「ナイフとフォーク?」「A. いいえ。スプーン✖️フォークです!」

雪純初

第1話

暗い家の中で僕は天井を見上げ悶々としていた。

僕が何故一個、悶々としているのか。

それは隣の部屋のスプーンが原因だった。


「……スプーン」


僕は上を向いていた四つ又を揺らしながらスプーンの事を考える。

スプーンに出会ったのは、一ヶ月前の事だった。

その日は僕達の持ち主の家族の誕生日だったらしく、特に目立ってなかった僕まで使用され、テーブルまで持って行かれた。

その誕生日会はとてもにがやかで、いつも父親の「ソウイチさん」に母親の「ナナさん」娘の「ミソラちゃん」息子の「セント君」の四人だったのだが、特別その日はおじーちゃんにおばーちゃん、他に親戚の人が3人程来ていて

僕は息子のセント君に使われていた。

綺麗に盛り付けられた豊富ほうふ果物くだものの皿にある苺に突き刺し、グサッと音が鳴る。

これが僕達の仕事だ。

他の誰にも真似出来ない(例外はいるが)僕達だけが出来る仕事だ。

僕の貫通力はスタンダードで平凡だが、果物程度なら難無く貫通させ、獲物イチゴを捕まえ、使用者の口へ運ぶ事ができる。

僕の他にも何個もの食器達が己の仕事をしていた。

偶にはこんな賑やかな雰囲気も良いものだ。


誕生日おめでとう。


僕は今日、7月26日に9歳になる娘の「ミソラちゃん」に御祝いの言葉を贈る。

誕生日会も中盤に入り、果物の皿の上に置かれた僕は、少々熱を持った体を冷やしながら、少しの間に休憩していた。

すると、隣りの方で女の個の笑い声が聞こえた。その声はとても可愛らしく、聞いているこちらも笑顔になってしまうような、そんな声だった。

僕はふと隣に四つ又を向け、声の主を探すと──其処そこにはスプーンがいた。


「──!?」


人間で言う一目惚ひとめぼれだった。

それからの僕は彼女を見つけるたびに目で追い、彼女の同作一つひとつに魅力され、悶絶した。

日に日に好きになっていく僕は彼女に告白しようと考えた。

……だけど出来なかった。

いや、しなかった。

僕は四つ又だ。

イケフォークの三つ又や個性的な二又とは違う。平凡で何処でも売っている四つ又だ。四つ又は凡庸性はあるけど、それしかないだけのブスフォークだ。

それにこんな影が薄いフォークの僕があの人気のスプーンに告白なんてしても断られるのは簡単に予想できる。


「それなら、最初からしなければ良いよな」


この恋心をいつまでも、この体が壊れるまでずっと……。

きっとスプーンは何処かの高級なイケフォークと結婚して、彼女に似た可愛らしい子フォークが産まれるんだよな。

僕の四つ又がギシッと鳴る。

痛い。痛い痛い痛い。

彼女が別ののフォークと付き合うのを結婚するのを想像するとズキズキと四つ又が痛い。


「スプーンに好きって、告白したいけど、断られるのは怖いな。僕は……、どうしたら」


誰も答えてはくれない。

今は深夜の3時だ。

皆、各々の仕事を終えて風呂に入っているか、寝ているかのどちらかだ。

──ああ、彼女に会いたい。

こんな深夜では彼女も寝ている頃だろう。

僕の勝手な願いは叶う訳ない──と、思っていた。


「フォーク君やんか」


ふと彼女スプーンの声が聞こえた。

僕の隣りにはいつの間にか彼女──スプーンがいた。

丸っとした一切の乱れのない綺麗な楕円形。

暗い家の中で美しい曲線がつややかやに光っているのは最早もはや、一つの芸術作品のように思えた。

中心の奥行は素晴らしく、男フォークならついつい視線を向けてしまうだろう。

傷一つ無いスプーンの体はいつも通りとても綺麗だった。


「どうしてスプーンが」


「ついさっきまで、風呂入ってたんや。(ここでの『風呂ふろ』とは食洗機で洗われること)ナナさんが夜勤帰りで帰ってきてな、散らかってたテーブル見たら、何や主婦魂?が騒いだんか急に私達を洗い出してな、風呂に突っ込まれて大変やったわ」


「それは大変でしたね」


話からすると約一時間前だろうから2時、遅い時間だ。恐らく寝ていただろうスプーンにとっては叩き起されるのと同じ事だ。


「それでさっき、体が乾いたからナナさんが風呂から上がらして、家に帰ってきたって訳や。……寝ぼけて戻す部屋は間違えたらしいけどな」


と、スプーンは笑う。

くすくすと笑顔で見惚れてしまうような満面の笑顔で笑う。


「それで、フォーク君は何でこんな時間まで起きてたんや?」


「それは……」


言える訳が無い。

彼女──スプーンに告白しようか迷っていたなんて言える訳が無い。

しかし、


「……私な、さっきちょろっと聞こてしまってんけど、フォーク君の声が」


「え──?」


僕は手元から地面へと落下した時のような衝撃が体に走る。

スプーンが僕の独り言を聞いていた?

だったらまさか……。


「それでな、フォーク君が『フォークに好きって、告白したいけど、断られるのは怖いな』って呟いてたの聞こえてんけど……」


そう言い、スプーンはすっと僕に視線を向ける。

スプーンが本当かどうかの審議しんぎを求めていることはスグにわかった。

けれど、本当に言っても良いのだろうか。

僕は四つ又でブサフォークで平凡で貫通力も決して高くない。体も所々に傷が入っているし、外国のフォークのような美しさとスレンダーさも持ち合わせていない。

高級なステーキの際には僕は選ばれず、イケフォークにイケナイフ達が選ばれる。

何処にでもいる工場の量産品りょうさんひんで代わりは沢山いる僕が告白なんてしたら、迷惑が掛かるんじゃないか。

そう思うと、やっぱり本当の事は言わず、適当に誤魔化すべきではないだろうか。


「……私な、フォーク君と面と向かって会うのはこれが初めてやないんや」


「えっ」


「覚えてへんやろうけど、誕生日会の時に一回会ってんね。もう、一ヶ月も前の事やけどな」


スプーンははにかんで笑う。


「その時にな、何やこっちに視線を向ける奴がおんなって、思って振り向くと其処に君がフォーク君がおったんや。それで、気になってしまったんや」


「どうして、僕は特徴なんて何にも無い只のフォークですよ」


「だって」


「私の事をキラキラした視線を向けるんやもん。そら、気になるやろ」と僕に言った。

そうか、僕は憧れていたんだスプーンに。

溢れ出るオーラ。圧倒的な格差を自覚してるからこそ、僕は完璧な形状で人気者のスプーンに憧れた。

僕の気持ちは、憧れ。

でも、だからこそそれを自覚したからこそ、僕は今の自分の気持ちを再確認できた。


「あの、スプーン」


「……何や」


不思議と僕の次の言葉を待っているように思えた。早く言って、と。流石に自意識過剰かな。でも、関係ない。

僕は決めたんだ。スプーンに柄を押された。

イケフォークでなくても、平凡でも、貫通力がなくとも、僕はこの感情に嘘は付けない。スプーンに嘘を付きたくない。


「僕は──」


その後、静寂な空間の中でカツーンと金属と金属が触り合う音が密かに響いた。




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「ナイフとフォーク?」「A. いいえ。スプーン✖️フォークです!」 雪純初 @oogundam

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