拳に刻むは己への怒り
そんなこんなで時は過ぎ七時三十分が経過。朝食の時間となった。
場所は旅人の宿内に併設されている、白を基調とした壁と天井に設置されている多くの照明、そして大きな窓から差し込む太陽の光が明るく照らすまるでレストランのようなおしゃれな食堂。ぶっちゃけ、食堂というよりもレストランと言われた方が違和感がない。
一つのテーブルに椅子が五、六個設置されており、食堂の真ん中あたりにはすでに調理の終わったバリエーション豊かな料理が並んでいる。
数ある料理の中から、自分の好きなものだけを皿に盛ることが出来て、かつある意味では食べ放題。嫌いな食べ物があって食べられないよと言う人からしてみればとてつもなくありがたく、ホテルなんかではよく見られるビュッフェ・バイキング形式。
因みに、ビュッフェとバイキングどちらが正しいかはわからないし、後者に関しては海賊のことではない。
誰もが好きな料理に舌鼓を打ち、同じテーブルを囲むクラスメイトと仲良さげに話すが故に和気藹々としている食堂内。
そんな中、夜は理事長である慎二と面向かう形で朝食を頂いていた。
本来なら、引率の先生達は生徒達と同じテーブルで頂くことになっている。
別に強制ではないのだが、生徒達との信頼関係を築き仲良くなるためという名目もあるので、基本的に担任の先生達は生徒達と一緒のテーブルに座ることが多い。
だが、
担任の先生とは違い、慎二は理事長。だから、基本的に生徒と関わることなんて殆どない。
だから、ぶっちゃけ印象の悪い言い方かもしれないが、生徒との信頼関係を築く必要も仲良くなる必要もないのである。だって理事長だもん。
それ故に、慎二が生徒達と一緒のテーブルに座ることはない。
だが、それだけが理由というわけではなくて。
一緒のテーブルで食べる生徒が緊張してクラスメイトや友達と気さくに会話が出来ない状況を作り出さないためというのが主な理由である。
まぁ、生徒達が慎二に気を遣わないように、逆に慎二が生徒達に気を遣っているのである。
それは夜にも言えることで。
夜も慎二と同じで一年生と信頼関係を築く必要も仲良くなる必要もないのだ。
そもそも、学校生活の中で上級生と関わりを持つタイミングなんて“部活動”か“委員会”くらいしかないだろう。
夜の所属する二次元部には新入部員はあかりと夏希、梨花だけ。委員会には所属していないから殆どの一年生とは関わることはない。
だから、わざわざ一年生と一緒に食べる必要がないのだ。まぁ、本音を言うと見知らぬ人の輪の中に入って行くのが怖いだけである。
故に、取り残された夜と慎二が同じテーブルで一緒に食べることになったのである。
「そう言えば夜君。悩み事は解決したかい?」
「いえ、それがまだでして……」
「まぁ、一日で解決する悩みなら大したことはないだろうしね。相当思い悩んでいたようだし、かなり深刻な悩みなのだろう?」
「はい……」
やはり、柳ヶ丘高校の最高責任者は伊達ではないようで。夜が未だに頭を悩ませていることも容易に見破ることが出来るらしい。
「まぁ、ゆっくり悩むといい。助け舟を出してもいいけど、それじゃあ
「はい。これは俺の、
「わかっているならそれでいい。ただ、焦り過ぎて大切なものを見失うことだけはしないように。いいね?」
「肝に銘じておきます」
どうしてこういう時に限ってカッコよくなるのだろうか……と思いつつ、ありがたいアドバイスを宣言通り肝に銘じる。
理事長と二年生の生徒が親し気に話す光景は異様で。二人の関係性に頭を悩ませる生徒達も中にはいたようだが。
特に何かが起きることもなく、朝食の時間は終わりを迎えた。
朝食を食べ終えてから三十分後。夜達は旅人の宿の前に集合していた。
生徒達はクラスごとかつ、あらかじめ決めていたグループごとに並んでいる。
因みに、あかりは美優と志愛、夏希は亜希と茜音と舞と同じグループとなっている。
夏希に関しては望んだ結果ではなく、よくある余った人は適当な場所に割り振られるという例の奴である。その場所が、運悪く亜希達のグループだったというわけだ。
しかし、こればっかりは担任の先生の日葵のせいでもなく、あかり達のせいでもない。かといって、夏希のせいかと言われればそうでもない。
確かに、夏希が誰ともグループを作ろうとしなかったことが事の始まりかもしれないが。
亜希達のグループに入ったのは偶然なんかじゃなくて、誰あろう亜希が夏希をグループに誘ったのだから。
あかりとグループが違うのも、誘う前にはすでに亜希達が誘っていたからだ。
断ればよかったのだろうが、夏希は断らなかった、否、断れなかった。
夏希は部活中――夜の傍ならともかく、教室ではあまりというか殆ど言葉を発しない。それに加えて極度の対人恐怖症だ。
だから、急に話しかけられれば慌てふためいて何も話せなくなるのだ。
夜の傍にいればそんなことはないのだが、一人だとどうしても恐怖の方が上回ってしまう。
故に、亜希達の会話に参加することも断ることも出来なかったのだ。
それに、まだこの時点では夏希と亜希達の間には接点がなかった。
どう思われようが別に構わないが、断ることで険悪になるくらいなら、渋々受け入れた方がマシ。
だからこそ、夏希は亜季達と同じグループになってしまったわけだが、今では訳が違う。
つい昨日、酷いことを言われたばかりなのだ。ただ自分に対する悪口だけなら自分が我慢すればいいだけなのだが。
夏希の大切な人である夜との関係を悪く言われて、許せるわけがないし気にしないなんて出来るわけがない。
嫌いな人と一緒にいたいと思うだろうか。一緒に行動したいと思うだろうか。断じて否だ。
きっと、亜希達と一緒のグループだということを覚えていれば、今頃具合が悪いと言って休んでいただろうに。ショックのあまりすっかり忘れていた。
そんなわけだから、夏希の表情はとても暗い。まるで、あの頃――夜と出会う前の頃のように。
勿論、
夏希のただならぬ様子。昨夜起こった許せない出来事。そして、ニタニタ嗤っている夏希と同じグループの三人――亜希、茜音、舞。
そこから導き出される答えは……。
「まさか、犯人はあいつらなのか……?」
ただの状況証拠だ。探偵でも警察でもない夜の推理なんて的が外れているかもしれない。
それでも、夜の勘は絶対に間違ってないと語り掛けてくる。夜自身もそうに決まっていると断言出来るほど確信を得ていた。
ウォークラリーでの留意点や説明を終え、それぞれが出発の準備をしている最中。
「あかり、ちょっといいか?」
「おにいちゃん?」
「急に悪いんだけど……出来る範囲でいいから夏希のことを見てて欲しいんだ」
本当なら、自分が付いて行ってあげたい。何なら、今すぐグループを変更するように言ってやりたい。
でも、それは不可能で。あくまで引率者の夜にそんなことは出来ないのだ。
慎二なら事情を話せば動向を許可してくれるかもしれないが……夜の夏希を想っての行動が裏目に出るかもしれない。
だから、夜はあかりに頼るしかないのだ。
「多分、あの三人が犯人なんだと思う。今度は何をするかわからない。だから、夏希のことを頼みたい……」
何も出来ない自分が腹立たしい、故に血が出てもおかしくないほど拳は握りしめられて、小刻みに震えている。
あかりはそんな夜の手に優しく触れて。
「うん、わかった。でも、見ていられるのは最初だけかもしれないよ……?」
「それでいいよ。ありがとな、あかり」
そう言って、夜は慎二達の元へと向かう。ゴール地点である森を抜けた先にある湖にて到着した生徒を確認するためだ。
「あかりちゃん、お兄さん何て言ってたの?」
「真剣な表情でしたけど……」
「迷わないように気を付けてだって」
「迷子になったら嫌だもんね……」
「森の中はかなり広いようですしね……」
因みに、森の中では生徒達が迷わないように旅人の宿のスタッフさん達がそれぞれのチェックポイントに立つことになっている。
だから、迷うなんてことは
気を付けなきゃと意気込む二人を横目にあかりは。
「おにいちゃんを困らせるなんて……許せない……」
未だにニタニタ嗤っている三人を密かに、静かに睨み付けた。
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