vsカリカチュア
vs肺(フライスカイ)
東南アジア、某島。
異界電力のオーロラが晴れて数日が経過していた。
波打ち際の砂場に打ち上げられたゴムボート。既に破れて使い物にならなくなっている。夜明けの光が水平線からよく見える。だが、そんな幻想的な光景に見とれている場合じゃなかった。
「死ぬ、かと思った……」
不死身の死体が四つん這いで息を荒げていた。被る骨は外して、上半分に火傷跡が残る顔を震わせる。
台風の直撃。
そして、水面を制御するゾン子の居眠り。
合わさる悲劇の末、レグパは荒波の中数百キロもの遠泳を敢行していた。お荷物を背負って。結果、本気でバテるレグパという本編でも外伝でも見られない珍百景が広がった。
「レグ兄、夜明けだ……!」
冷や汗だらだらで空気を変えようとするゾン子を睨みつけ、レグパはぼそっと呟いた。
「置いていけばよかった……」
「やめてえっ!?」
不死身の死体も、海に沈められたら形無しである。度重なる窒息死の後に完全に沈黙、水圧に潰されるだろう。
意外な弱点が発覚した。作者も驚きである。水のタリスマンを操るゾン子であれば、生還する可能性はあるかもしれないが。
「とにかく、舟が必要だ。探して帰還するぞ」
――――止まるんじゃねーぞ
呼ばれた気がして、二人は振り返った。謎の三角錐に浮かぶ顔面がこちらを見ていた。
悪趣味な外見のクリーチャー。
間違いなく、カンパニーの手のものだった。
◆
レグパが吹き飛ばされた。その事実でようやくゾン子は危機感を抱いた。いつもより早い。
(何が起きた……? レグ兄の身体は決して軽くない。あたしじゃなくてどうして……?)
庇われたことには気付いていない。幸いにもここは波打ち際。ゾン子が武器とする水は大量にある。カンパニー相手に突貫するとロクな目に遭わないのはいい加減学習した。水の壁がゾン子の周りに展開する。
と、水の壁が木っ端微塵に吹き飛んだ。
頬をざっくりと斬って血が垂れている。いつ攻撃されたのか。どんな攻撃をされたのか。三角錘に浮かぶ顔面がにたりと歪んだ。口ばかりの飾りが大きく開く。
「わっかんねえから突っ込め!!」
地面との摩擦を水気で減らし、スケートのように接近する。その顔面にぺしゃりと何かがめり込み、ゾン子がぶっ倒れる。嫌な予感にガードに回した腕がずたずたに引き裂かれた。
「なんなんだっつの!」
溢れる鮮血。血は、水だ。
赤い水刃が正体不明のクリーチャーに殺到するが、やはり謎の攻撃に霧散する。バックステップで距離を取ろうとしたゾン子が仰向けにぶっ倒れる。また、攻撃された。立ち上がって目を凝らす。
「しゃがめ」
男の声。ゾン子が砂浜に顔面から押し付けられる。その上を、何か鋭利な刃が通り抜けたような。割って入ったレグパが砂浜の砂を全力で叩いた。砂粒が巻き上がる。衝撃音。
「やはり。来る方向とタイミングが分かれば、受け止められる」
片腕を上げたガード。インパクトの瞬間に筋肉を膨張させて攻撃を相殺した。混乱するゾン子を適当に後ろに投げ捨てると、レグパは再び砂を巻き上げた。
「っぺっぺえ! おいやめろや!」
「よく見ろ。攻撃の正体は空気弾だ」
砂粒を押し退けて向かってくる攻撃。それなりの速度だが、レグパは悠々と回避する。ゾン子は自分の腕を見た。なら、この斬撃は?
レグパがもう片方の手で持つもの。それはゴムボートを漕いでいた木製のオールだった。それを敵めがけて投擲する。正確には、その口に。
「代わりのものを探さないとな」
クリーチャーの歯が砕け散った。吐き出そうとした空気があらぬ方向に飛んでいく。命中したゾン子が砂浜に突っ伏した。
あの空気の刃は、歯の隙間から放たれるもの。噴出孔を絞って、圧力を高める。ゾン子が多用するウォーターカッターと同じことを空気でやっていたのだ。
(……だからお前が一番に気付くべきなんだが)
再三、砂を巻き上げる。不可視の攻撃は単調な攻撃に。不意さえ打たれなければレグパを倒すには至らない。が、空気の流れがどうにもおかしい。
(吸っている……?)
その異常に気付いて、判断は半秒。レグパが巻き上がった砂ごと空気を大きく吸い込んだ。だが、その綱渡りは敵方に圧倒的に分がある。
ちらりと横目を流すと、ゾン子が青い顔をしてのたうち回っていた。酸欠。あれが敵の奥の手か。レグパは吸い込んだ空気を勢いよく吐き出した。砂ごと。砂つぶてに三角錘が大きく傾く。だが、酸素濃度はそのまま。このままでは酸欠で全滅は必至。
かと思われた。
「お前、吸い込んだままで攻撃できるのか?」
すたすたと徒歩で目前まで。レグパは大きく拳を振り上げていた。傾いて視界を外した隙に、戦士の拳の攻撃範囲内に。見つめ合うこと、二秒。
レグパがその拳を振り抜いた。
剛力無双が三角錘を粉砕する。体内、というか肺に残った酸素が周囲に広がった。レグパはゆっくりと呼吸を戻していく。後ろを見ると、妹分がぴくぴく痙攣していた。
「死ぬ、かと思った……」
「ああ、だろうな」
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