雨の日の家出少女
マムルーク
第1話 水無月琳
六月のある雨の日のこと。
「疲れた......」
一人、自宅に向かいながらぽつりと俺は呟いた。
俺の名は、池上盾兵(いけがみじゅんぺい)。四月から社会人としては働いている。
背は百七十くらいで普通くらいの身長、リクルートのため、髪は普通に黒髪という平凡な容姿をしていると自負している。
俺は国家総合職の試験に合格し、若手官僚として日々、業務に勤しんていた。
しかし、毎日、残業続きで辛い。官僚は激務とは聞いていたがここまでとは思っていなかった。たくさんの雨粒が舞い落ちる中、ようやく俺は自分の家へと辿り着いた。
すると、俺の家の扉の前で誰かがぺたんと座っている。
俺は思わず目を奪われた。座っていたのは一人の少女だった。背中にはかばんを背負っている。
髪は雨粒のように儚い透き通った水色の髪、白い肌と今まで見たことのないような神秘的な美しさと儚さを兼ね備えてた。彼女の服は雨で濡れていた。
「こんなところで何をしているんだ?」
俺は彼女に訊いた。さすがにこのまま放っておいて家の中に入る気にはなれなかった。
彼女は俺のことを見て、抑揚のない声でポツリと答えた。
「家出してきた。ここで雨宿りさせてもらっていた」
家出か。何か訳ありなのかもしれない。
「そうか。だが、いつまでもこんなところにいたら風邪ひくぞ。良かったら中に上がるか?」
誰とも分からない少女を家にあげるのは少し憚れたが事態が事態である。
「ありがとう」
あっさりと彼女は承諾し、家に中に上がった。
彼女は俺の部屋の中を見ると、
「部屋、散らかってるね」
「まぁ、最近掃除してなかったからな」
仕事が忙しすぎて掃除をさぼっていた。俺はバツが悪くなり顔の頬をかいた。
「ほらよ。これで体を拭け」
俺は彼女にタオルを渡した。彼女はタオルを受け取った。
「ありがとう。えーっと......」
「池上盾兵だ。君の名前は?」
「私の名前は......水無月琳(みなづきりん)」
水無月琳。それが俺と彼女の初めての出会いであり、一生忘れられない出会いとなる。
「あの......シャワー使ってもいい?」
「え? ああ」
琳はシャワー室に向かった。それにしても、見ず知らずの男の家で普通にシャワーを使うとは、少し警戒心が無さすぎだろうか。
しばらくすると、琳がシャワーから戻ってきた。寝間着をわざわざ持ってきてたのか、ピンク色のパジャマを着ていた。
「シャワー貸してくれてありがとう。池上さん」
「ああ。ところで君は、どうして家出をしたんだ?」
いつまでもここにいてもらっては困るため、ひとまず俺は事情を訊くことにした。
「話したくない」
琳は顔を俯いた。出会ってからずっと表情を変えなかった琳は初めて表情を硬くした。
「そうか。話したくなければしょうがない。だが、明日には出てもらうからな」
「ど、どうかこの家においてくれない?」
琳は懇願するように言った。
「だめだ。見ず知らずの女性を匿うなんてことできない。それにわざわざ無償で置いておく義理もない」
「か、身体で払うというのは......」
気恥ずかしそうに琳はそんな提案をし、
「はぁ?」
俺は驚き変な声を上げてしまった。
「だ、だからここで生活させてもらう代わりに体で対価を払うというのはどうかな?」
「だ、駄目に決まってるだろ!」
ばれたらニュースになることもある。一応、自分は官僚という立場になる。
「明日、おとなしく家に帰るんだ」
少し厳しめの口調で言った。
「お、お願い! 死んでも帰りたくないの! どうしても帰れと言うのなら……」
ヒステリックな声をあげた。すると琳は突然、鞄の中からナイフを取り出した。
「ここで死ぬ」
琳はナイフを力強く握りしめ、自身の首に当てていた。刃先が軽く首筋に触れていて、微量の血が出ていた。
「お、落ち着け琳……」
なだめるように俺は言った。
「盾兵さん、私は本気だよ? 炊事、洗濯、掃除なんでもやるからさ、しばらくここに置いてよ」
懇願するように俺を見つめてきた。あどけなさを感じさせる表情で思わずすぐに同棲を許可したくなった。
しばらく悩んだ末、俺は答えを出した。
「分かった。しばらくの間だけだ。その後はこの家から出ていくんだぞ」
ここで死ぬと言う言葉は俺にはどうにも冗談には思えなかった。ここは琳の条件をひとまず呑みことにした。
「ほ、本当?」
不安そうに琳は訊いた。
「ああ。その代わり、家事とか手伝ってくれよ。俺、ズボラだしな」
「うん! 盾兵さん、ありがとう!」
琳は初めて笑顔を見せた。さっきのヒステリックな様子の時と信じられないくらいギャップのある可愛らしい笑顔である。
ーーとある雨の日、俺は一人の不思議な少女と出会い、奇妙な同棲生活を始めたのだった。
雨の日の家出少女 マムルーク @tyandora
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