今までもこれからも変わらぬ想い
「夜クン……」
約二年振りくらいに帰って来た実家、その自室――瑠璃の部屋。
その隅で三角座りをしながら膝に顔を埋め、瑠璃は弱々しい声音でひたすら愛しい人の名前を、夜の名前を呼び続けていた。
本心でなかったとはいえ、心に傷を付けるには十分、否、十二分な罵詈雑言を浴びせ。
不本意だったとはいえ、自分のことを一刻も忘れてもらうべく突き放したというのに。
まるで、遠くに行かないで……と、離れていかないで……と引き留めるかのように、ただひたすらに呼び続けていた。
覚悟を決めたつもりだったのに。
どうなるかわかっていたはずなのに。
自分のためにも、夜のためにも、忘れなきゃいけないはずなのに。
夜への想いは消えるどころか増すばかり。
嫌われたくない。忘れられたくない。一緒にいたい。傍にいたい。
だって、夜が好きなのだから。好きで好きで仕方がないのだから。
その事実が、余計に瑠璃を苦しめる。
だから涙が溢れて止まらないし、愛しい想い人の名前を呼び続ける。
もう二度と会えないのだとしても、否、逢えないからこそ、忘れないために、自分の心に、魂に、夜という大切な存在を刻み込むために。
ぐすっ、ぐすっという瑠璃の泣き声が部屋に響く中、やけに大きいため息の音。
瑠璃が涙で歪んだままの瞳を音の発生源へと向ければ。
「……ったく、うるっせぇな。いつまで泣いてんだっての」
苛立ちのあまりに貧乏ゆすりをしながら悪態を吐く賢二の姿があった。
顔合わせの時の好青年のような雰囲気とは打って変わり、まるで別人かの如き賢二の豹変ぶり。
しかし、瑠璃はそこまで驚いてはいなかった。寧ろ、予想していたことでもあった。
だって、賢二の父親である賢吾は隆宏を脅すようなクソ野郎と言っても差し支えない人間だったのだ。その息子が好青年だなどと到底思えるわけがない。
だから、きっと猫をかぶっていただけで、本性は賢吾と同じクズそのものと高を括っていたのだ。
そのおかげで、いきなり豹変しても驚くことはなかった。
けど、それと同時にこんな男と結婚したくないという想いも当然芽生えた。
例え賢二がクズだとしても、
「お前は俺のモノに望んでなったんだろ?」
「脅迫しておいてどの口が言うの……」
「脅迫したのは俺じゃなくて親父の方だ。そもそも、変に首突っ込んだお前の親父が悪いんだから、俺を恨むのはお門違いってもんだろ?」
望んで賢二のモノになった? そんなわけがない。あるわけがない。
瑠璃が賢二と結婚しようと、否、脅迫状を受け入れたのは、決して賢二のためなんかじゃない。大切な家族を守るためなのだ。
だけど、賢二に恨み言を言ったところで意味がないことも瑠璃はわかっている。真に文句を言ってやるべき相手は、誰あろう賢吾なのだから。
だが、だからといって、この怒りを、恨みを本人にぶつけられるだろうか。
行き場のなくなった怒りや恨みを、目の前にいる人物にぶつけても仕方ないのではないか。
「それよりも俺の女が他の男の名前呼ぶとか萎えんだよ。さっさと忘れて俺のことを好きになれよ」
「いや。あなたと結婚しても好きになったりしない。私が好きなのは今も昔も、そしてこれからも。夜クンただ一人だけ」
好きになれと言われて、どうして好きになれるだろうか。
人が人を好きになるということは、そんな簡単な話ではないのだ。
だから、彼を好きになった日から今までも。そして、これからも。
瑠璃が好きなのは、大好きなのは、愛しているのは。
夜ただ一人だけなのだ。
~今年最後の挨拶~
ギリギリなんで多くは言いません。
今年はありがとうございましたっ! 来年もよろしくお願いしまぁぁぁす!
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