく大木の後をレグパは全速力で追う。障害物を蹴散らしながら飛んでいく大木はやがて失速するが、レグパは勢いそのままに大木を踏み台にして跳ぶ。

 木々を跳び越える大跳躍。

 鵜の目鷹の目と目を見開く。


「いた」


 動く影があった。住民はいない。野生動物すらいない。であれば、敵で間違いないだろう。着地の衝撃を殺しきれずに転がるレグパは、そのまま四足歩行に移って走る。単純な速度だけならば、彼はそちらの方が速かった。

 かなりの距離を走った。だが、やはり敵の機動力は高くないみたいだった。 


「よお」


 レグパから見れば、大分小柄な男だった。頭部に眼が乗っているかのような異様な外見。なるほど、

 前髪のような睫毛がふわりと揺れる。真ん前で急停止した大男が起こした風圧だ。

 手に持つライフルを上げようと、しかしそ両手首は手刀に弾かれた。手の力が弛む。ライフルが奪われる妙技を、見ているだけで止められない。



「なるほと――俺が今まで見た中で、一番の良物だ」



 それが決め台詞だった。

 精巧で緻密な、ともすれば美術品にも匹敵しかねない銃器。それでも、武器は武器だ。戦士は荒々しく振りかぶる。


 全力のフルスイング。

 クリーチャーは一撃で弾け飛んだ。







(舟、ね……)


 歩き回って分かったことがある。

 人工的な無人島。ここには、ある程度最近まで人が住んでいた。野生生物に至っては、数日前までは普通に棲息していた。そんな痕跡があちらこちらに。隠そうにも、仙術に長ける戦士は欺けない。

 数日前。

 それは謎のオーロラが晴れた直後。


(……だと考えるか。俺たちはここに誘い込まれ、まさに獲物として狙われている)


 不死身の死体、屍神。

 その戦力的価値を狙ってか。


(周到なことだ。一体何者なんだ?)


 そうなると、屍兵を潜り込ませたことが功を奏する。未知の危険を孕む大組織、カンパニー。屍神の本筋からは外れるが、その脅威は決して無視できない。


(――急ぎ、脱出を)


 未知のクリーチャーも、慣れてしまえばそこまで恐ろしい相手ではない。あのそそっかしい妹分でも問題なく撃破できるだろう。だから自分は脱出手段の確保を見る。

 具体的には、薙ぎ倒された大木の数々を。

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