急な来訪者は一人でお腹いっぱいなんですけど
それから十分ほど経った後。
夜はあかりとテーブルを挟み向かい合う形で椅子に座っていた。
あかりはといえば、ようやく実現できた再会が嬉しすぎたのか未だにぐすっひぐっと嗚咽し、目元を真っ赤に腫らしていた。
一方で、夜は……とても疲れていた。テーブルに顔を突っ伏し、溶けていた。もちろん比喩である。
しかし、それも仕方のないこと。
だって、とにかくあかりを泣き止ませることが大変だったから。
本当に、ほんっとうに大変だったのだ。
大泣きするあかりを部屋に入れようにも覆いかぶさられているからまともに身動きを取れなかったのだ。
だが、悲劇はそれからだった。
夜が倒れ、あかりが泣いているのは玄関である。しかも、ドアが開きっぱなしで。
となれば、なんだなんだと野次馬が集まるのは必然のこと! そして、二人の有り様を見てひそひそと話しながら冷たい視線を向けてきたのだ!
きっと、端から見れば女の子をこっ酷く振った男と、そんなの嫌だと泣きじゃくる女の子の図に見えただろう。人によっては見方が違うとしても、夜が悪者に仕立て上げられていることに変わりはないだろうし。
そんなわけで、誤解を解こうにもまず動けないし、惨状を見てギャラリーはそそくさと帰っていくから助けを求めることもできないし、どうにかこうにかして今に至るのだ。
先程大家さんからも騒動は起こさないようにと注意をされた。俺、悪くないのに。
だが、追い出されなかっただけマシなのだろうか。いや、どうせ女の子を泣かした最低やろうというレッテルを張られ、その噂が近所に駆け巡っていることだろう。不名誉なことこの上ない。
だからといって、今更釈明をしに行っても逆に怪しいし、ほっとけば噂なんてものは消えるはずである。ならば、知らぬ存ぜぬを貫きとおし放置するのが一番の最善策といえよう。
というか、そんなものはどうでもいいのだ。いや、どうでもよくないけど。とりあえず考えたくない。
それよりも、そんなことよりも。
「それで、どうしてあかりはここにいるんだ……?」
何故、どうして、あかりが今ここにいるというのか。
兄離れという名目で一人暮らしを始めたので、あかりに住所を教えたことはない。
いくら表札に自分の名前が書かれているからと言って一軒一軒一部屋一部屋確認しただなんて思えないし。
そもそも通っている高校すら教えていないはずなのだ。高校近くの家をすべて確認するなんてことはできないだろう。
まさか、四十七都道府県すべて探し回ったはずがない。仮にやっていたとしたらドン引きするのではなくて逆に尊敬するかもしれない。
何が言いたいかというと、あかりが夜の家に訪れるのは実質不可能なのだ。
夜の質問に、あかりは涙交じりに。
「おにいちゃんに会いたかったから……」
当たり前でしょと言わんばかりにそう答えた。
「いや、会いたかったからって……それだけでここまで来れるわけないだろ?」
会いたいという一心だけでどこにいるかわからない人物に会いに行けるわけがない。
まさか本当に一軒一軒表札を見て回ったのか……と頭を抱えながら視線をあかりに向ければ、きょとんとしながら小首を傾げるだけ。
答える必要はないよねと言わんばかりに何も言わないあかりに、夜が辟易してると。
――ピンポ~ン、ピンポ~ン。
本日三度目のインターホンが鳴り響いた。
「あ、来たかも」
「来たかもって、誰が?」
何故か来訪者に心当たりがあるらしいあかりに、夜が「どういうこと? 何がどうなってるの?」と困惑しているとガチャリとドアが開かれた。
夜の許可なく勝手に入ってきた人物。わけがわからないとますます困惑する夜に至って冷静なあかり。
そうこうしているうちに、玄関からリビングへと通じる短すぎてもはや廊下と言っていいのかわからない廊下を渡り終えたのか、ドアを開けて入ってきたのは。
「久しぶりね、夜。元気にしてた?」
キャリーバッグを手に持った夜とあかりの母親――あおいだった。
「――……いや、なんで?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます