第29話 母へのお粥

 …楽しかった夏休みはあっという間に過ぎて、秋になった。

 学校の授業が始まり、フミの店もさらに忙しくなった。

 また、生まれたばかりの弟、ユージの世話にも手がかかる。

 そこでフミはお姉ちゃんを1人増員したのである。

 今度のお姉ちゃんは、竹之高地からチヨという娘を呼んで来たのであった。

 まだ十代の、目のクリンとした可愛い感じの娘である。…これでお姉ちゃんは3人になった。

 一方、サダジは長年勤めていた浅草の会社を辞めて、個人で燃料販売店を開業することになった。…要するに独立である。

 同じ松戸市内の栄町5丁目に土地を買い、プロパンガスと灯油の倉庫を建て、「森緒商店」の看板を掲げてサダジも俄然忙しくなった。

 また、勤め人を辞めたのでかねてから依頼のあった工業団地内の工場へ、昼食時のパンの出張販売もするようになり、何だか商売フル稼働である。

 …というような状況の中、フミは王子に言った。

「お店も忙しくなったしお前も小学生なんだから、1人で御飯くらい作れるようにならなきゃね!…私は学校へ通う前にはもう台所に立っていたよ!」

 そして王子に手取り足取り米の研ぎ方や御飯の炊き方、鰹節の削り方から出し汁の作り方、味噌汁の作り方を教えて実際に王子にやらせたのであった。

 王子も実際料理をすることは嫌いでは無かったのか、教えられたものはすぐに出来るようになった。

 フミの毎日の夕方のお使いにも付いて行った。

 しかし、そんな王子が学校に行く前の朝食は、自分でサッポロ一番のインスタントラーメンを鍋で作り、とき卵を入れて啜っていたのであった。

 王子は明星のチャルメラよりも日清の出前一丁よりもエースコックのワンタン麺よりも断然サンヨー食品のサッポロ一番が好きなのである。

 …そしてだんだんと秋も深まり、多忙な毎日をフル稼働で頑張っていたフミは、ついにダウンした。

 …風邪をひいてしまったのだ。

 しかし、それでもフミは完全に寝込んでしまう訳にもいかないのである。

 お店を開けての販売や昼の工場への商品配達、出張販売などはお姉ちゃんとサダジで何とかなるにしても、仕入先への発注や納品業者への支払い、閉店時の売上金の回収と翌日用の釣銭配置など、フミでないと出来ないことがいろいろあるからである。

 特に商品の仕入発注に関しては実際のお店の在庫状況を見て行うので、布団に横になっていては出来ない。

 …ところが現実には王子が学校から帰って見ると、フミは頭に氷嚢を当てて部屋でぐったり寝ていた。

「お母さん、大丈夫?」

 さすがに心配になって訊くと、フミは風邪でしわがれた声で言った。

「まだ身体がだるいけど少しは良くなったかねぇ…ちょっとお腹も減ったし何か食べたいねぇ…王子、お粥を作れるかい?」

 …王子は得意げに答えた。

「お粥だね!任しといて!すぐに作るよ」

 王子は台所に行って手鍋を取り、炊飯器からしゃもじで一杯の御飯を移すと、水を足してコンロに乗せ、火を着けた。…そして水が沸騰する頃合いに弱火にして、後はゆっくりコトコト煮込みながら鍋底の飯が焦げないよう時々スプーンでかき混ぜる。

「お粥なんて簡単さ!」

 気分良くなって来た頃、手鍋の飯はとろとろお粥の様相になったので、王子はコンロの火を止めた。

 仕上げに味付けをしようと戸棚から塩の容器を出して鍋に振ったら、何と容器の穴が湿っていて塩が出ない!

 王子は塩の容器を懸命に振ってシェイクした。…さらにコンロの角に容器をガンガンぶつけた後で、これでどうだとばかりに、や~っ!と手鍋に振り下ろすと、何と塩は一気にザーッと飛び出てお粥の上に塩の山が出来たのであった。

「しまった!」

 王子は心の中で叫んだが、もう出てしまったものは出てしまったのである。

 王子はどうしようかと悩んだが、「塩が入り過ぎたなら、砂糖を入れたら中和されてちょうど良くなるのでは?」と足りない子供頭で考え手鍋に砂糖をごっそり入れてかき混ぜ、フミのところに持って行った。

「ありがとう、王子」

 フミは布団から上体を起こし、お椀にお粥をすくってスプーンで口に運んだ。

 …次の瞬間、

「ブフッ !? 」

 フミは口からお粥を吹き出し、

「何このお粥はっ?」

 と大きな声で叫んだ。…それを見た王子は、

「何だ、元気じゃん!」

 と思ったのであった。


「…全く!私は風邪ひいたって楽々寝てもいられないよっ!」

 翌日、フミは布団をたたんでお店に復帰したのである。

 こうして母親は息子のお粥で元気を取り戻し、森緒家にいつもの忙しい日常がまた始まるのであった。

 めでたしめでたし…!





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