vs異世界糞虫

 カウントダウン。冷ややかな機械音に眉をひそめる。柄にも無く、緊張してきた。降り立つのは一大舞台。やっぱり止めておけばよかった。今からでも引き返せないだろうか。思案する。後悔が生まれていく。

 十。

 荒事ならばお手のもの。だが、こんな華やかな舞台、死体の自分には合わないのではないだろうか。悶々とする。少し考えれば当たり前だ。というか仮にも隠密行動中。目立つ真似は避けるようにとレグ兄にも言われていた。ヤバい。バレたら怒られる。

 五。

 でも、どうせなら握手ぐらいはしていきたい。人に夢を抱かせるアイドルの卵。戦争で人を殺しまくる鬼畜欧米日露軍とはえらい違いだと思う。やはり、緊張する。

 三。

 身嗜みは整えてきたつもりだが、どこかおかしいところはないだろうか。死相は化粧で覆い隠している。死化粧だ。

 二。

 見た目だけじゃない、匂いはどうだ。有り合わせの香水で死臭は消せているだろうか。ときめきガールは、きっと良い匂いがするんだろうな。

 一。


「……行くぜぃ。私様が死体を検分しちゃうよん♪」


 徹夜で考えた決め台詞とともに降り立つ。

 糞玉があった。床から5メートルの高さ。直径4メートル程。かなり大きい。


「うっわマジかよくっせぇ!! てか話がちげーよもう何なのぉぉお!!?」


 握手は決して出来ない。まごうことなき『敵』の姿があった。







「にゃろお……そういうことか」


 夢に盲目少女も流石に勘違いに気付いた。そういえば、生死がどうのとか言っていた気がする。生きるか死ぬか。そんな二者択一は死体のゾン子にはお構い無しな話だった。

 けれど、目の前の敵は看過出来ない。


「死体、ね」


 ゾン子にはあの糞の月が何で出来ているのかがすぐに分かった。死体同士のシンパシーだ。不死身ゆえに生死に疎く、それでも同じ死体にはセンシティブである。


(ははぁん、海中か)


 頭蓋がびんびん反応している。水のタリスマン。呪術的なお守りを屍神らはそれぞれ肉体に取り込んでいる。ゾン子が両の手を広げた。指先をこねくり回すように動かし、鋼鉄の分子結合を縫うようにじわりじわりと集めていく。


「……何もしてこないな」


 先制攻撃は譲ってくれるみたいだ。不気味な静けさ。彼女の兄貴分なら、慎重に攻め手を考えたかもしれない。不死身でありながら、命を大事に動いていた。しかし、自称名『ゾン子』は、を敢行する。


「こんなくそでかい的に外す方がどうかしてるぜ!!」


 圧縮した大水量を人差し指と中指から通す。超高圧水流砲。鉄板すら切り裂くウォーターカッター。屍肉が鉄より硬い訳が無い。糞の月は一刀両断された。

 死体群がる月の中。僅か2センチ。小さな虫が見えた。スカラベ、彼女とはそれなりに関係が深いエジプトで神聖な昆虫として崇められていたもの。一部では、太陽神と同一視されるほどの。

 ねっとりとしたプレッシャーがゾン子に絡み付く。目が合った。敵視された。月からどろりとした汚泥が落ちた。象るのは、人の形。


「お、おお、おおおおぉぉお……っ!?」


 巨人。ゾン子は両腕を左右に広げる。水流、水刃。巨人を両断する断頭の一撃。水ギロチン。しかし、水刃よりも巨人の拳の方が速かった。

 直撃。

 血と肉と骨が飛び散った。ギロチンが霧に溶ける。勢い余って実験会場にクレーターが出来た。凄まじい威力だった。死亡判定を待つまでも無い。少女の駆体は生命活動を続けられない。腐った巨人は屹立する。操られた死体。

 けれど、少女も死体だった。死体が再び活動を開始する。ゾンビ少女は知る由もないが、何事もなく復活する少女に生命活動の継続を判断されたらしい。


「っぶねー!! 一回死んだぞこれ!!」


 喧しい。骨と、肉と、血が一ヶ所に集まる。象る姿は人型で、少女だ。


「ゾン子ちゃん、ふっか」


 もう一発叩き込まれた。即死する。


(やべぇよ、ただのリンチじゃねえかこれ)


 ミンチである。このまま一方的に殺され続けたら、いずれ本当に死んでしまう。復活のタイミングに合わされてもう一度殺される。

 血肉が集まり、再生する。攻撃に備えて身を固くする、が。


「おっとっ、と……?」


 引っ張られる感覚に驚いた。慌てて踏ん張るも、次の攻撃は来なかった。

 顔を上げると、糞の月が浮かんでいた。あの巨人はどこにもいない。ひょっとしてやり過ごしたかと甘い期待をする。


「てか、アレだな……」


 巨人は、死体の山だった。月の中にいたスカラベ。あれが操っている。死体同士のシンパシー。未知の敵の情報を知れるアドバンテージは大きい。巨人そのものには勝てないが、あの小さな虫相手ならば。

 幸い、月のままではあの巨人は出してこないみたいだ。最初のウォーターカッターは糞の月を両断していた。ならば、攻撃はあれで通る。ゾン子は爪を噛んだ。元から考えて攻めるタイプでは無いのだ。じれったい。


「この私様と死体の使役で勝負たぁふてぇ野郎だ」


 ぼこり、と。死体が涌き出てきた。月から零れ落ちる十体。攻めてこない敵に痺れを切らしたか。一度敵視されたのだ。ゾン子も眠たいことを言うつもりは無かった。


「ほいな」


 人差し指をくるくる回す。死体が少女(死体)に襲いかかる。その頭蓋を人差し指で突いた。

 ゾン子はステップを踏んで踊り出す。気性の荒い彼女に似合わない緩やかな舞踏。くるくる回りながら、十本の指をこねくり回す。アイドル勝負はダンス勝負。十の死体が愉快に踊り出した。ゾンビ少女に魅了されるように。



「腐っても神だ――――舐めんな」



 踊って。回って。互いに互いを壊し回る。死体同士が同士討ち。虹蛇の化身。その呪術は死を操る。踊り、崇める。崩れる死体を踏み台にして、神の呪術が振り撒かれた。


「散々僕の血を浴びてくれたからね」


 糞の月。あの死体の山、巨人が姿を変えたもの。であれば。死の呪いがスカラベを蝕んでいく。肉に阻まれて見えないが、悶え苦しんでいるに違いない。死者への冒涜。それは神罰に値する。権能の行使に値する。

 舞踊を終え、静かになった糞の月。そんな死に体に向かって、ゾン子は右手でピストルの形を作った。圧倒的な水量が収斂する。死を押し潰す水砲の一撃。



「バラけな。ゾン子ちゃんが死体を検分しちゃうよん♪」



 二徹して考えた決め台詞とともに止めの一撃を放った。敵に背を向け、さっき見つけた監視カメラにキザったい決めポーズを向けた。






「異世界糞虫」(抜粋)


 糞の月、周囲100m以内に存在する死体を召喚し、何らかの力で固めた球体、全ての死体を集めているわけではないらしいが、その基準は不明。その異世界の神話によればこれに運ばれて死者は黄泉の世界へ向かうとされている。

 集められた死体はそのままこの個体の餌となっている。

 月の孵化、外部から月へ攻撃を受けた場合、まるで卵が割れるかのように月が割れ、中身が漏れ出る。それが床に着くと形が作られる。この形は、月の材料の中身に影響される。この控室に入れられてから最も多い死体は人間であり、形作られるのも腐った巨人といった風貌になりやすい。

 巨人の力はすさまじく、会場そのものを破壊し、脱走しかねない。また元々操られている死体なので物理的な破損は問題外であり、炎などの攻撃にも魔術的な耐久力があり、利きが弱い。

 破壊活動は一定時間を過ぎると落ち着き、また球体へと戻る。

 その他、毒や呪術を用いた攻撃は無効化されている。





 その他、毒や呪術を用いた攻撃は無効化されている。(抜粋)





「あっ


「痛っ


「やめ


「あん


「ちょ


「ぐお


「あぶ


「いゃ


「まっ





「っ……っ、っ――――っ!」


 人類の耳では聞き取れない不可解な音域が会場に響いた。散々巨人にタコ殴りにされてガチ泣きである。人外の声帯を遺憾なく発揮した本気泣きである。未知の敵に対する情報の不足がモロに結果に出た。


「おう、あお、ぉうぅ」


 最早ちゃんと復活しているのかさえ怪しくなってきた。見えない何かに引っ張られて地面を転がる。


「え、マジ、どうしろって……?」


 異形のデビルの中ですら、ここまでの化け物がいるのかは怪しい。一方的に虐殺され尽くされる恐怖。不死身を殺し尽くされる。このシミュレーションには覚えがあった。

 敵国の切り札。不死身無敵の人類戦士。アレと相対した場合、屍神のほとんどが一方的に命のストックを削り尽くされるという結論に至った。だからこそ何か対策を練らねばならなかった。

 ゾン子がその際適当に言い放った対策は、「こんじょー」である。


(真面目に考えときゃ良かった……っ!)


 こんなわけが分からないとこで、脱落するわけには行かない。死体少女が死ぬ気で突破口を探す。探すも何も、実は最初から目の前にあるのだが。シンパシー、同調感覚。ゾン子は嫌そうに顔を歪めた。


「アレ、死体の山か」


 糞の月。あのスカラベは死体を使役する聖虫。そして、対するは死体を使役する神を冠した死体少女。虹蛇の権能を再び発揮する。


「死体の強奪は、趣味じゃねぇってのにっ!!」


 踊る。踊る。踊り狂う。月が揺らいだ。スカラベに呪術は効かない。恐らく、あの巨人にもその性質は少なかれ引き継がれている。呪術による干渉は望み薄。しかし、死体としての同調圧力ならば。同じ死体使役者ネクロマンサーとしての格ならば、神格に勝るものは無い。

 月が、割れた。干渉が攻撃に見なされた。汚泥が降り注ぎ、三度巨人が産み落とされる。その動きはギコチナク、動きに覇気が欠ける。


「防御こそ柄じゃねぇっての!」


 どんな攻撃を受けても死なないから。

 会場が水分補充が容易な海中で助かった。ゾン子のタリスマン扱いは天才の域。分子単位での操作が可能な天災の域。

 ウォーターウォール。圧倒的な水量が巨人を阻んだ。同調圧力と水の壁。それすら破った巨人の拳を、ゾン子の怪力が迎え撃った。毎朝密かに練習していた正拳突きが炸裂する。肉体のリミッターを強制解除し、全身の筋線維がぶちぶちと千切れていった。

 巨人が、膝をついた。だが、ゾン子も動けない。


「おら、持ってけよ」


 復活する前に、巨人が再び月に取り込まれた。死体の山が太陽を形作る。予兆は何度もあった。死体は死体、同じものだ。死んでしまった時点で区別されるべき個性は消える。死体の同調圧力。ゾンビ少女の姿は無かった。

 同じく死体として、糞の月に取り込まれていた。


(……………………)


 死肉に包まれて、屍神は顔を歪めた。ひどい腐臭だった。嫌がる魂を無理矢理押し込めた肉の塊だった。決して戦士では無い。生きたかった魂。安らぎを求める魂。それをこうして弄ばれることに、何かを感じないでもない。


「戦え、戦士よ」


 自らの魂たちを鼓舞する。理不尽な侵略で命を散らしていった同士たちの魂。この肉体にはそんな魂たちが蠢いていた。何かを感じないわけにはいかない。たとえ、命をゴミのように扱うゾンビ少女でも。死者の魂には感じるところがある。


「見ぃつけた」


 これだけ死が充満する月の中で生者が一つ。ちっぽけな虫を屍の神は握りつぶした。



「お前の弱点はアレだよ――――


 死体を率いる生者が、弱かったってことだ」



 屍神率いる『王』の姿を思い浮かべながら。崩れ落ちる糞の月から死体は這い出てきた。


「うっわ、くっせー」


 うんざりした顔をしながら地面を転がる。流石に疲れた。同じようにボロボロと転がる朽ち果てた死体たちを見た。ネックスプリングで跳ね起きようとしたら、滑って腰を打った。何食わぬ顔で立ち上がる。散らばった死体の山を再び見たが、やはりひどい臭いだった。







『お疲れさまです。実験への御協力感謝致します』


 ゾン子は曖昧に頷いた。よく分からないが、何となく分かった。入ってきた時の入口が開いて、白装束の男が出迎える。


「実験、ねぇ……?」

「はて、何か?」


 実験の報酬。どんなものなのかしっかり確認していなかった。しかし、今は別のものに興味があった。刹那的に生き、刹那的に死ぬ。両手の人差し指をくるくる回しながら、ゾン子はにたりと昏い笑みを浮かべた。



「ねぇ、お兄さん――――あちきにこの実験のこと、もっと教えてよ。ああ、それと」


 そして、もう一つ。大事なことは最後まで取っておくタイプである。


「しっかり埋めてやんなよ、あいつら」

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