第3話 ネコ魔王とツンデレドワーフ

 ドワーフを恭順させる為に準備を済ませた私は、今回の交渉のパートナーを呼びに魔王城、といっても屋敷を改装したものだが立派な庭があり、そこにやってきた。


「トラジ様は居られますか」


 そう呼び掛けるとトコトコと私の前に出てくるトラ柄の毛並みのネコが私の足下にすり寄り、見上げて可愛らしくニャァと鳴いて目を細める。


 眩暈を起こすようにふらつく私は鼻から勢いよく鼻血を噴き出す。


 らめぇ、可愛過ぎるぅ!


 このトラジ様はニャー様に僅かばかり及ばないが比類なき可愛さを誇る。


 村を占拠した時も千を超える者達を萌え殺したという話があるほど猛者であった。


 私は鼻に詰め物をしながらトラジ様と目線を合わせると詰め物で吸収できなくなった血が地面に落ちる。


 ニャー様の可愛らしいツンが混じる可愛さも捨てがたいけど、トラジ様のスィートプリティぶりも堪らない!


 はぁはぁ、と荒い息を吐く私ですら逃げる素振りを見せずに屈む私の太股に額を擦りつけてくる。


 ぷ、プロよ。トラジ様はプロ過ぎるぅ!


 トラジ様が用は何? と言いたげに顔を見上げてくるのにも萌え殺されそうになるが必死に耐える。


 仕事が出来ないメス、もとい、女だと思われる訳にはいかない!


「実はブシの品質向上の為にドワーフを仲間に引き入れようと思っております。そこでニャー様の四天王の1人、トラジ様のお力をお借りしたく……」


 そう、ニャー様には忠誠を誓う四天王がおり、その内の1匹がトラジ様なのだっ!


 トラジ様、四天王はニャー様のように話せはしないがこちらの言ってる事はちゃんと全部分かるとニャー様に知らされているので礼儀を欠いた話し方は出来ない。


 頭を下げようとする前に屈んでる私の膝の上にトラジ様は乗ってこられて至近距離で可愛らしくニャアと鳴かれる。



 ああ……私は幸せです。ここで死んでも本望……



 それから止血をしっかりして休憩を挟んだ後、私は魔王城を出発した。





 ドワーフが棲みついている鉱山に3日後に到着した。


 集落のようになってる入口にいる門番に、ここの長に会う為にやってきたと伝えると「長はいきなり来た者にすぐに会わない。3日は覚悟するように」と言われるが私は鷹揚に頷く。


 私と話しているのに一切、目を私に向けてこない門番を見て確信する。


 3日も待つ事はないだろうと……


 ここで待て、と言われて案内された宿屋でトラジ様と憩いの時間を過ごしていると荒々しくノックをして返事を待たずにズカズカと入ってくるドワーフ、10人ぐらいの面子が顰めっ面で現れた。


 案内してきたドワーフが入っていったドワーフ達を一礼した様子からこの集落の偉い人物のようだ。


 ドワーフだけでなくエルフも複数の長を中心に物事を決めていると城で学んだ事を思い出す。


 それはそうと長達がやってくるのが予想以上に早かった。半日も待たされないとは思っていたが1時間も待たずに来るとは報告書に書かれてる事は大袈裟ではないな。


 先日、書かれていた報告書で、ドワーフの姿が頻繁に村で目撃されているという事が書かれていた。


 そのドワーフ達が素知らぬ顔をしながらネコがいる近くでやたらと食べ物を落とすという状況が良く見られた。


 しかも、落としている物が毎回同じモノではなく、ネコが食べる、食べない、がっついているかどうかをチェックするようにメモ書きするドワーフが良く見られたらしい。


 今までは必要最低限、納品に立ち寄るぐらいで月に1度、姿を見かけたら多いぐらいの頻度に関わらず、この1カ月で50人以上のドワーフが目撃されていた。


 これが何を意味するかなど私には容易に理解出来る!


 そのドワーフ達は私の胸の辺りに視線をロックして一切動かさない。


 しかし、ドワーフ達は私の胸を見てる訳でない。


 確かに私が王都にいる頃には男共の視線が胸に集中していたのを知っているが、こいつ等の視線はまったくそれらと類似するものはない。


「にゃあぁ」


 トラジ様の鳴き声にビクッとするドワーフ達。


 そう、こいつ等は私の胸に挟まれるように抱き抱えられて顔を洗っているトラジ様に目を奪われていたのだ。


 羨望の目、むしろ憎悪の視線を向けるドワーフ達に勝ち誇った顔をして話しかける。


「急な来訪失礼した。それなのにすぐさま会って頂けて嬉しく思う」

「ふんっ、その気もないセリフを言わんでいい。用件を言え!」


 私と話すのも惜しいとばかりにこちらを見ずにトラジ様を見つめるドワーフを見て、ほくそ笑む。


「今日、来た用件はドワーフ達よ、魔王様の軍門に下るように説得にきた」

「ワシ等は誰の支配も受けん! 例え、滅ぼされるとしてもだ!」


 そうそう、このドワーフという生き物は頑固者で扱いが難しい。


 王家でも言う事を聞かせられず、取引をこまめにして、他国とは極力するな、という口約束をしたかのように騙してうやむやにしてるだけである。


 当然、王家、それも継承権を持つ私も知っているが私は慌てない。


 部屋にある火がくべられてない暖炉の前にロッキングチェアを置いてドワーフを無視して座る。


 私の行動が理解出来ずにざわつくドワーフを無視して話し始める。


「冬の寒い季節の暖炉の前、ロッキングチェアに揺られる……」

「お前は何をしたいんじゃ?」


 質問するドワーフを無視してロッキングチェアを揺らしながらトラジ様を手招きすると私の膝の上に飛び乗り、丸くなって座る。


「左手にはエールの入ったジョッキ、右手でネコの背を撫でる」


 すると、歯を食い縛り、耐えるように呻く声が背後からするのを聞いてニンマリと笑う。


 私には分かる。


 今、トラジ様を撫でながらロッキングチェアに揺られる私と自分を入れ替えて見ている事を!


 私に撫でられて気持ち良さそうに欠伸するトラジ様を見てドワーフが情けない声を上げる。


 ふっ、早速で申し訳ないがトドメだ!


「店番で暇を持て余してる自分の目端に映るカウンターの上で丸くなって眠るネコの横顔……素晴らしいと思いませんか?」


 振り返ると顔を真っ赤にして拳を握り締めるドワーフを見て、こいつ等のツンデレぶりは半端ないな、と感心する。


 うんうん、頷くと私はドワーフ達の心を優しく包む言葉を紡ぐ。


「私達には支配を受け入れた地を管理する為にネコを送り込む用意があります」

「どれくらいの規模か、その辺りを詳しく聞こう!」


 迷わずその場にいた10名程いたドワーフが前のめりになって私に近づく。


 がっつかれながらも頷く私はドワーフ達に微笑を浮かべる。


 ツンデレ陥落!


 私は心の中で喝采を上げた。




 そして、ドワーフの長達がニャー様に忠誠を誓いにやってきて、ドワーフの集落へ来るネコを護衛して帰ったのは1週間後の事であった。

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