Episode1 黒き魔女

第1話


 ――あの、運命の夜よりも半日前のこと。



「――『あなた、死ぬのは恐い?』」

「――――――――」



 昼食も終え、大学院の中庭のテーブルにて休憩中。

 友人三人と飲み物を傾けていた琥珀の髪の青年――リヴェルの耳に、不意にうすら寒い言葉が届いた。

 さらさらと肌を撫でていく風は心地よく、頭上から降り注ぐ陽光も柔らかい。このまま日光浴をすれば気持ち良さそうな午後のまどろみは、学院に通うリヴェルのお気に入りの一つだ。

 そんな風に、のんびりと休憩を堪能していたのに、届いた内容はとんでもなく不吉なものだった。無粋な冷たい棘を刺した隣の友人に、リヴェルは眉を遠慮なくしかめる。


「何だよ、それ。いきなりだな」

「おや? お前さん、知らないのかね。この学院の有名人なのだよ」


 大袈裟おおげさに驚く友人の一人――エルスターに、リヴェルは尚も首を傾げる。

 高等学院を終え、将来の道を決める貴族子女にあふれたウィストラ大学院に無事に入学して半年。

 季節は秋を巡り、それなりに気の合う友人も出来て、ようやく生活に慣れてきたリヴェルにとっては、まだまだ知らないことばかりだ。

 しかし、そんな自分は無知の無知だとからかう様に、エルスターが綺麗に人差し指を振る。

 この学院でもプレイボーイで通っている彼がやると、様になってしまうところに呆れてしまう。一年生着用義務の真っ白なブレザーがまた、どこかの王族の様に似合っていた。実際、彼は現若き国王の甥である。


「リヴェルよ、黒き魔女を知らないのかね?」

「黒き魔女? それ、美味いのか?」

「ほんとに知らないのかね! お前さんは、もう少し周りに興味を持ちたまえ!」

「そうよー、リヴェルったら。さすが、この絶世の美女を相手にしても、『はあ、綺麗だな』だけで終わらせただけあるわー」


 向かいに座った紺碧の髪の少女が、けらけらと笑いながら可愛らしくウィンクしてくる。

 そのツッコミは、果たして今この場に相応しいのかと問い詰めたくなったが、恐らく「だって美少女だもの」で終わるだけなので、リヴェルは流すことにした。

 彼女はエルスターの対の様な存在で、確かに周りがかすむほどの輝きを放つ美少女である。学院に入学した当初から、数多の男性を虜にしてはそでにするという、自由奔放な人物だった。

 名はマリアというのだが、聖女の名を冠しているのが胡散臭くなるほどに、性格は清らかさから光の速さでかけ離れている。

 彼女に虜になる男性が、ヒールで男を踏みながら高らかに笑う彼女に、興奮しながら我も我もと頼み込むのが、その一端を担っていると思う。自分なら、金を積まれたって踏まれたくはない。むしろ蹴り飛ばしたい。


「まあ、目の前に私みたいな美少女がいるんだから、他の女に興味がなくて当然だけど」

「別に、君にも興味はないから安心してくれ」

「ちょっとー! いくら何でもツンデレ過ぎるわ」

「まあまあ、マリアちゃん。リヴェル君は、きっと男にしか興味が無いんだよ」

「なんと! 僕を狙っているのかね!」

「勝手に人の趣味を捏造ねつぞうしないでくれ。男にも興味ないからな」


 とんでもないなだめ方をした、藤色の髪の少女――クラリスに、リヴェルは疲れた様に溜息を吐く。

 ごめんなさい、としとやかに謝ってくるが、彼女も曲者だ。むしろ、自分の周囲には曲者しかいないとリヴェルは嘆いた。


「はあ。男にも女にも興味がないとは、実にさみしい人生なのだよ。お前さん、せめて男に興味を持ってみてはどうかね?」

「……なるほど。つまり、君を襲えば良いのか?」

「ひっ! ……、ざ、ざざざ残念。僕は女にしか興味がないのだよ」

「はいはい、それくらいにしておきなさいよー。それで、黒き魔女のことでしょ?」


 馬鹿なやり取りをしていると、軌道修正をされた。

 正直、リヴェルにとっては全く興味のない話題だったが、誰もが知っている内容らしいので拝聴することにする。エルスターなどは、話したくて体ごとジャンプしているので、好きにさせた。



「僕たちの一つ上の学年に、ステラ・シャーリーという女性がいるのだよ」



 一つ上というと、年頃は二十歳か。

 整理しながら、リヴェルは続きを待つ。


「長い黒髪に、黒い服、おまけに年中黒いコートを羽織っていてね。だから、黒き魔女というわけさ」

「それだけで魔女って、少しひどくないか?」

「それだけとは何だね! 全く笑わない上に、声も平坦なのだよ! そう、こう、雰囲気が、ぶわーっと! 魔女! なのだよ!」


 説明が、途端に馬鹿っぽくなった。

 成績は常にトップ3に入っているのに、何故彼の普段の会話はここまで頭が足りない感じになるのだろうか。リヴェルにとっては、魔女よりもそちらの方が不思議だ。


「ま、まあ、エルスター君の説明は馬鹿っぽいけど」

「バカとはなんだね!」

「でも、表情一つ変えなくて、声がいつも平らなのは本当なんだよ。わたしも見たことあるけど、本当に――」


 クラリスの声が、不自然に途切れる。視線もどこか遠くに向かっていった。

 疑問に思って彼女の視線を追いかけ、リヴェルは軽く振り向く。同時に、ざわっと空気がやけに大きく騒いだことに首を傾げた。

 途端。



 ――りん、と、涼やかに鳴り響く音が聞こえた気がした。



 リヴェルが音の出所に目を向ければ、ちょうど一人の女性が漆黒を棚引かせ、遠くを横切るところだった。

 ああ、もしかして、と思う間もなく。



「―――――」



 その異様な雰囲気に、知らずリヴェルは惹きつけられた。



 彼女の漆黒の髪は艶やかで、風に誘われる様に緩やかになびき、陽光を綺麗に照り返していた。黒いコートがはためく様は、まるで黒き翼が世界に羽ばたきながら広がる様で幻想的だ。

 身にまとう黒を従え、颯爽と歩く姿は、一本の芯の通った花の大輪を思わせ、貼り付いた様に目を逸らせなかった。

 しかし。



 その『黒』は、この場にはあまりに不釣り合いな色であった。



 頭上から降り注ぐ麗らかな光は、周囲に柔らかく降り注いで全てを祝福している。

 それなのに、彼女の纏う漆黒は、拒絶するかの様に全てを弾いていた。くっきりと、黒だけが光景から浮き彫りにされ、同じ場所にいるはずなのに別世界の存在だと伝えてくる。

 涼しげな空気を纏う一輪の花を匂わせながら、生きるために必要な光を拒むその姿。

 あらゆる音や色が途切れたかの様に静かな空間で、リヴェルは強く彼女に目を奪われた。

 ――と。


「……っ」


 ふと、彼女がこちらを振り向いてきた。

 ばちっと視線が合い、リヴェルの背筋が咄嗟に伸び――息を呑む。



「――――――――」



 清冽な、黒水晶の様な瞳だった。

 見つめ合い、何度でも心臓を貫かれる様な錯覚におちいるほど、深く吸い込まれる。



 ――う、わ……。



 何て、綺麗な瞳なのだろうか。

 ぐっと、心臓をつかまれる様に惹き込まれ、知らず目が釘付けになる。

 磨き抜かれた漆黒の双眸は、この世のものとは思えないほどに透き通っていた。全てを見透かす様な真っ直ぐな透明さは、心の奥底まで深く入り込み、撫でられる様な衝撃を受け、リヴェルの頬が自然と熱くなる。

 不躾なほどまじまじと凝視しているのに、彼女は顔色一つ変えない。無感動な彼女と自分の視線が絡み合う様な感覚に、背筋が大きく震えた。

 視線が外せず、かと言って声をかける勇気も出ずに見つめ合っていると。



 ――ふいっと、彼女の方から視線が外された。



 相も変わらず彼女の表情は平坦だ。こちらに興味など全くないと断言する様な仕草に、急激に昂ぶりが冷めていく。

 そのまま、彼女は何事も無かったかの様に立ち去っていった。ひらりと、黒いコートのすそがはためく様が、やはり翼の様に舞って、余韻に浸ってしまう。

 完全に彼女の姿が消え去るのを見送って、リヴェルは無意識に胸元に手を置いた。


 ――変な、感覚だったな。


 彼女の黒と絡んだ瞬間、体の奥底から湧き上がる様な熱を覚えた。

 まるで、互いの奥深くが強く結びついた様な――。


「……っ」


 震えた背筋を思い返して、リヴェルは知らず息を呑む。もう一度体感したい様な、二度としたくない様な、奇妙な震えだった。

 何故、あんなにも強い衝撃を受けたのだろう。初めての体験に、首を捻っていると。



「さすが、魔女殿だ。リヴェルがぼーっとなるとはね」

「……、え」



 不意に飛んできた揶揄やゆに、リヴェルの脳が冷や水を浴びせられる。

 慌てて振り向くと、頬杖を突いてにやにや眺めてくるエルスターに、獲物を捕らえた様な笑みを浮かべたマリアがいた。クラリスは「呆れた」と言わんばかりの冷めた眼差しで、リヴェルの口元に否応なく苦みが広がっていく。


「い、や。すごい黒だなって、思っただけだぞ?」

「まあー、どうだか。いやらしい目つきだったわよー」

「え」

「そうだね。リヴェル君、いやらしかった」

「え!」


 女性二人に責められて、リヴェルの頬が先程とは別の意味で熱くなる。ぶるっと、強く一度首を振って、必死に否定した。


「ち、違うぞ! 本当に、何か、黒がすごくて」

「ふーん。……ていうか、リヴェル君は、胸がある女性が好みなの? あの人みたいに」

「だから、……って、は?」


 唐突なクラリスの質問に、リヴェルは否定の言葉を宙に浮かす。

 彼女はいきなり何を言い出したのだろうか。

 思い返せば、確かにあの女性は胸があったかもしれないが、黒の印象が強すぎてうろ覚えだ。というより、そもそも胸にあまり興味を持ったことがない。一般男性にあるまじき事態かもしれないが、女性に興味を持たない人生を送ってきたために、考えたことがなかった。

 故に、当惑で答えられなかったのだが、クラリスは肯定と看做みなしたらしい。がたっと、椅子を蹴り倒す様に立ち上がった。


「分かったよ、リヴェル君。わたし、頑張ってみるね!」

「え。何をだ?」

「えーと、確か、色気のある大人は」


 何やら闘志を燃やし、クラリスがうんうんと唸る。マリアが「あー」と楽しそうに見守る中、彼女はくるんと一回転した。ふわりと、スカートの裾が舞う様が花開く様に可憐だ。

 ぴたり、とクラリスは立ち止まり、わざとらしく胸を強調する様に両腕を胸元の下で組む。

 そして。



「――うっふーん♪」

「――頭は大丈夫か?」



 リヴェルは、即座に一刀両断した。本気で頭が心配になる。


「……うわーん、マリアちゃん! リヴェル君がいじわるだよー!」

「あー、はいはい。リヴェル、健全な男性としてその反応はどうかと思うわよー。クラリスもどうかと思うけどー」


 泣き付くクラリスをなだめながら、マリアが半眼で一応の彼女への援護射撃をした。白い目であるのを見る限り、彼女も自分と同意見の様だ。友人とは一体、と目が遠くなる。


「いや、だってな? いきなり色気? があるのか分からないポーズをされたら、誰だって心配になるだろ?」

「うわーん! 色気が無いって言われたよー!」

「……リヴェルも大概たいがい、毒舌だと思うのだよ……」


 エルスターも半笑いで明後日の方向を向く。クラリスの方がよほどだと思ったが、反論はしないでおくことにした。

 しかし、失礼な言い方かもしれないが、正直クラリスの胸はお世辞にも凹凸おうとつがあるとは言い難い。

 なので、先程の様に胸を寄せてみても、特に変わりもない。確か、そういったポーズは、男性専用の専門誌だと、胸がかなり豊満な女性が取っている記憶があった。それがお色気だと、周りの男子学生が騒いでいた気がする。

 故に、色気が無い様な気がすると判断したのだが、対応を間違ったらしい。クラリスが落ち込んでしまったので、本音を告げることにした。


「いや、あのな? あれはクラリスの性格とは違う気がするし、似合わないと俺は思うんだ」

「がーん!」

「君は、自然体のままの方が可愛いと思うぞ。無理に変な色気を出そうとするより、よっぽど可憐に見えるしな」

「……、え?」


 ぴたりと、クラリスがマリアの胸元で泣きやむ。エルスターの目が何故か白くなったが、理由は不明だ。

 実際、クラリスは可愛いと思う。マリアの人気の陰に隠れてはいるが、男性に秘かに人気があったはずだ。何でも、可愛い外見と無邪気な毒舌で翻弄されたいとか何とか、前に耳にしたことがある。

 ――マリアといい、クラリスといい、彼女達を好きになる男性はマゾなのだろうか。理解しがたい性癖である。


「そ、そうだよね! 自然体、一番だよね!」

「ん? ああ、そう思うぞ」

「そっか。リヴェル君は、自然体が好き。自然体、……ふふっ」


 よく分からないが、完全に復活したらしい。心なしか彼女の頬が赤らんでいるが、満面の笑みなので心配はない様だ。

 ほっと胸を撫で下ろすと、マリアとエルスターが何とも言えない目でこちらを見てきた。生暖かいというか、白いというか、判別しにくい視線に心持ち身を引く。


「な、何だよ?」

「いいえー。魔女の先輩に目を奪われておきながら、一方でこれとか、天然すぎるでしょうよ。プレイボーイ第二号ねー」

「はっ!?」


 とんでもない称号を持ち出され、リヴェルは飛び上がった。クラリスの目が、またじとっと細まったため、益々居心地が悪くなる。


「だから、目を奪われたのは、黒いからだ! 黒すぎたからだぞ!」

「ふむ。まあ、お前さん以外にも、あの不思議で異様な雰囲気に惹かれて告白した者もいたらしいからね。安心したまえ」

「だから、違うぞ! おい!」

「そこで、さっきの言葉なのだよ」


 リヴェルの言葉には全く取り合わず、エルスターが誇らしげに人差し指を立てる。

 その際、金色の髪が風にふわっと流れ、周囲の女性がくらりと眩暈を起こしていたりしたが、リヴェルには彼女達の心境がいまいち理解出来なかった。一応助け起こしておいたが、大丈夫だろうか。

 エルスターのよく分からないモテっぷりはともかく、彼の言葉が気になるのも事実だ。渋々と、話に付き合うことにした。


「さっきのって、……死ぬのが恐いってやつか?」

「そうとも。告白の返事さ」

「……、返事」


 あの異端とも言える雰囲気を乗り越え、勇気を出して告白した男性をリヴェルは思い浮かべる。

 顔を真っ赤にし、手汗を握り、懸命に声を振り絞って「好きです!」と告げたその返礼が、「あなた、死ぬのは恐い?」である。



 ――かなりたまれない気がして、リヴェルはそっと視線を逸らした。



「……ぽかん、とした男の顔が見えるな」

「ぽかん、の次は、一目散に裸足で逃げる情けない姿も僕には見えるがね」

「そんなエルスターは、彼女にアタックして、光の速さで走り去ったのよねー」

「な、ななななな何故! それを! マリアが知っているのかね!」

「クラリスが見たって」

「……えへ♪」

「クラリース!」



 真っ青になって飛び上がるエルスターに、リヴェルは容赦なく半眼をくれてやった。なるほど、被害者だったわけか。学院一のプレイボーイが聞いて呆れる。

 しかし、それはそれで少しだけ好奇心が頭をもたげた。彼女にアプローチした者が複数いるというのであれば、その返礼に応じた者もいるかもしれない。


「なあ。その質問に、きちんと答えた奴っていたのか?」

「むむ? リヴェルよ、まさか、本当に魔女殿を……」

「リヴェル君……やっぱり、やらしい」

「だから、違うって! だって気になるだろ。結構吹っ飛んだ返事だからな」


 断じて邪な気持ちは無いと断言しているのに、女性の視線は疑わしげだ。

 そこまで疑心暗鬼になられると、本当に好きになろうかと意地みたいなものが芽生えてくる。

 ――と、内心で反発はしてみたが。



〝穢らわしい。母が母なら、子も子だね!〟



 ――そんな瞬間は、一生訪れないだろう。



 くだらない未来だと、リヴェルが一番よく知っている。

 最初から、自分の人生は祖母に定められているのだから。


「ま、いいわー。一応、答えた人もいたらしいわよー」

「聞いてみてあれだが、マリアって情報通だよな」

「うふふ。これが、絶世の美女の力ってやつよ」


 答えになっていない。


 だが、彼女にかかれば、何でも「美女だから」で片付くあたりが不思議だ。嫌味も感じられないし、だからこそリヴェルは彼女と友人になれたのだと思う。


「恐いって答えた人はねー、『そう』って言って、背を向けたんですってー」

「はあ。ちなみに、恐くないって答えた人は?」

「うふふ。知りたい?」


 知りたくない。


 咄嗟とっさに出そうになった拒絶を、リヴェルは根性で呑み込んだ。急激に背筋が吹雪いたが、好奇心がそれを打ち破る。

 そうして、マリアは意味ありげに目を細め、内緒話をするかの様に唇に人差し指を当て。



「――『じゃあ、死んでみる?』」

「―――――」



 瞬間。

 一気に周りの温度が下がった気がした。

 秋の麗らかな日差しが一瞬で凍り付き、大粒の雪が肌を刺す様に埋め尽くしていく。瞬く間に雪が体中に降り積もった様な極寒に、リヴェルは肩をぱっぱと強く振り払った。



 恐くない、と答えたら、殺されるのか。



 その回答だけ聞くと殺伐としていて、リヴェルには解釈が一つしか思いつかない。

 ならば、もし。

 自分が、彼女にそう答えたならば。



〝――あんたの父は〟



 彼女は、自分を――。



「あっはは! リヴェルったら、顔が真っ青よー。大丈夫?」

「―――――」



 マリアの笑い声に、はっと我に返る。

 己の思考に没頭し過ぎた。ここ半年はあまり無かった傾向に、慌てて首を振って考えを散らす。


「い、いや。魔女って呼ばれる理由が分かった気がするよ。ありがとな」


 がたん、と立ち上がったのは、これ以上じっとしていられなかったからだ。

 今、これ以上彼らと過ごすと本当に忘れてしまう。

 自分が、何のためにこの大学院にいるのかということ。

 自分が、何故大人にならなければならないのかということ。



〝息子が死ななきゃ――〟



 ――自分が、リヴェル・『ライフェルス』以上でも以下でもないということ。



 忘れてはいけない戒めに、リヴェルは腹の底に黒いよどみが溜まっていくのを感じた。


「お。早速魔女殿にアタックするのかね。吉報を一応願ってあげようとも」

「リヴェル君、ふられたら、慰めてあげるね」

「クラリス、あざといわー」

「だから、違うって! あー、また後でな!」


 からかいの混じった声援に、リヴェルは煩わしそうに手を振ってから背を向ける。

 明るい笑い声に、爽やかな風の舞。優しい日差しに、温かに迎えてくれる場所。

 それは、リヴェルにとって幼い頃からずっと望んでいたものであり。



〝息子が死ななきゃ、あんたなんか引き取らなかったのに〟



 一番遠い、別世界でしかなかった。


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