ここにいる意味
自分が如何に無力なのか、役立たずなのかを突き付けられて心が折れてしまった夜は、覚束ない足取りで廊下を歩く。
脳裏に浮かび上がるは先程の言葉。
頼りなくて何も出来ない自分なんかよりも、賢二の方がいいに決まっている。
そう言われて、夜はすぐに否定しなかった。出来なかった。
別に、頭が真っ白で何を言えばいいのかわからなかったというわけではない。
賢二よりも自分の方が劣った存在だと、薄々勘づいていたからだ。
賢二という男のことを詳しくは知らない。知るわけもない。
だけど、いざ対面してみて、薄々気付いてしまったのだ。自分の方が劣っているのではないかと。
一目見ただけの印象だけど好青年っぽくて、高身長で、人当たりもよさそうな賢二に。
対人恐怖症で、他人と関わるのが苦手で協調性の欠片もない自分なんかが敵うわけがない、と。
だけど、そんなことを理由に夜が投げ出すわけにはいかないから。
自分に出来る限りのことをしようと、否。
今までもそうだったように、これからもそうであろうと決めたのに。
それなのに、自分は必要なくなったらしい。
これから瑠璃が頼ることにしたのは夜ではなく、悔しいことに辛いことに悲しいことに賢二だ。
誰あろう、それを決めたのは瑠璃自身なのだ。
だったら。
「――俺がここにいる意味は、必要は……」
ない。あるはずがない。
そもそも、夜が今ここにいるのは、瑠璃に頼られたから。瑠璃と約束したから。
それを一方的にではあるがなかったものにされたのだ。不要と、役立たずと切り捨てられたのだ。
あの言葉が嘘なのか真実なのか今はどうでもいい。どうでもよくないけど、考えれば考えるほど辛くなるだけだから脳の片隅に追いやっておく。
邪魔者でしかない夜に出来ることは。
「……帰るか」
さっさと消えていなくなること。それが、今の瑠璃のためなのかもしれない。
瑠璃は自分の道を、未来を自分で決めたのだ。それに横やりを入れるほど、夜は無粋ではない。
言ってやりたいことは幾らでもある。だけど、もう話すことはないのだろう。
瑠璃と会うことは、きっともうないのだし。
昨日お世話になった部屋を開ければ、瑠璃の荷物はきれいさっぱりなくなっていた。まぁ、帰る理由がなくなったのだから荷物を自室へと移動させたのだろう。
多くもない荷物を無理矢理鞄の中に詰め込んで、手に持ち部屋を後にする。忘れ物の有無は確認したし、多分大丈夫だろう。例えあったとしても、大したものではないはずだから捨てられても構わない。
部屋を出ると、目の前にはいろいろな意味でお世話になった侍女が立っていた。
「あ、すみません、先程は恥ずかしいところお見せして……」
「い、いえ、そんなことは……」
「ありますよ。彼女にフラれた元カノが泣き喚いて本当にみっともない……」
まぁ、その恋人という関係もただの嘘だったのだが。
「瑠璃先輩にも言われましたし、これ以上居続ける理由もないのでさっさと帰ることにします。お世話になりました」
ぺこりと、侍女に頭を下げ、夜は戸惑う侍女を横目に玄関へと向かおうとして……。
「す、すみません、玄関まで案内してもらっていいですか……?」
迷路とまではいかなくとも入り組んだ星城家を迷わずに玄関に辿り着けないと察し、侍女に案内を頼む夜。
侍女は躊躇いつつもこくりと頷き、玄関へと先導してくれる。
これでいいんだ……と、そんなことを思っていると。
「はぁ、はぁ……ここにいましたか、夜月君……!」
「真璃さん……?」
真璃の発言から察するに、夜のことを探していたのだろう。肩を上下させるほど息を荒げていた。
「る、瑠璃を見ていませんか? お見合いが終わったというのに、姿が見えなくて……」
「真璃さんはお見合いに同席してなかったんですか?」
「それが、私に同席されたくなかったようで……」
「ということは、真璃さんもどこかの部屋に閉じ込められてたんですか?」
「やはり、夜月君もでしたか……」
どうやら、真璃も夜同様、隆宏によってどこかの部屋に閉じ込められていたらしい。
夜ならともかく、真璃を閉じ込める理由はわからないが……。
「それで、お見合いがどうなったのかを瑠璃に聞こうと思ってたんですけれど……」
「――それなら、瑠璃先輩は結婚することにしたそうですよ」
「それは本当ですか……?」
「多分本当だと思います。別れを告げられましたし」
「それ以外に何も言っていなかったんですか?」
「……はい。何も言ってくれませんでした」
「そんな……」
そんなはずがない、と言いかけて、夜が荷物を持っていることにはたと気付く。
「夜月君、その荷物はどうされたんですか……?」
「帰ることにしたんです。いろいろと迷惑をかけてしまいすみませんでした……」
「帰るって、どうしてなのですか!? あなたは……!」
「瑠璃先輩に、今までありがとうございましたとお伝えください。では、失礼します……」
何か言いたげな真璃に罪悪感を抱きつつも、夜は歩き出す。
侍女はどうすればいいか慌てふためいていたが、逡巡したのち夜の案内をすることにしたらしい。
星城家に仕える侍女としては真璃をほったらかしにするなどありえないことではあるが、夜としてはありがたかった。
一刻も早く、この場からいなくなりたかった夜からしてみれば。
そんな夜の小さくなってしまった背中を見つめながら真璃は。
「一体、瑠璃の身に何が起きたのでしょうか……」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく、そう零した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます