兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。
詩和翔太
1章 ヤンデレ妹は兄を追いかけて入学して来たようです。
プロローグ
付けっぱなしのパソコンの光がぼんやりと部屋全体を照らし、うぃんうぃんと熱を冷ますためのファンの音が鳴るとある一室。
しかし、部屋の主――
遮断されていた太陽の眩い光が室内を照らし、よく耳を澄ましてみればちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえる。
「うっ……まぶしぃ……」
目を閉じていても、微かに光を感じるし、眩しいとも思う。急に明るくなればなおさらである。
「……朝、か……」
目元を腕で覆い隠しながら、夜はわかりきった事実を口にする。
――朝。
そう、朝である。新しい朝である。一日の始まりである。
つまり、起きなくてはいけないということ。起きて活動を開始しなければいけないということ。
しかし、ほとんどの人がそうだと思うが、朝は眠いものである。それはもう眠くて眠くて仕方がないのである。
アニメとかでよく見る「あと五分だけ……」がそのことを如実に物語っている。
だからこそ、人は布団から出たくないのだ。二度寝、三度寝していたいし、何なら一日中ずっと仲良くしていたいのだ。
だが、そんなことが許されるほど社会は優しくない。
子供の頃には学校が、大人になれば仕事がある。そうでない人も中にはいるが。
夜は高校二年生。つまり、いつまでも寝てはいられないのだ。
けれど。
「……ねむい」
布団を頭まですっぽりと覆うことで太陽の光を遮断し目を閉じる。
そして、再び夢の中へ旅立とうと……。
「起きて、もう朝だよ?」
どうしてだろう、女の子の声が聞こえた。
先ほどまでの眠気はどこへやら。夜は目をぱちくりとさせながら布団から顔を出して目の前にいる女の子を見る。
「おはよ、今日はいい天気だよ?」
「……」
本当にいい天気なのだろう、顔は逆光になっていてよく見えない。
が、間違いなく女の子だ。髪が長いし声音からしてまず間違いない。
しかし、ここで合点がいった。夜の頭の中で点と点が線でつながった。きっとアニメとかゲームとかだったら夜の頭の上には電球がぴかぴかと点灯しているかもしれない。
すなわち。
「なんだ、夢か」
これは夢。つまり、今自分は夢の中にいるのだ、と。
そうと決まればこのまま眠り続けても何も問題はないだろう。
だって夢なんだから。
夢の世界でいくら寝続けても現実に影響は何もないはず。だったら思う存分睡眠欲を満たせばいいのだ。
だが、ここで一つの疑問が生まれる。
どうして、夜は夢の世界だと思ったのか。
部屋の造形も、感触も質感も、すべてがリアルそのもの。ここが現実と言われればすんなりと信じてしまいそうなほどである。というか、夢と疑うことすらしなかったはずだ。
だというのに、何故夜は夢の世界だと断言できたのか。
それは、いたってシンプルだった。
「……だって、俺をわざわざ起こしに来てくれる彼女はおろか女の子なんかいるはずないんだから……」
何故なら、夜には自分のことを起こしに来てくれる女の子なんかいないのだから!
幼馴染? 先輩または後輩? 彼女? そんなものはいない! いるはずがない! あんなものはアニメとかマンガとか二次元の世界オンリーである! 唯一あるとすればお母さんくらいである! お母さんがメインヒロインなラブコメがありますか!? いいえ、ありませんあるはずありませ……探したらありそうだな。
それはさておき。
夜には彼女なんていない。付き合っていた経験? いいえ、ありません年齢イコールいない歴です未だに記録は更新され続けています。
彼女がいない、と他人に言われればそれほど気にならないのに、いざ自分で言うとなると悲しい気分になるが、事実そうなのだから仕方がない。
なのに、目の前には自分のことを起こしに来てくれる女の子がいるのだ。おかしい。
だからこそ、夜は夢だと断言できたのだ。断言するに至った理由が悲しいがそんなことはどうでもいい!
悲しい気分は寝て忘れよう、と目を閉じると。
「……彼女?」
またもや女の子の声が聞こえた。だが、どうしてだろう。その声音には少し、いいやものすごーく怒気を孕んでいるような気がする。
「ねぇ、彼女って何?」
「うっ……」
ベットが新たに加わった重みによって沈んだかと思えば、腹の上にわずかな、いいやしっかりとした重みが。なんだろう、まるで誰かに馬乗りされているかのような、そんな感覚が夜を襲う。
と、ここで夜さん気付いてしまう。
ここは夢の中。だとすれば、痛みを感じないはず。痛みを感じないのならば、感触も感覚もないはず。
なのに、今、夜は確かに、誰かに馬乗りされているような感覚や、布団のもふもふとした感触をしっかり味わっている。
あれ、もしかしてこれ、夢じゃない?
その事実に辿り着き、布団から顔を出した瞬間。
「うぐっ……」
突如として息が苦しくなった。
何故なら、首を絞められているのだから。
「ねぇ、どういうこと? 彼女って何? ねぇ、教えてよ
最初はちょっと息苦しいな、くらいだったのに、次第にギリギリと絞める力が強くなる。
それでも殺意があるようには感じられず、苦しさも後ろから首に抱き着かれた時と同じくらいだが、苦しいことと首を絞められているという事実は変わりない。
「ねぇ、何か言ってよおにいちゃん。彼女なんていないよね? おにいちゃんにはわたしがいれば十分だよね!?」
「ぐっ、ちょっ……はな、せ……って……!」
離せと言われ、このままでは喋ることもままならないと気付いたのだろう。目の前の少女はすんなりと手を離した。
ごほ、ごほっとせき込みつつ、夜は今の今まで自分の首を絞めていた相手の顔を見る。
窓から差し込む日差しが照らしているからかきらきらと輝いて見える腰のあたりまで伸びている漆黒の髪。
まるでルビーのように輝いて……おらず、ハイライトがきれいさっぱり消えてしまった、まるで深淵の如き紅い瞳。
雪とまではいかなくとも白く透き通った肌。
幼さは残しつつも整った顔立ちに、きれいな手とすらっと伸びた足。
十人中十人が美少女と答えそうなほど容姿端麗なのにもかかわらず、まったく笑っていない目がすべてを台無しにする女の子。
夜のことを「おにいちゃん」と呼ぶ目の前の少女はいったい誰なのか。もはや言わずもがなであろう。
「おはよ、おにいちゃん」
「お、おはよう……」
妹から放たれる何とも言えないプレッシャーに気圧される兄。
字面だけ見れば兄がただただ情けない人間としか思えないが、それは仕方がないのだ。
だって、あかりの顔が怖いのだから。
ハイライトを失った瞳でただひらすら見つめられるのは怖いのだ。これが朝だからまだよかったものの、深夜に見かけたらおそらく叫んでいただろう。ホラー、ダメ絶対。
「ねぇ、おにいちゃん」
「……な、なんでしょうか」
「彼女って、なに?」
「……カノジョ?」
「そう、彼女。誰なの、教えて?」
「いや、教えるも何もそもそも彼女なんていないけど」
「……え? いないの?」
「いないよいるわけないだろなんでそんな勘違いしたんだよ……」
大方、彼女という単語に敏感に反応してしまい、そのあとに続く言葉を聞き逃していたのだろう。でなければ、夜に彼女が出来ただなどという勘違いは起きないはずである。
「それで、あかり。そろそろどけてくれない? 起きたいんだけど」
「……はーい」
「あ、そうだ。あかり」
「なぁに?」
名残惜しそうに、渋々といった様子で立ち上がるあかりに、夜は恐る恐る聞いてみる。
「仮に、俺が彼女がいるって言ってたら……何するつもりだった?」
夜の質問に目をぱちくりとさせ、小首をかしげて。
「う~ん、何するかわかんない」
「そ、そっか……」
「うん!」
あっけらかんと答えたあかりに、夜は思わずため息を吐く。
何をするかわからない、それは「そんなこと言われてもわからない」という意味ではない。
「何をしでかすかわからない」という意味だ。
きっと、その気になれば。そう考えるだけで背筋が凍るかのよう。
おにいちゃんに彼女が出来たら? そんなの嫌。
おにいちゃんを誰かに盗られたくない。渡したくない。わたしのものであってほしい。わたしのものだけであってほしい。
だって、おにいちゃんが大好きだから。
因みに、言わずもがなだろうが、あかりの大好きは英語で言う“like”ではなく“love”である。
そう、あかりは兄である夜のことが好きなのだ。大好きなのだ。愛しているのだ。それこそ、病的なまでに。
そんなあかりにぴったりな言葉があるのだとしたら、一体何だろうか。
兄を家族としてでなく一人の男性として好きだというのなら〝ブラコン〟が似合うだろうか。
いいや、あかりの想いはブラコンという言葉で片づけられるほど生易しいものでない。
それ以上にぴったりな言葉があるのだとしたら。
アニメやマンガなどの二次元でよく見かける、ツンデレの派生でメンヘラと混合されがちなあの言葉――〝ヤンデレ〟だろうか。
「あ、そうだ。おにいちゃん、今日の朝ごはんはなぁに?」
先ほどまでの物々しい雰囲気はどこへやら。
まるで大空にて燦々と煌めくあの太陽のように満面な笑みを。
誰もが見惚れてしまうそうなほどの可愛らしい笑みを浮かべるあかりに。
「……昨日と同じかな……」
首元に痣出来てないかな……と不安になりながらも、夜はゆっくりと立ち上がった。
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