タッチダウン~もう1つの甲子園~

水谷一志

第1話 QB(クォーターバック)

 …このチームは、使えない奴らばっかりだ。

「おいてめえ、今のパス、良かっただろうが!何ボール落としてんだよ!ちゃんと捕れよ!」

「お前、そんなに簡単にディフェンスに捕まって、大丈夫なのかよ?ちゃんと走らねえと、試合でもそうなるぞ!」

…また、

「おいディフェンス陣!やる気あんのか?ちゃんとタックルしろよ!そんなんだと、俺たちオフェンスがいくら点取っても、足りねえだろうが!」

「おいキッカー、キックミスするなら帰れ!」

…どいつもこいつも。

 

 俺の名前は、立川勇樹(たてかわゆうき)。出身は東京だが、今現在、兵庫県にある、「関西第一大学(かんさいだいいちだいがく)」の、4年生だ。

 ちなみにうちの大学を少し紹介しておくと、偏差値は55程度と平均に近く、決して頭の良い大学ではない。(俺自身も、勉強は得意な方ではない。あと、うちは私大で、いわゆる「国公立」大学でもない。)

 ただ、うちに通う学生は、どちらかというと真面目なタイプが多く、いわゆる「荒れた」大学ではない。一応今年、2016年で、大学は50周年を迎え、例えば学園祭の実行委員などは、そのことを踏まえ、

「せっかくやから、何か記念に残ること、しよな!」

という風に、盛り上がっている。(さっきも言ったように、俺自身は東京出身なので、標準語しか話さないが、大学は兵庫ということもあり、周りは関西弁を話す奴の方が多い。)

 そして、これが俺の一番言いたいことだが、我が関西第一大学は、スポーツの強豪大学として、知られている。例えば、野球、サッカー、ラグビー、テニス、水泳、陸上…。まあ、うちの大学の運動部は、みんな「強豪」と呼ばれる部ばかりだ。

 その中でも、特にみんなからの注目を浴び、強豪と目されている部がある。それが―、

 我が関西第一大学アメリカンフットボール部、通称「タイガース」だ。

 補足であるが、大学のアメリカンフットボール部には、それぞれチーム名がつけられていることが多い。例えば、同じ関西圏で言うなら、「関西学院大学FIGHTERS(ファイターズ)」、「立命館大学パンサーズ」、また、俺の出身の関東圏なら、「早稲田大学ビッグベアーズ」、「慶応大学ユニコーンズ」などである。そして俺たち、関西第一大学タイガースの名前の由来は、同じ兵庫県に本拠を構える、関西では超有名なプロ野球の某球団からとった…と、俺は勝手に思っている。(確認したわけではないが、おそらく間違ってはいないだろう。)

 ここから先は自慢話になるが、聞いて欲しい。先ほども言った通り、我がタイガースは、俺たちの大学の他のスポーツ強豪部に比べても、成績は抜きん出ている。まず、日本一になった回数が違う。大学のアメリカンフットボール日本一を決める、「甲子園ボウル(これについては後で説明する。)」の優勝回数は、最多の30回。更に現在、その甲子園ボウルは、3連覇中だ。これらの伝統と成績のため、我がタイガースは、自然に我が大学の学生の注目を集める、花形チームだ。

 自慢話のついでに、俺のことも話しておこう。俺は小さい頃から、アメリカンフットボール好きの父に育てられ、自然に、このスポーツに親しんで来た。そして、俺の経歴は、自分で言うのも何だが、まさしく、「アメリカンフットボールエリート」と呼べるようなものである。特に、高校のアメリカンフットボール日本一決定戦、「クリスマスボウル」では、俺は1年生の時からエースQBとして出場し、見事に3連覇を勝ち取った。(我ながら、こんな選手は、なかなかいないだろう、と思う。)

 そんな成績を残したため、俺は全国各地の大学の、アメリカンフットボール部のスカウトから、注目された。そのため、俺は(さっきも言ったが勉強はできなくても)入る大学に、不自由することはなかった。そしてその中には、地元である東京や、関東の大学からのスカウトもあった。しかし…、

 俺は、関西第一大学を選んだ。

 その理由はただ1つ。「甲子園ボウル」の地元で、華々しいアメリカンフットボール生活を送ることだ。

 ここで、甲子園ボウルについて、簡単に説明しておこう。甲子園ボウルとは、全日本大学アメリカンフットボール選手権大会の、決勝戦のことである。この大会は毎年12月の第3日曜日に、兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場で行われる。さらに説明すると、2008年度までは「東西大学王座決定戦」として、関東学生リーグと関西学生リーグの王者同士が対戦する形で大学王座を争ったが、2009年のシーズンから、全国8連盟による全日本大学選手権の開始と共に、その決勝戦としての舞台に移行した。

 …要は、甲子園ボウルというのは、アメリカンフットボールを嗜む大学生にとって、夢の舞台、憧れの舞台なのだ。それは、さながら高校球児たちが、全国高校野球選手権大会、通称「甲子園」を目指すのと似ている。

 そう、俺たちにとっての「甲子園」とは、高校野球ではなく、甲子園ボウル。つまり、俺たちは、「もう1つの甲子園」を目指して、日々練習に、励んでいるのだ。

 そして俺は大学で活躍して、大学卒業後はアメリカに渡り、夢のNFLプレーヤーに…という青写真を描き、関西第一大学に入学した。(ちなみに、NFLとは、National Football League―ナショナル・フットボール・リーグの略で、数ある全米のプロスポーツの中で1番の人気を誇る、アメリカンフットボールのプロリーグのことである。)

 そして、さらに自慢になるが、俺たちタイガースは、目下甲子園ボウルを3連覇中である、ということは前に言った。この試合に、俺は(もちろん1年生から!)エースQBとして出場し、優勝に大いに貢献しているのである。この成績を見ても、俺がどれだけ優秀な選手か、分かって頂けるだろう。

 ちなみに、日本では、アメリカンフットボールのことを、「アメフト」と呼ぶ人が多い。が、俺はこの呼び方は、あまり好きではない。

(もちろんこれは、俺の個人的な意見だが。)俺は、このスポーツのことを、「フットボール」と呼ぶことにしている。そしてこの呼び方は、フットボールの本場アメリカでも、一般的に使われているものである。

 しかし、ここ日本では、アメリカのようにフットボールはメジャーなスポーツではない…ので、ルールそのものを、知らない人が多い。と言うわけで、簡単にフットボールのルールを、説明しておこう。

 フットボールは、敵・味方、11人の選手で行う。(この点は、サッカーと同じである。)ただ、サッカーと大きく異なる点は、キーパーを除く10人の選手がそれぞれ自由に動き回り、攻撃・守備両方を担当するサッカーとは異なり、フットボールは、攻撃側・守備側に別れて試合を進めていく。(この攻守交代制は、野球と似ている。)また、野球と異なる点は、野球は、攻守交代制であるものの攻撃と守備を、同じ選手が基本的に行うのに対し、フットボールは、攻撃と守備を、それぞれ別の選手が行う。つまり、自チームが攻撃の時には、攻撃用選手11人、守備の時には、守備用選手11人が、フィールドに出て戦うのだ。

 そして試合は、1Q(クォーター)15分、4Qの計60分で行う。この、Qと言うのは、簡単に言えば一区切りのことだ。参考までに、サッカーの場合は前後半各45分、計90分で行うことは、知っての通りである。

 そして、攻撃側チームは、最大4回の攻撃権で10ヤード、ボールを持って前進しなければならない。10ヤード前進が成功すると、攻撃側には新たにもう4回の、攻撃権が与えられる。また、10ヤード前進に失敗すると、相手側に攻撃権が移ってしまう。

 そして、フィールドの端にあるエンドゾーンにボールが運ばれると、「タッチダウン」と呼ばれ6点が入る。(その後、エクストラ・ポイントで、キックが決まればもう1点追加され、計7点を、稼ぐことができる。)また、「フィールドゴール」と言って、キッカーがボールをフィールド上から蹴り、エンドゾーン後方の、ゴールポスト枠内を通過すれば、3点が与えられる。また、タッチダウン後、ツー・ポイント・コンバージョンを成功させれば、2点が入り、セイフティの場合は、相手側に2点が追加される。

 …おそらく、初心者にはこのルールは、分かりにくいだろう。だから簡単に解説する。

 要はフットボールは、攻撃側がボールを前に前に進め、守備側が、それを阻止すればいいのだ。そして、ボールをエンドゾーンに運べば、タッチダウン等で、7点が入る。また、敵陣内でキックをし、ゴールポスト枠内にボールを入れたら、フィールドゴールで3点が入る。(その他の得点方法は、初心者にはややこしいので無視したらいい。)

 そして守備側は、激しいタックルなどで、攻撃側の前進を阻止する。それに成功すれば、攻守交代で、相手チームに攻撃権が移る―。フットボールは、単純に言えばその繰り返しで、より多く得点をあげたチームが勝ち、となるスポーツである。

 補足であるが、フットボールのタッチダウンは、ラグビーのトライとは異なり、ボールを地面につける必要はない。ボールを持った選手がエンドゾーンに入った瞬間に、タッチダウンが認められ、計7点が入る仕組みである。

 次に、攻撃の方法について、少し語らせてもらいたい。攻撃には、大きく分けて、「パス」と「ラン」がある。

 「パス」とは、文字通り、味方にボールをパスすることだ。まあ、これぐらいは知っているとは思うが、フットボールはサッカーとは異なり、手を使う行為が認められている。というわけで、パスは「蹴る」ものではなく、「投げる」ものだ。また、ラグビーとは異なり、フットボールでは、前方へ投げるパスが、認められている。(ラグビーは後方へ投げるパスしか認められていない…はずだ。)

 そして「ラン」とは、ボールを持った選手が、前や横に向かって走ることである。これは、サッカーで言う所の、「ドリブル」に似ている。この「ラン」に長けた選手は、ただ闇雲に走るのではなく、(専門用語では「カットバック」という言葉を使うが)華麗かつ重厚なステップワークで、相手のタックルをひらりひらりとかわし、ボールを前進させるのだ。

 攻撃側は、このパス・ランを自在に使い分け、守備側をかく乱して得点を目指す。また、守備側は、攻撃側の作戦に惑わされず、フォーメーションや激しいタックルで攻撃側を止める。これが、フットボールの基本である。

 説明ばかりになって申し訳ないが、フットボールのポジションについても、言っておかなければならない。

…と言っても、1から全て説明していると、初心者の人には分かりにくいと思うので、俺が「特に大事」だと思うポジション3つと、あとの「どうでもいい」ポジションいくつかに、分けて説明したいと思う。

 まず、特に大事な3つのポジションについてだ。1つ目は、俺のポジションでもある、QB(クォーターバック)。これは、主にパスを投げるポジションだ。そしてこのポジションは、単にパスを投げるだけでなく、攻撃の司令塔となることが求められる、フットボールの中でも、1番大事であると言っても過言ではないポジションである。そして近年のフットボールでは、QBには単にパスを投げるだけでなく、時には自分で走ることも求められる。(まあ、足も速い俺は難なく走ることもできるが。)

 とりあえず、QBは、フットボールの要となるポジションだ。このQBの出来が、試合の流れを大きく左右するのは、間違いないだろう。

 次に紹介するのは、WR(ワイドレシーバー)だ。このポジションは、主にQBからのパスを、受けることを役割とする。そしてこのポジションには、パスキャッチの技術はもちろん、WR自身がボールを持っていない時に、相手ディフェンスのマークをかいくぐる技術も、必要とされる。そして、いくらQBがいいパスを投げても、WRがそれをキャッチできないと何の意味もないので、QBの俺としては、試合で特に頑張って欲しいポジションだ。

 次は、RB(ランニングバック)だ。このポジションは、主にボールを持って走る、いわゆる「ラン」をするポジションである。そのためRBには、足が速いのはもちろんのこと、カットバックの技術(細かいステップで、相手ディフェンスをかいくぐる技術)も求められる。また、QB目線で言えば、QBによるパス攻撃だけでは、やはり相手ディフェンスを突破することができない。(パスしか来ないと分かっていたら、相手も対策を立てやすいだろう。これは、サッカーなど他のスポーツにも当てはまるかもしれない。)だから、RBの出来は、とても重要である。RBの出来がいいと、必然的に攻撃に厚みが増し、QBの俺の成績も、良くなるのだ。

 …ここまでが、俺が考える、フットボールにとって大事なポジションだ。そして、今から紹介するのは、さして大事ではない、と俺が考えるポジションである。

 まず、ディフェンス陣。もちろん、ディフェンス陣にもそれぞれ役割があり、ポジション名も色々あるのであるが、俺から言わせれば、ディフェンスはみんな同じで、役割はただ1つ。攻撃陣から、タックルでボールを奪うことだ。

 前にも言ったが、フットボールは攻撃側・守備側に分かれ、それぞれ11人ずつのプレーヤーで行うので、攻撃側の11人(さっき言った、QB、WR、RBを含む。)対、守備側の11人、という構図になる。(攻守交代をすれば、味方チームの守備陣11人対、相手チームの攻撃陣11人、となり、これを繰り返す。)

 それで、ディフェンスにも、監督に言わせれば複雑な戦術があるらしいが、要は「タックルするだけだろ?」と俺は常々思っている。つまり、ディフェンス陣は、言ったら悪いが「タックル部隊」だと、俺は思っているのだ。

 次に、オフェンシブライン。こいつらは攻撃側の選手で、フォーメーション上は5人、QBの前に配置されているのだが、こいつらの役割は、「QBがディフェンスに捕まらないように、ディフェンス陣をブロックする」こと、また「ボールを持ったRBの走路を作るため、襲いかかってくるディフェンス陣をこれまたブロックする」ことである。そして、このオフェンシブラインは、一部の例外を除き、ボールに触ることが許されない。ということは、QBの俺も、オフェンシブラインにパスを投げ渡すことが、できないのである。こいつらオフェンシブラインと俺、QBとの関わりは、ただひたすら、QBの俺をディフェンスから守ることのみ。つまり俺はこいつらのことを、「ブロック部隊」だと思っている。

 最後になるが、キッカー・パンターについて、説明しておこう。まず、キッカーというのは、キックオフの時やフィールドゴールを狙う時に、ボールを蹴るポジションのことである。

 言い忘れていたが、フットボールは、選手は自由交代制である。つまり、選手交代は何度でも大丈夫で、1度ベンチに下がった選手でも、もう1度フィールドに出て戦うことができる。(この点は、野球やサッカーと異なる。また、バスケットボールも、確か選手は自由交代制、だったと思う。)

 と、いうわけで、攻撃時には攻撃用の11人、守備時には守備用の11人を使って、戦うことができるわけだ。(全員を選手交代するイメージだと、思ってくれれば良い。)

 またその関係で、キッカーも、(サッカーのフリーキックやラグビーにおけるキックとは違い)キック専門の選手が、行うのが一般的だ。つまり、キックが必要な状況になった時に、サッカーやラグビーの場合は、フィールドにいる選手の内、キックが得意な選手がキックをすることになるが、フットボールの場合は、選手交代をして、キック専門の選手を出せば良い。そしてキックが終われば、その選手をもう1度下げればいいのだ。(キックの機会があれば毎回、このように選手交代が行われる。)

 そして、キッカーは、さっき説明した、フィールドゴールによる3点がどうしても欲しい時などに、キックを行う。そして、(タッチダウンよりは少ないが)確実に3点をもぎ取るのだ。

 そして、パンターであるが、これは、パントをする、専門の選手のことである。パントというのは、簡単に言うと、自分の陣地内からボールを蹴り出し、相手の陣地にボールをやるプレーのことだ。これは、自チームが攻撃権を失う前に、相手側の攻撃が自チームの陣地で行われないように、ボールを蹴り出す、というプレーである。

 また、このパンターも、専門の選手が行う。ただ、日本の大学のフットボールでは、キッカーとパンターを兼務させているチームが多い。(我がタイガースも、そうである。)ただ、海の向こう、アメリカのNFLでは、キッカーとパンターは、求められているキックが違うため、別の専門の選手が行うのが普通である。(この辺りは、日本とアメリカの、競技の普及度や、選手層の厚さも、関係している。)

 …まあいろいろ説明したが、要は、キッカーもパンターも、パントを含めたキックが必要な時のための、「キック部隊」だ。まあ、さして重要なポジションとは、言えないだろう。

 他にもポジションはいくつかあるが、説明はこの辺で。以上が、フットボールのルールや、ポジションについての説明だ。

 …とりあえず、俺は自分のポジションであるQBや、RB、WRは大事なポジションであるが、その他のポジション(「タックル部隊」、「ブロック部隊」、「キック部隊」等)に関しては、大して重要であると考えていない。はっきり言って、この3つは、ちょっと練習したら、誰でもできるだろう。

 ただ、俺のフットボール愛は、本物だ。俺は、この、フットボールというスポーツを、そして、QBというポジションを、心の底から、愛している。


 「お前ら、自覚がねえんじゃねえのか?やる気ないなら、帰れ!」

「勇樹。いきなりそんな感じで来られても、困るわ。俺ら、勇樹と違って、前の4年生が卒業して初めてのレギュラーやし、いきなり勇樹のレベルには、ついて行かれへん。」

「それが自覚がない、って言ってんだよ!俺ら、次の甲子園ボウルで、4連覇がかかってるんだぜ?このままだとそれどころか、甲子園ボウル出場すらも怪しいじゃねえかよ。ふざけるのもいい加減にしろ!」

「そんな…。」

 …話を俺ら、タイガースに戻そう。

 俺は、前回の甲子園ボウル(と言うか俺が1年生の時から)でQBとしてレギュラーで出場し、当時の4年生のレギュラーと一緒に優勝し、日本一になることができた。(また、俺は1年生から甲子園ボウルで、レギュラーとして優勝しているので、甲子園ボウルでは負け知らずである。)

 そして、俺は4年生になり、大学最後の甲子園ボウルに、4連覇をかけて、挑むことになったのである。

 しかし…、

 俺と違い、4年生になって初めてレギュラーになった他の奴は、はっきり言ってレベルが低い。WR陣は、俺の投げるパスをまともに捕れないし、そもそもフィールドのどこにいれば、どこを走ればパスをキャッチできるのか、分かっていない。そして、RB陣は、足もそんなに速いとは思えないし、カットバックの技術も未熟だ。そして、どうでもいい「タックル部隊」を始めとした3部隊も、まともにプレーをしていない。

 「お前ら、言っとくけど、相手は俺らの4連覇を阻止しようとして、俺らのこと、研究してんだよ!そんな相手に勝つには、どうすればいいのか分かんねえのかよ!」

 …俺が何度ゲキをとばしても、こいつらには届いていないようだ。

 まあ一応、こいつらも紅白戦では、そこそこのプレーはする。それは認める。しかし、実際の公式戦と、紅白戦とでは、天と地ほどの差がある。こいつらはそのことを自覚していないため、例えば紅白戦の時はタックルが少し甘くなるなど、どこかに「気の緩み」が見られる。そして俺はそんな奴らとは違い、実戦の怖さを、身を持って知っているつもりだ。

 「お前ら、本当に内弁慶だな!紅白戦でいいプレーしても、本番で、本気の相手に勝てなきゃ、意味ねえぞ!」

「勇樹、そんな言い方、あんまりや…。」

「うるせえ!」

 『…ったく、よくこれが日本一のチームだと、言えたものだ。まあ、こいつらはレギュラーじゃなかったから、関係ないか。』

 俺がそう思うほど、このチームははっきり言って、弱い。


 そうやって俺が、先輩の旧4年生が引退してからゲキをとばし続けて、もう4月になろうとしていた。その間、俺は周りをとやかく言うだけでなく、自主練も怠らなかった。もっと正確無比のパスを投げるには、どうすればいいか。また、自分でボールを持って走る時のために、脚力も鍛えないといけない。さらに、タックルに当たり負けしない、強靭な肉体も必要だ―。とにかく俺は、練習に練習を重ねた。

 それは、甲子園ボウルを4連覇し、大学生活を締めくくるため。そして、俺の大きな夢である、NFLプレーヤーになるため。全ては、そのためだ。そのためなら、こんな生温いチームでも、我慢できる…。

 そして、5月になった。その頃になると、満開だった桜も、散って葉桜になっていた。(ちなみに、我が関西第一大学には、地元でも有名な桜並木がある。)しかし、俺にとって、桜なんてどうでも良かった。いや、桜だけでなく、季節なんて、俺にとってはどうでもいい。俺は、フットボールのため、フットボールで勝つことだけを、考えて生きていくんだ―。

 5月になると、新1年生も学生生活に少し慣れて、リラックスした雰囲気が漂う。と同時に、「5月病」という言葉もある通り、少し緩んだ空気も、漂い始める頃だ。

 そして、我がタイガースに入部して来た1年生部員たちも、少し気の緩む頃だ。しかし、俺はそれを許さない。俺は、部員たち、そして自分自身にも、ハードワークを課した。

 甲子園ボウルの開かれる、12月までは、時間があるようで、ない。だから、俺たちは、強くならないといけない…。

 そうやって、練習をしていた5月、

 俺は、怪我をした。

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