それぞれの想い

 まるで童話のお姫様が住んでいそうな豪華な部屋に置かれた無駄に大きくて豪華なベットに横たわりながら、梨花は天井を見つめ大きなため息を吐いた。


 脳裏に思い浮かべるは今日の出来事。夜との二人きりでの勉強会に、夜の作ってくれたカレー。それらが思い浮かぶだけで、自然と頬が緩んでにやけてしまう。


 けど、それも仕方ないというもの。寧ろ、夜の前でそんな恥ずかしい痴態を晒さずに済んだことに自分を褒めてあげたいまである。


「……楽しかったな……」


 ぽつりと呟かれた思いの丈。だが、それが今日の出来事に対する梨花の心からの感想だった。


 好きな人と二人きりの時間が過ごせて。


 好きな人のお家にお邪魔して。


 好きな人の手料理を頂いて。


 一日で、こんなに幸せな出来事が重なるなんて滅多にないだろう。


 だからこそ、嬉しくて、幸せで、楽しい一日だった。


「夜……」


 想い人の名を紡ぐ。それだけで、何とも言えぬ幸福感と同時に寂寥感が襲い掛かる。


 二人きりになれるきっかけが出来たことはひどくうれしい。けど、だからといって気持ちを打ち明けるどころかアプローチしようとすら思えない。


 人と人との関係というものは尊くも儚いものだ。たった一言で、今まで築き上げてきたものが崩壊する恐れすらあるのだから。


 だから、何も言えなくて。それが悔しくて。胸が締め付けられる。


「……夜は、私のことどう思ってるのかな……?」


 それは、誰しもが抱いて当然の疑問で。


 誰しもが一番知りたくもない答えだろう。


 けど、それでも気になるのは。知りたいと思うのは。


 梨花が夜を好きだからなのだろう。


 好きな人に見てもらいたい。好きな人の傍にいたい。好きな人に好かれたい。


 そう思うのは、あかりも梨花も、同じなのだから。




 翌日の放課後――つまるところ二次元部の活動時間。


 夜と梨花の勉強会は昨日話して決めた通り夜の家で行われていた。


「ねぇ、夜。これってどう解くの?」

「えっと、どれだ?」


 梨花に聞かれ、夜はどんな問題かを確認するべく身体をずずいと寄せる。


 二人の間には拳一つ分収まるかどうかの隙間しかなくて、下手をすれば吐息が触れる距離。


 それが嬉しいやら恥ずかしいやらで、当然と言わんばかりに梨花の頬はほんのりと赤く染まる。


 そんな時間がくすぐったくて、でも幸せで。


 この勉強会が終わったら、こんな風に二人きりで何かをすることが出来なくなるのかもしれないと考えると寂しくなる。


 だからこそ、こんな時間がずっと、ずぅっと続けばいいと思う一方で、そんなことは絶対にありえないのだと自分自身が一番わかっていて。


 今だけは、夜と二人きりでいさせてくださいと。


 この幸せで幸せでたまらない時間を邪魔しないで下さいと。


 梨花はただただ、そう願うのだった。




 一方で部室では、あかりと夏希、瑠璃が勉強会を行っていた。


「うぅ……まったくわからない……」


 夏希は頭を悩ませ、机に突っ伏す。


 夏希が解いている問題、それは瑠璃が昨夜のうちに作っておいた小テストなるものだ。あかりと夏希、それぞれ問題は違くて、各々の苦手な問題ばかりが詰め合わせとなったものである。


「――――」


 一方で、あかりは黙り込んでいる。それほど集中しているのは傍から見てもわかるのだが……手に持つペンは静止したままだった。


 だけど、二人が瑠璃に解き方を聞くことはなかった。


 答えを聞くだけでは、何も身に付いていないのと同じだと知っているから。


 悩んで悩んで悩みぬいて。それでもわからなければ瑠璃に解き方を教えてもらって、それでも解けなかったら瑠璃と一緒に解く。それが、二人が自分に課したルールだった。


 瑠璃はそんな二人を見て、微笑ましく思うのと同時に悔しさが込み上げていた。


 だって、あかりと夏希がここまで頑張るのは、すべてとは言わずとも夜が関係していることに変わりはないのだ。


 同じ人を好きな一人の女の子としては、何とも言えぬ感情が胸中を埋め尽くしてしまう。


 だから。


「私も負けてられない……ううん、負けられない……」


 瑠璃も教科書を広げ、ノートにペンを走らせる。


 学年一位といっても、何も勉強せずに一位を取れるほど瑠璃は天才と称される人間ではない。


 だから、人並みに勉強だってするし、それ相応の努力は欠かしていないつもりだ。


 だけど、何も点数で負けたくないのではない。そもそも、最初から勝っているのだし赤点組と学年一位じゃ土俵が違う。学年も違うし。


 瑠璃が負けたくないもの、それは想いだ。誰に対する想いかは言わずもがな。


 あかりと夏希の二人に比べたら、否、梨花を含めた三人に比べたら、ともに過ごした時間は一年と短い。


 けれど、だからといって夜に対して抱くこの想いが三人に比べて薄っぺらいものだなんて思わない。


 人の想いの強さに、時間など関係ないのだから。




~あとがき~

 ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。

 早いもので、毎日投稿も七日目となりました。一週間って本当にあっという間ですよね。ちょっとばかし感慨深いものが……。

 そんな話はさておき、今回は今までスポットライトの当たっていなかった梨花と瑠璃の心情に踏み込んだ感じの話となっています。メインは言わずもがなあかりなんですけど、夏希や梨花、瑠璃だってメインヒロインですからね。なので、みなさまの推しがころころ変わってくれることを祈ります。この子可愛い、でも俺はこの子が……ってな感じでね。葛藤してくれると作者冥利に尽きるというものです。

 三章のタイトルにはいまだに一切触れてないですけど、そこはお楽しみということで今回はこの辺で。

 それでは次回お会いしましょう。ではまた。

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