たけんこうち王子の伝記
森緒 源
第1話 プロローグ (王子誕生その1)
昭和の時代の中頃、…東京は浅草橋場に住む平凡な夫婦に子供ができました。
夫サダジは会社員で、妻フミと自分の勤務する会社の敷地内にある古い社宅に住んでいました。
社宅のすぐ脇を隅田川が流れ、近くには明治通りと白髭橋があり、車の往来は激しく、周りには大小の工場も有って、ドカドカうるさい東京の下町といったところでした。
…11月に入った晩秋の寒い日にいよいよフミは産気づき、同じ都内に居る妹のナカが駆けつけて、タクシーで姉妹2人は浅草のS病院に向かいました。
当時のS病院は戦前からの古い建物で、タクシーを降りて中に入ると、たくさんの患者で混み合っていました。
「お姉ちゃん!もう少しだから、頑張って!」
フミにそう言ってナカは受付に走り、姉の状況を訴えて、間もなくフミは看護婦に連れられて分娩室に入りました。
…この時フミは28歳でしたが、身体の状態は血圧が低目で、時折り襲って来る貧血症状に悩まされていました。…実は結婚後、1度流産を経験していたのです。
という訳で、今回も途中で意識を失いかけるほどの難産で、必死に気力を振り絞って頑張った末にようやく赤ちゃんが取り出されました。
…しかし看護婦も医師も表情は硬いままでした。
出て来た赤ちゃんは小さな男の子でしたが、産声を上げなかったのです。
赤ちゃんはバシバシと尻を叩かれ、ザブザブと水に浸けられたりと身体に乱暴な刺激を与えられた末、数分後にようやく「ぅゃぁぁぁ~っ !! 」と、か細く泣き声を上げました。
…朦朧とした視界の中でそれを見届けると、ゆっくりとフミは意識を失って行きました。
…それからどのくらいしてからでしょうか?…目を開けると眩しい光が飛び込んで来ました。
気が付くと、フミは一面の広い広いお花畑の中に横たわっていたのです。
身体を起こして周りを見ると、その花畑はどこまで広いのか、そのまま地平線すら霞んでよく分からないほどです。
「…ここはどこ?…それにしても何て綺麗なところなのかしら !? …」
色とりどりに咲き誇る花々を眺めてるうちに、フミはだんだんとリラックスして気分が晴れやかになり、ウキウキとスキップするように花畑を歩き始めました。
身体は羽根のように軽く、優しいそよ風が頬を撫でて行きます。
「あらっ !? …」
気が付くと、どこからともなく金色に輝く蝶が現れ、光の粒子を振り撒きながらフミの前をゆらゆら舞い始めました。
「…私をどこかに導こうとしているのかしら?」
なぜかそんな気がしてフミは蝶が舞う後について行きました。
…蝶はキラキラ耀きながらフワフワと花畑を渡って行きます。
フミは何も迷わず導かれるままに花畑の中を滑るように歩いて行きました…。
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