魔導世界の百鬼夜行(ファンタズマ)

七四六明

第一章 魔導師候補生

天下

「うちは一人では何もできん、弱っちい男や」

 そう言う彼の背後には、たった今彼自身の手によって始末された、六腕の筋肉質類人猿と表現するのが相応しい魔物が、数体横たわっていた。

 世間では最高クラスの危険度を持つ魔物だと言われているそれを始末した後で、こうも悠長に過ごす人間が、「一人では何もできない」と言っているのが果たして冗談なのかそれとも真面目なのか、その場の誰にも理解することはできなかった。

 どこの方言の言葉なのか、しかし無理に訛っているようにも聞こえる彼の態度はとても剽軽ひょうきんなのだが、しかしこの現状においてはそれは場違いとわかっているのかいないのか。ともかく第一印象としては、掴みどころのない男だなというのが最初だった。

 彼は周りが自分の言うことを信じていないのだろうことを察したのか、愛用の武器を振り回しながら「いやホントやで? 料理もできんし、洗濯も満足に畳めん。機械なんてのは大の苦手や」と弁論した。

「まぁせやから今、うちはここにいるわけや」

 そう言って彼は、指先に炎を灯してささっと絵を描いてみせる。それが世界地図だとわかった頃には、彼はその一点に印をつけた。

「まずはこの街から落とす」

 そう言って、彼は印を掻き消す。そして、その印が彼の言うこの街ならば、彼はそれよりも大きな印を描き、囲った。

「次はこの国。んでもって次はこの大陸」

 そうして印を掻き消し、また描きを繰り返して、徐々に彼の侵略陣地が増えていく。そしてついにその印は、彼が描いた世界地図すべてに行き渡り、彼はその印を、世界地図ごと砕き割った。

「最後に、この世界を取る。うちは天下人になりたいんや。そのために自分らの力がいる。うちに力を貸してくれへんか? もし貸してくれたなら、うちの天下取るとこ、自分らに見せたるわ」

 そう意気込んで見せた彼はふらりと立ち上がり、背中を見せる。調度よく上った太陽が彼の姿を照らし、周囲に魅せる。

 本当にこの男が、後の天下人になるのではないかと思わされる。そんな夢物語到底叶うはずもないのに、一縷でもそう思わされるほどの彼の実力を、今さっき見てしまっただからだろうか。

「気に入った! 俺はあんたに憑いて行く!」

「俺も!」

「わ、私も……」

 そう言って、その場にいた約半数が、彼の背中について行こうとする。彼はその数を見て満足げに笑みを浮かべると、まるで決め台詞かのようについて行くと決めた者達に向かって。


「じゃあ行くで。おまえら俺の背中で、天下取るとこよぉ見とれ」


 その言葉が聞こえた時、私も彼の――藁垣愁思郎わらがきしゅうしろうの背中に憑いて行った。

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