足掻いて、足掻いて、足掻きまくって

 その日をきっかけに、夜と夏希は中学校での多くの時間を一緒に過ごすようになった。


 授業と授業の合間は屋上で一緒にゲーム、昼食は弁当持参だったので屋上で一緒に食べてゲーム。


 帰りにはゲームセンターに行ったり、緊張しながらもカラオケでストレスを発散したり。


 兎にも角にも、楽しい日々が過ぎていった。


 しかし、楽しい時間が過ぎるのはあっという間で。その上、夜は二年生で夏希は一年生。そんな日々がずっと続くなんてことはなく。


 夜達三年生の卒業式の日。


 卒業式が終わった後、夏希は夜に呼び出されていた。


 長い階段を上り、立ち入り禁止と書かれた板がぶら下がっているドアを開く。


 視界に入るは辺り一面の空。そして、卒業証書が入った黒い筒を手に持った夜が立っていた。


「よかったぁ、来てくれないかと思ってたわ……」

「そんなわけないじゃん!」


 夏希が今まで夜の頼みを断って来たことはない。勿論、逆も然りである。


 そうだよな……と夜は安堵の息を漏らした。


「早かったな、この二年……」

「うん、早かったね……」


 正確には二年じゃないかもしれないけど、夜と夏希が初めて出会った日からそれだけ長い月日が経ったということに変わりはない。


「……なぁ、アリ……夏希。一つ聞いてもいいか?」

「どうしたの?」


 いつになく真剣な表情の夜に、夏希はドクンと心臓が跳ねたのを感じながらも続きを促す。


「……俺たちの絆は、離れても壊れたりしないよな?」

「な、何を言ってるのナイト! 冗談でも怒るよ、僕!」


 どれだけ離れていたとしても、二人の過ごした時間はなくならないし、二人の間に生まれた絆だって消えやしない。


 だというのに、後ろ向きな夜に、夏希は真剣な眼差しで訴える。


「……ごめん、弱気になってた」

「ううん、僕だってナイトがいなくなると思うと寂しいもん」


 夜が寂しいと思うのも当然だけど、夏希だって寂しい。お互いに心細いのは同じなのだ。


「……ねぇ、ナイト。契約してくれない?」

「え、なに? 魔法少女への勧誘?」

「違うよ! そもそもナイトは男の子じゃん!」

「悪い悪い……それで、契約って?」

「僕達がどれだけ離れても、お互いのことを絶対に忘れないって契約……」


 そう言う夏希の手は微かに震えていて、頬には涙が伝っていた。


 離れたくない、ずっと一緒にいたい。けれど、卒業してしまう以上、それは不可能。


 限りなくゼロに近いけど、もう会えない可能性だってあるのだ。


 それだけは絶対に嫌だ。だって、お互いがお互いにとって大切な存在だから。


 だからこそ、いつか会えるその日まで忘れないために、契約を結ぶのだ。


「わかった。俺は絶対に夏希を忘れない……ここに誓う!」

「僕だって、ナイトのこと絶対に忘れない! 誓う!」


 契約書なんてない、ただの口約束。けれど、二人にとっては何よりも大切でかけがえのない契約。


 この日から、夜と夏希は友達ではなく親友でもない、〝盟友〟となった。




 ぶっちゃけホテルにしか見えない宿泊施設――旅人の宿の前で、ちょっとした集会が行われた。


 といっても、内容自体はこれからお世話になる旅人の宿のスタッフさんの挨拶や、施設でのルールやマナーの説明だったので、集会と言っていいのかはわからないが。そもそも、集会の定義って何?


 そんな集会? 説明会? が終わった後、それぞれ自分の部屋に荷物を置きに行くということで、夜も持って来た荷物を置きに自分が寝起きする部屋へと来ていた。


「……うわっ、ひっろ……」


 扉を開けた瞬間、思わず持っていた鞄を落としてしまう。


 ポカンと開けた口が塞がらないほど、夜の寝泊まりする部屋は広かった。これ本当に一人部屋? え、なに? 先生達はこんな広い部屋に一人で泊まれるの? と思うほど広かった。


 去年、夜が引率者としてではなく、生徒――一年生としてこの旅人の宿に来た時だって、同じくらい広かった。


 だというのに驚いているのは、こんな広い部屋に一人で泊まれるということについてである。


 一年生は、三人か四人で一部屋なのだ。まぁ、それでも広いと思ったくらいなのだが……。というか、入学してばかりなのに同じ部屋に泊めさせられるとかどんな地獄だよという話である。苦行そのものでしかない。


 対して、引率者先生は同じくらいの広さの部屋に一人である。待遇が違いすぎる。職権乱用とはこのことを言うのだろうか。


 しかし、先生たちはこんないい部屋に一人で泊まっていたのか……! と思う一方で。


「……なんか、寂しいな」


 何処か哀し気で、寂し気だった。


 確かに、広い部屋に一人というのはそれはそれで楽しいだろう。テンションも上がるだろう。いつもとは違う環境にいるとわくわくするのは誰だって同じである。


 だが、その反面広い部屋に一人だけというのは寂しくも悲しい。こういった学校行事だと尚更である。


 みんなで同じ部屋に泊まって、くだらない話や恋バナをして夜を過ごして、見回りの先生が来たら布団に潜りこんで隠れて、結局バレて一緒に怒られて。それが、宿泊研修や修学旅行といった外泊行事の醍醐味だろう。少なくとも二次元の世界ではそれがセオリー……なはずである!


 ……といっても、夜はそんな楽しみ方は出来なかったわけだが……。少しだけ憧れてたのに……。


「……夏希、楽しめるかな……」


 去年、夜はあまり、というか殆ど楽しめなかった。グループで行動しなきゃいけないから渋々後ろを付いていくだけ。なんの面白味もない、ただ苦痛な時間が続くだけ。それが、夜の宿泊研修の感想だ。ぶっちゃけ、何をしていたのか記憶にすら残っていない。


ただ救いだったのは、柊也とグループが同じだったこと。そのお陰で、最悪な宿泊研修だった……とは思わずに済んだのだから。


 夜は偶然にも柊也と梨花が同じクラスだったため、幾分かマシだった。


 だが、夏希はどうだろうか。


 一度、高校生活は楽しいか聞いてみたことがある。しかし、夏希の返答はなかった。つまり、楽しくない、楽しいわけがないということである。


 例え、夏希がそう言っていないとしても、夜にはわかるのだ。夏希アリスの思考を汲み取れずして何が盟友か。何が相棒か。


 クラスでも一人の夏希だ。グループ行動が求められる宿泊研修を楽しめるとは……どうしても思えない。


「……俺に何とか出来るのか……?」


 夜がここに来た理由は幾つかあれど、夏希に楽しんでもらうためというのもあるのだ。


 自分なんかじゃ無理かもしれない。二次元の主人公のように、強大な力や豊富な知恵、特殊能力といった特別な力なんて持ってはいないのだ。


 けど、無理だとわかりきっていたとしても。その上で最後まで足掻いて、足掻いて、足掻きまくる。


 それしか、夜には出来ないのだから。


「……って、やばっ」


 気付けば集合時間一分前。引率者として遅刻する訳にはいかない!


 夜はスマホだけ持ち、集合場所へと走った。

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