第28話 人もケモノも盆踊り
…普段の晩はただ暗い闇に包まれるだけの竹之高地だが、しかし今夜は違うのである。
森緒本家で一族揃ってご馳走を頂き、サダジ兄弟叔父さん達が酒を飲んでいると、外からドドンがドンドン!と太鼓の音が聞こえて来た。
集落入り口の不動滝の水の落ち口の隣には不動社(地元民は不動様と呼んでいる)という神社があり、今夜はその境内で盆踊りが行われるのである。
お姉ちゃん達は太鼓の音を聞くと急にそわそわし始め、叔父さん達もビールのグラスを置いてよろめきながら立ち上がる。
「よ~し、不動様の盆踊りに行くぞ~!」
という訳で、各自提灯を持って足元を照らしながら暗い外へと出て行くのであった。
…足元は暗いが、夜空を見上げればたくさんの星が競うようにまたたき、まるで竹之高地を包むように光り輝いていた。
不動様へ行って見ると、境内の中央には四角いやぐら台が組まれ、その上では集落の若い衆がひたすら太鼓を叩いていた。
やぐらのてっぺんからは四方にロープが張られ、明かり提灯がびっしり吊るされて境内全体を華やかに照らしていた。
やぐらの下では年配のおじさんが盆踊りの唄を朗々と歌いながらやぐらの周りを回り、さらにその周りを集落の人達が踊りながら二重の輪になって回るのである。
女の人は浴衣姿、帰省で戻って来ている男の人は浴衣姿だが、地元の男衆は普段着姿のままである。
太鼓に合わせて歌う盆踊り唄の歌詞などはよく分からないが、唄の途中に合いの手を入れるところが3箇所あり、王子は見よう見まねで踊りながら合いの手の言葉を張り切って叫んだのであった。
「はぁきったぁしょっと~」
「はぁよした~よした~さっと~」
「よいよ~さあよいこらさ~」
…女衆はただ黙々と踊り続けるが、男衆は地元の若い衆に酒を勧められ、赤い顔をしてだんだん踊りもヨレヨレになってくる。
いつもは静かで暗い不動様の夜だが今夜は明るく賑やかだ。
…すると、この華やかさにつられたのか山からぼんやりと白いものが、さ~っと飛んで来て境内の端の大きな杉の木にとまった。
ムササビである。
ムササビは杉の木の幹を上に下にとチョロチョロ動き回る。…木にとまった後はリスと同じような動きである。
…こうしてお盆の竹之高地の夜は人もケモノも楽しく更けていくのであった。
…翌日は朝御飯を済ませると、王子一家は帰り支度をして松戸に戻ることにした。
フミは休みを3日間しか設定してないので、明日には店を開けねばならない。
祖母キノが名残り惜しそうに王子に言った。
「やっときたてがんにへぇそんまけぇるてがだ?おごっだんや~!らいんなはおれがむけぃにいぐすけな、王子」
※訳(やっと来たってのにこんなにすぐ帰るっていうの?困ったねぇ、来年は私が迎えに行くからね、王子)
タマイは往路の道のりで懲りたのか、帰りは電車で行くと言って一家を玄関先で見送った。
王子は何度も振り返りながら本家の人達に手を振った。
…昨晩賑やかだった不動様の脇を過ぎ、一家は滝の音を聞きながら山道を下る。
朝のうちはまだ山の空気は涼しく、下り坂なので足取りは軽やかだ。地獄の往路とは雲泥の差である。
しかし、竹之高地からだんだんと遠ざかるとやはり王子の胸に寂しさが湧いてくるのであった。
…そして翌年からは、夏休みになるとすぐに祖母キノが北松戸まで王子を迎えに来るようになり、王子は休みの大半を竹之高地で過ごすことになるのである。
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