ツッコんではいけないお客さん(接客のお話)
「ドラッグストアの接客はここが大変、とかあります?」
どうでしょう……どのような業種・業態であれ、接客業は大変ですよ。
一方的なコミュニケーションに辟易し、浴びせられる理不尽にメンタルを削り刻まれ、それでも悪感情を出さず笑顔で振舞う……私は悲しき
「瞳から光が消えていく……私はライトでポップな話が聞きたいの」
そうですか。では、記憶に濃く残っているお客様の話でもしましょう。
来店された方は高齢の男性でした。一つずつ言葉を探すような、ゆっくりとした話し方です。
「せきを……止める、薬で……初めに……『あ』がついて、赤い……箱のもの……」
かしこまりました。該当する商品がございます。
さっそく現品をお持ちしました。しかし、納得がいかない様子。
お客様はパッケージを見つめて、ぼそぼそとつぶやきました。
「たしか……あ……あ……………………アロン、アルファ」
それ飲んじゃダメなやつぅぅぅぅ‼ せきじゃなくて心臓止まっちゃうからぁぁぁぁぁ‼
なんてツッコミを声に出すことはできないので「アロンアルファは瞬間接着剤で文房具ですね」と柔らかな口調で申し上げました。
客と店員という立場上、また冗談なのか本気なのかを見定めることもできず、生真面目に対応するしかありません。
最終的に購入いただきましたが、勘違いが訂正されたかどうかは分かりません。
「……失望を隠せませんね。もっとリアルな作り話をしてください」
完全に実話なんです! 本当にアロンアルファって言ったの!
逆に欲しいですよ、こんな作り話を生み出せる創造力が。
「今のはノーカンにしてあげますから、ちゃんとした経験談をください」
はぁ……この子はなぜこんなに偉そうなんだろう。
じゃあ、こんなのはどうですか?
土仕事で軽く指を切ってしまったおばあちゃんが、傷薬を買いに来ました。
「大したことないんだけど、一応ね」
朗らか笑顔に対し、私は化膿止め成分の配合された軟膏をお勧めしました。
ちなみに今何か塗っているお薬はありますか? と尋ねると、おばあちゃんは向日葵のような笑みを浮かべて、こう言いました。
「なーんにも薬がなかったから、とりあえずバター塗っといた」
いや塗るにしても‼ 薬がないからバターを使うという論理の飛躍‼
次々と湧き出る意見を抑え込み、私は冷静に「バターに皮膚の修復成分は含まれていませんね」と丁重にお伝えしました。
ボケにボケを重ねているような、ツッコミ不在の空間にいる居心地の悪さ。
そのあとおばあちゃんは庭の畑の話をして、明るく退店されました。
「お年寄りをイジって得られる笑いは格別ですか?」
口が悪いな! 私はご長寿早押しクイズ的な親しみを込めて話しているんですよ。
「そういう昔のネタを出しても、女子高生には伝わりません」
伝説のクイズコーナーを知らないだと……? というか君、そんなに若かったんですね……なら、もう少し年上扱いして欲しいなあ。
ちなみに一説によると、バターは古代ギリシャで傷薬として使われていたようです。
油分が傷口に膜を作りばい菌の侵入を防ぐらしいのですが、空気も通さなくなるので傷の治りは遅くなるとのこと。
これはネットで調べた限りですが、民間療法は正しくない場合が多いです。
きちんと治すのであれば、お薬や医療機関を利用しましょう。
「ラストチャンスです。ドラッグストアらしい接客エピソードを教えてください」
前の二つ以上に……? 同じ路線はつまらないと蔑まれそうだなあ。
では、こんな話はどうでしょう。
レジ会計のお客様は、お子様連れのお母さん。
幼稚園くらいの娘さんは、レジ前の商品に興味津々で、いろいろな商品を手にとってはお母さんに「買わないからねー、触っちゃダメよー」と言われていました。
保護者の方が落ち着いて買い物できるように、レジには風船やシールなどのおもちゃを用意しています。これでお子様の気を引くのです。
その時は、かえるの塩化ビニール製の指人形もありました。
医薬品メーカーの方から頂いた、可愛いかえるさんです。ドラッグストアらしいでしょ?
「わあ見て。お店の人がかえるさんくれるって」
狙い通り、娘さんの興味は赤い服を着たかえるさん人形に移りました。これスムーズに会計が出来ます。
じーっと人形を見つめる我が娘に、お母さんも落ち着いた様子。
しかし、次の瞬間。娘さんは大人たちが予想もしない行動に出ました。
「やあ!」
娘さんは突然、かえるさんの赤い服を剥ぎ取りました。
「なにやってるの⁉」
娘の突飛すぎる行動に半笑いで対応するお母さん。
かつてない子供の登場に、笑いをこらえて袋詰めする私。
すっぽんぽんのかえるさん。
「やっ!」
さらに娘さんは、剥ぎ取った服をレジ台に叩きつけました。
まるで、言いたいことも言えないポイズンな世の中に対する憤りをぶつけるかのように。その行動は私の笑いのツボにドハマりでした。
無残に残った赤い服を回収し、お母さんは我が子の手を引いて退店されました。
娘さん、きっと大物になりますよ。
「子どもネタという無難な路線を選ぶところが安直であざとい」
冷静かつ的確なダメ出し……でも誰だって、目の前で子供が人形の服を剥ぎ取ってレジ台に叩きつけたら笑いますってば。
「今回はこの辺で勘弁してあげます。またネタがなくなったら来てあげますから、せいぜい面白い話を仕込んでおいてくださいね」
ちょっ、書くネタはあるんです! ただ『ぼくの頭はピヨリーナ』が佳境で、職場は人手不足で……ってああ、帰ってしまいました。
楽しかった接客の話はまだまだあるので、機会があればまたお話させていただきます。
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